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もう一つの異世界召喚
異常と異変
しおりを挟む倒れていたサーズの目が、わずかに見開かれる。それは、目の前にいるのがいるはずのない人物だから……そして、それ以上にその言葉の内容が、信じられないものだったからだ。
聞き間違いか……そう、思ってしまうほどに。しかし、その気持ちは直後に否定される。その人物……ケンヤ自身の言葉によって。
「禁術だ……その、反応だと……知ってるん、だな」
もはや、無駄な手間は省こうと言わんばかりに、ケンヤは見下ろす。その目付きは、サーズの知るケンヤとはまるで別人だった。
城から出て、いったいなにがあったというのか……いや、それもだが……彼が背に、背負っているのは。
「……ガルヴェーブ、か……?」
「……お前が、その名前を……気安く、呼ぶな……!」
その瞳は……一言で言えば、ドロドロだ。その瞳の中に、いろんな感情が……怒りや悲しみ、憎しみ、様々なものが混ざりあって……濁ってしまっている。
背にいるガルヴェーブは、確実に生きてはいない。見ればわかる。髪は抜け落ち、服もぼろ布のよう。肌はただれ、所々骨が見えている。それに、ある程度距離が離れているのに……臭う。
異臭……いや、こういうのを死臭というのだろう。彼女を背負い、その臭いをダイレクトに感じるはずのケンヤが平然としているのが、サーズは理解できない。
「やぁ、はは……悪いね。それにしても……禁術、か……」
「そうだ」
とりあえず、禁術という単語についてはサーズは知っているようだ。まあガルヴェーブも、名前やその内容は知っていたようだからそれだけの場合もあるが……
「やぁ、わかっ、たよ……禁術、そして彼女……ケンヤ殿は、彼女を、生き返、らせたい、わけだ…… 」
「……そうだ」
禁術とは、死んだ人間を生き返らせる、文字通り禁忌の術。そしてガルヴェーブが死んでいるとなれば、その答えは一つ。わざわざ彼女を、背負って来るくらいなのだから。
もしも方法を知れば、ケンヤは必ず実行するだろう。その覚悟が見える。たとえば人を生き返らせるのだから、生け贄が必要だと言ったとしても。
……だが……
「やぁ、残念、だけど……方法は、知らない、な」
嘘を言っても、それに意味はない。いや、正直に知らないと言えばおそらく殺される、それよりも嘘をついてでも少しでも長生きすれば……とも思う。
だがサーズは、もはや長生きなんて考えていない。今はこうして話ができているが、このまま放っておかれたら確実に死ぬ。
そして、ケンヤは自分を助けはしない。サーズにも、わかっている……ガルヴェーブを追い込み、傷つけた自分をケンヤは許さない。サーズがガルヴェーブを追い込んだから、ケンヤは城を出た。
城を出たから、その結果としてガルヴェーブが死んだとしたら……それは、サーズが殺したようなものだ。それに、この城の惨劇だって……ケンヤがいれば、起こらなかったかもしれない。そのケンヤがいなくなるきっかけを作ったのは……同じ理由で、サーズなのだ。
ガルヴェーブが死んだのも、城がこんなことになったのも……元を正せば、それはサーズの……
「はは……その、女が、嫌い、だからって……余計なこと、するんじゃ、なかったよ……」
もはや渇いた笑みを浮かべることしか、できない。
もう死を待つだけのサーズにとって……すべてが、どうでもいいことだ。ケンヤがこの城からガルヴェーブを連れて消えた方法も、本当にガルヴェーブを生き返らせることができるかという疑問も……
あんな光景を目にした今、すべてがどうでもいい。
「そうか、知らないか……」
呟くケンヤの声は、残念そうな……それとも、知らないというその答えを予測していたような。そんな、トーンだった。
元々、対して期待していたわけではない。なんせ、名前からして一般的には知られていなさそうなものだ……禁術でなにができるか、ではなく、禁術を使うためになにが必要か、は。
とはいえ……これで、手がかりは途切れた。さらにこのバカみたいにでかい城の中に、あんなにたくさんいた魔族がいないのだ……他に聞ける者が、いるかどうか。
「……他に……誰か、いないのか……?」
だからこれは、城に残っている者はいないかという安否確認ではなく、他に情報を聞ける者がいないかの確認だ。
しかし、さすがにそこまでの意図は伝わらなかったようで……ケンヤの確認は、城に無事な者がいないのかという、確認だと受け取られる。もっとも、意味としては結果的に、どちらも同じであろう。
「……いない、な……私以外、誰も、残ってない、さ。攻めてきた、勇者に……殺されたり……姿形が、変わったり……」
やはり、ここには勇者が攻めてきたらしい。つまり……ここの破壊の跡は、勇者との戦闘の傷ということだ。そして、住んでいた魔族たちは殺された。
……が、ふと気になる単語が、聞こえた。
「……姿、形が……?」
ここにいた奴らがどうなっていようと、ケンヤには関係ない。生き残りがいないのは残念だが、それ以上を踏み込むつもりはない。
なのに……思わず口をついてしまった。それは、なぜか……聞いておいた方がいいと、直感したからだ。
「あぁ……いきなりの、ことだった。隣にいた、奴が……いきなり、姿を、変えていった……まるで、魔物、みたいにな……」
「……魔物?」
途切れ途切れながら、サーズは話す。それは、ケンヤにはにわかには信じがたい話だ。だが、この状況で嘘をつく理由は、ない。
魔族が、魔物に……? しかも、なんの前触れもなく、いきなりだったという。それは、間違いなく異変だ。魔物に姿形が変わってしまうなどと。
……いや、それは魔物よりも、進化した存在。それは、魔獣と呼ばれる生き物……その、誕生の瞬間であった。
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