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もう一つの異世界召喚

二人ぼっち

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 ケンヤとガルヴェーブは、ただ足の進むままに歩いた。元々城が見えないほどの距離に移動していたとはいえ、方角を間違えれば城があった場所に戻ることになりかねない。

 とはいっても、二人がそれに気づいたのは、街にたどり着いてからだったが。まあ考えても仕方ないことだ。

 この長距離移動がケンヤの『城から離れたい』という願いに反応して起こったものならば、それが叶えられるはず。ちょっとやそっと歩いたくらいで、城にたどり着いてしまうことはないだろう。それにあれだけでかい城なのだ、影が見えたら逃げればいい。

 二人は、城を出て初めて街にたどり着いた。ケンヤにとっては、この世界に来てから初めて触れる、城以外の文化だ。表にこそ出さないが、テンションが上がっていた。


「へぇー、ここが魔族の街か」


 魔族の土地であるだけに、人間は一人もいない。人間のようなシルエットの者はいるが、肌の色が違ったり角や羽が生えていたり。だから、人間であるケンヤは本来この場にいるべきではない。

 人間がここにいれば、一発でバレてしまう。だが、ケンヤは誰にもバレることなく、街中を歩くことができていた。それというのも、ガルヴェーブに被らされたフードのおかげだ。どこから出したのかは知らないが、おかげで顔を隠すことができた。

 人間ではあるが、今のケンヤはすでに、人間が持つはずのない魔族特有の魔力を持っている。それに城に長くいたことで、人間特有のにおいは消えてしまっているから、顔をじっとでも見られない限りバレることはまずない。

 同じくガルヴェーブもフードを被っている。これは、万一にもガルヴェーブがマド一族であると、知られないようにするため。もしかしたら、城から周辺の街々に連絡があり、ガルヴェーブがマド一族であることが伝わっているかもしれない。

 この二つの理由……ケンヤとガルヴェーブの正体を悟られないためにも、あまり一つの場所に長居はできない。人間であることはすぐにはバレないとはいえ完璧ではないし、ガルヴェーブに至ってはなにがどこまで広がっているかわからない。

 そう……この日から、二人だけの逃亡生活が始まった。まあ追われているのかも定かでないため、逃亡と言ってもいいのか疑問ではあるが。

 街にたどり着いてはそこで数日を過ごし、また出発する。その繰り返しだ。生活することに関しては、そこまで困ることもなかった。お金がなければ、日雇いという形で仕事を探せばざらにあるし、住むところは街なら宿屋、最低でも空き家くらいはある。


「うーん、一つのところに留まれないってのは、なかなか不便なもんだな」


 こうして、数日おきに街を移動する。しかも、街と街との間は距離があるため、その日のうちにたどり着けることはあまりない。なので、野宿なんか日常茶飯事だ。

 元の世界なら、離れたところになら電車や車ですぐに行ける。まったく文明の力というのはすごいものだ。

 慣れればそれなりに対応してくるものだが、それでも負担は拭えない。街を出発する際に人との別れが悲しくならないよう、現地の人との接触は最低限にする……これも、気楽なような気楽じゃないような、だ。


「ルヴ、大丈夫か?」

「はい、私のことは気になさらず」


 ガルヴェーブの体の傷も、日を置けば治っていった。袋叩きにされたとはいえ、それは怪我の範疇を出ない。しっかりと手当てすれば、怪我の治りが遅くなることはない。

 だがガルヴェーブの怪我が完治してからも、ケンヤは彼女を気遣った様子を見せる。大丈夫だと言っても、必要以上に心配してきたりするのだ。

 ただ、それがガルヴェーブにとっては、実は嬉しかったりするわけで。


「……ふふ」

「ん?」


 自分のせいでこうなっているのに、笑みがこぼれてしまう。まあ、自分のせいだなんて言ったらまたケンヤは怒るだろうから、なにも言わないけれど。

 この二人だけの旅も、悪くない……そんなことを、思ってしまった。決して楽な生活ではないし、ケンヤにも負担を感じさせてしまう。なのに……ガルヴェーブはこのとき、確かに幸せを感じていた。

 ……そしてこういう場合、大抵の物語の結末は……幸せは長く、続くことはない。


「ふぁあ、ねみぃ……」


 この日も、ケンヤは日稼ぎに出ていた。街で数日暮らすために、日稼ぎをする……それはもはや、ケンヤの生活の一部となっていた。

 今日も今日とて、ガルヴェーブの待つ家に帰る。そんなやり取りがまるで新婚みたいだななんて気持ちを抱き始めたのは、いつからだっただろうか。

 もちろん、そんな浮わついた関係ではない。それでも、彼女といると心が安らぐのは確かだし、この気持ちは……なんてことを考えながら、帰宅し、玄関の扉を開いた。


「ただいまー」


 ……いつもであれば、ガルヴェーブがいるのであれば必ず、返事が返ってきていた。家を空けているのか……そう思っていたが、靴はある。家には、いるはずだ。

 まあこういうこともあるだろうと、特に不思議には思わなかった。声が聞こえなかったとか、そういうこともあるだろう。

 ケンヤは、靴を脱ぎ……室内へと、足を踏み入れた。広い家ではない、短い廊下を歩き、リビングとなる部屋へと入る。


「おーい、ルヴー…………」


 …………ガルヴェーブは、壁にもたれるように座っていた。その胸元から、血を流して。


「……は?」


 目に入ってきた光景は、到底信じられるものではない。だが、これは現実だと……自分の中の直感が、伝えてくる。流れた血は床を汚すほどに大量で、彼女の息があるのかすら怪しい。

 早く、駆け寄らなければ。足を踏み出す……瞬間、頭に、激しい衝撃が走った。まるで、誰かに殴られたような。


「……!」
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