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もう一つの異世界召喚
気に入らないから
しおりを挟むガルヴェーブをこんな目にあわせたのは、このサーズという魔族だ。ひどく痛め付けられてしまっているガルヴェーブの姿に、ケンヤは胸が締め付けられる。
なんで、こんなことを。聞いてやりたい気持ちは山々だ。だが、その疑問よりも先に、怒りの感情が……ケンヤを、支配していく。
「お前……よくも……!」
「が、ぁ……!」
ケンヤの腕は、決して太くはない。この世界に来たばかりの頃は、それはひょろひょろとした細い腕で、ちょっとした力で折れてしまいそうだった。
だが、この世界での訓練……筋トレ組み手腕相撲諸々のおかげで、細い腕も多少は太くなり、筋肉もついた。それに、握力だってぐんとアップした。
自分より小さな女相手とはいえ、魔族の首を片手で締め上げ、持ち上げることができるくらいに。
「け、ケンヤ様……げほ!」
「待ってろ、ルヴ……今こいつを、ルヴと同じ目にあわせてやる……!」
血を吐き出すガルヴェーブの姿は、ケンヤの激情をさらに煽っていく。これまでに……生まれてから一度も感じたことのないほどの怒りが、ケンヤの思考を、塗りつぶしていく。
どうしてこんなにも、怒りが溢れる。ガルヴェーブが傷つけられたから? それだけ、ガルヴェーブのことを大切に思っていたのだろうか。傷つけられて、怒ってしまうほどに……
「ぐっ……こ、の!」
首を締め上げられたままのサーズは、このまま窒息を待つほどに素直ではない。その小柄な体を前後に揺らしていき……まるで、この世界にはないブランコのように……前方のケンヤの顔面目掛け、蹴りを打ち付ける。
「!」
もろに顔面に、サーズの爪先が激突し……手の力が弱まったことにより、その隙をついてサーズは脱出する。危なかった……あのまま締め付けられ続けていたら、本当に窒息して……
サーズは気づいていないが、首元にはケンヤの手痕がくっきりと、残っていた。
「ケンヤ様! サーズっ、なんてことを……!」
「やぁ、まだそれだけ吠えられるのかよ。さすが丈夫だな……それとも、ケンヤ殿に手ぇ出したからか? まあ出したのは足だけどさ。仕方ねーだろ、殺されるところだったんだ」
動けもしないガルヴェーブは、しかしその眼光でサーズを睨み付ける。怖い怖いと言わんばかりに手をあげるが、動けないガルヴェーブ相手にサーズは余裕だ。
ケンヤに対しては正当防衛……後ろにのけぞり壁にもたれかかったケンヤをチラッと見つめ、サーズは笑う。
「それに、これくらいじゃなんともないんじゃないのか?」
「……そうだな」
顔面に確かに鋭い蹴りをくらったはずのケンヤは、なにもなかったかのように体勢を戻していく。額に、多少傷が刻まれたくらいだ。
先ほどの鋭い蹴りをくらったわりには、額を少し切り血が流れている程度だ。
「……説明は、あるんだろうな」
その蹴りのおかげで、よくか悪くか頭の血が少し下がってきた。今なら、なんでこんなことをしたのか、理由を問うことくらいはできる。
「説明って言われてもな。ケンヤ殿がいきなり、首根っこを掴んでくるから仕方なく……」
「そっちじゃない」
説明とは、ケンヤに対しての攻撃の説明ではない。そんなことは、本人だってわかっているはずだ。なのに、とぼけるつもりか……
怒気を孕んだケンヤの声に、サーズは肩をすくめる。
「やぁ、わかってるってそんな怖い顔しないでよ。……ケンヤ殿も聞いたろ、そいつの一族がしてきたこと」
「!」
ようやく話し始めたサーズ……語るのは、ガルヴェーブの一族、つまりマド一族のことだ。
あのとき部屋の周辺には誰もいなかったはずだ。どうしてサーズが……いや、先ほどサーズは透明になっていた。部屋の会話を聞く方法などいくらでもあるだろうと、ケンヤは考える。
「だからさ」
「……だから?」
そのあとに、まだ続きがあると思っていたが……語られたのは、それだけであった。ガルヴェーブがマド一族の血を引いている……ただそれだけの理由で。
確かにガルヴェーブ自身も、自分がマドの名を持っていることが明らかになれば周囲の反感を買う……みたいなことを言っていた、気がする。多分。
それが、本当に……ただ、その名があるだけで。その血が流れているだけで。同じ城に住む仲間であっても、こんなにも傷つけることになるのか。
「それだけの……それだけのことで、ルヴをこんな目にあわせたのか? ルヴの先祖がやったっていう、それだけのために……!」
「……それだけ、ね。まああの話を聞いても、ケンヤ殿はしょせんこの世界の人間じゃない。わかんないっすよね。それに……」
「サーズ! ケンヤ様に、そんな言い方……」
「うるさいな。……それに……それ以前に、私は、ガルヴェーブのことが気に入らなかったんすよ」
悪びれた様子もなく、口を開くサーズに……ケンヤは、理解が追い付かない。つまり、なんだ……マド一族のことはいいきっかけができた程度で、元々ガルヴェーブのことを気に入らなかったから、こんなことをしたのだ、と。
信じられなかった。けれど、サーズが嘘をついている様子はない。真実なのだ……これは。
その自分勝手な言い分に、いよいよケンヤは我慢が、できなくなり……
「けどケンヤ殿、私だけにそんな怒りを向けるのは、お門違いだ。だって、みんな態度変わると思うぜ? そいつの正体を、知ったら……!」
「え……」
ガシャァン!
……一瞬、なにが起きたかわからなかった。ケンヤが再び激情に呑まれそうになった……その瞬間。偶然にも、怒りにより反応が一歩遅れてしまった。
サーズは、呆然としたままのガルヴェーブの頭を掴みあげ……体を、窓へとぶん投げる。体はそのまま、窓へと激突……激しい音を立てて、窓を割り、外へと投げ出される。
「なっ……」
情けなくも、音がしてからようやく、事態を把握した。しかしケンヤには、窓の外へ投げ出されるガルヴェーブを止める術はない。
ここは何階だ? 一階……ではない。二階? 三階? それとも……答えを出す間もなく、窓から身を乗り出す。ガルヴェーブは、落ちていく……
「っ……」
「安心しな、あれくらいじゃ死なねぇよ」
すでにボロボロの体だったが、それでも死にはしないとサーズは言う。ならば、いったいなんのつもりで……睨むケンヤに応えるように、サーズは大きく息を吸い込んだ。
……城全体に響くほどの、大声でもって。
「聞けお前ら! 今庭に放り出されたガルヴェーブ・マキトロニア……本名ガルヴェーブ・マド・マキトロニアは、あのマド一族の末裔だ!!」
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