上 下
316 / 522
もう一つの異世界召喚

マドという一族

しおりを挟む


「ケンヤ様……話したいことが、あります」


 そう言ったガルヴェーブの表情は、真剣そのものであった。元々、ガルヴェーブは冗談を言うようなタイプではない……それを置いても、真剣な表情だ。

 これから話すことは、とても大事なものであろうことは、簡単に想像がつく。

 ちなみにケンヤが、この時ちょっとドキドキしていたのは内緒だ。ケンヤだって年頃の男の子、相手が魔族とはいえ、見た目同じ年齢くらいの女の子に真剣に話しかけられるなど、ちょっと期待してしまう。

 だが、当然……その内容は、ケンヤが考えているほど甘酸っぱいものではなかった。


「私の一族の……マド・マキトロニアについての話です」

「マド……? あれ、ルヴって、ガルヴェーブ・マキトロニアじゃなかった?」

「はい、そう名乗ってきました……ですが、本当の名は、ガルヴェーブ・マド・マキトロニアです」


 ガルヴェーブは、どこか覚悟を決めた様子だ。だが、ケンヤにとってそれはどれほどの意味を持っているのかわからない。聞いていたものと、違った……いや、少し足りない名前。


「……マド?」


 よく、ファンタジーもののマンガとかで、貴族の名前は長ったらしかったりする。ガルヴェーブの名も、初めて聞いたときは似たようなものだなと思っていたが……

 ますます、貴族それっぽい響きだ。


「はい。マド、とは忌み名……つまり、決して誰にも知られてはならない、隠すべき名なのです」

「忌み名……」


 隠すべき、名……誰にも知られてはならないという、名前。それがマド。ケンヤには検討もつかないが、知られてはならないということは、その名はたとえばこの世界の者に知られるととんでもなくまずいことなのだろう。

 いくらケンヤが異世界の人間だからって、わざわざ話したということは……ガルヴェーブは、いったい、どんな思いで……


「ケンヤ様にお話しするのは……知っておいてほしいからです。過去に私の一族が、いや正確にはマドという一族が、なにをしたか。そして、その血が私にも流れているということを」


 なにをしたのか……を、知っておいてほしいのだという。ガルヴェーブの名についている、マドという名前の一族が。それは、果たしてこの世界とは関係なかったはずの、ケンヤが知って意味のあることなのだろうか。

 そう口を挟むのは、ためらわれた。ガルヴェーブの表情を見て、それは口には出せなかった。

 ……この部屋には、ケンヤとガルヴェーブしかいない。周辺に誰かがいないのも、盗み聞きの心配もないのは確認済みだ。この空間及び周辺には、正真正銘ケンヤとガルヴェーブの二人だけしかいない。


「ケンヤ様には以前、お話しましたね……呪術という力が、あると」

「え? あー、うん。確か、使う度に体が蝕まれるってやつだっけ」


 以前、離しに出てきた……呪術という、魔力よりも邪悪で恐ろしい力。それは、決して使おうとすらあ考えてはいけないと、念を押されていたが……それと、なにか関係があるのだろうか。

 だが今は、こちらの疑問を押しとどめ、話を最後まで聞こう。そう考え、ケンヤはそれ以上の言葉を口には出さなかった。


「呪術という力は……そもそも、マドという一族が、生み出したものなのです」

「!」


 遥か昔より、この世界に出現したという、呪術という力……それは、原因は一切不明だと言っていた。

 しかし、ガルヴェーブは言った……その力を生み出した一族がいると。そして、それが……


「ルヴの、先祖が?」

「……」


 静かに、ガルヴェーブはうなずく。


「私の先祖……はるか昔。以前、この世界に魔王と勇者が召喚されたよりも昔の話であると聞いています。かつて、マドという一族は……世界そのものを、手中に収めようとしたと。そのために、より強大な力を手にしようとあらゆる実験をしていたようなのです」

「……世界、ねえ」


 まるで、物語の中の世界だ、そんな大それたことを本当に考える者がいるとは……まあこの世界も、充分物語の中みたいなものだが。

 世界を手中にということは、つまるところ力と権力を欲したということだ。どこの世の中にも、そういうことを考える者はいるのだな。


「力を得る過程で、様々なおぞましきことをしてきたと。同じ魔族を解剖することから始まり、人里から人をさらい人体実験。魔族の血を人間に輸血し、どのような反応がありどんな力が生まれるのか……聞くも語るも恐ろしいことを、繰り返してきたと言います」

「……確かに……」

「その数々の実験……いったいなにが成功したのか。いや成功と呼んでいいのかすらわかりませんが……呪術は、生まれました。その力はしかし、手に負えるものではなく……ある者は仲間割れを起こし、ある者は衰弱し、ある者は……ほとんどの者が、その場で命を落としました。それだけでは収まらず、呪術の力は無差別に、魔族を、人を、土地を殺した」


 忌々し気に、彼女は語る。つまりは、そのおぞましき力を生み出し、その時代の動植物のほとんどを死に至らしめたようだ。

 その実験の中心となったのが、マドの名を持つ一族。彼らも多くはその場で死に絶えたが、僅かな生き残りがいた。しかし、世界は生き残りたちを許さなかった。

 呪術というおぞましき力を生み出したとして、魔族人両者から追われた。さらに問題に拍車をかけたのが、精霊殺しだ。呪術という忌々しき力は、先代の水の精霊ウンディーネを殺した。

 精霊とは、基本的には不死の存在。本来替えがきくような存在ではなく、水なら水、火なら火と、その属性の恩恵を土地に与える。水の精霊が今も存在しているのは、運よく継ぐ者がいたからに過ぎない。それとしても、先代を失い後が埋まるまでの長い間、土地は干ばつなどの災害にみまわれた。

 その行為が他の精霊は当然、世界に住む者の怒りをもさらに買った。水による恩恵が無くなり、毎日のように死に、争いが起きる。

 マドという一族は、見つかれば即惨殺……いや、できるだけ苦しみを与えて殺せと、されてきた。僅かな生き残りさえも、長い歴史の中で消え、今では……


「私と、もう一人……弟の、たった二人しか、いません」

「たった二人……弟も、いたんだ……」


 マドはいつしか、隠され名乗られることはなくなった。その名が、いつしか記憶の中から消えていった頃……マキトロニアという一族が、魔王に仕える一族として名乗りをあげていった。

 本来なら、魔王のお付なんて目立つこと、絶対にやめるべきだろう。だが、木を隠すなら森の中……まさかこんな身近に、忌み名を持つ者がいるとは思うまい。

 だから、ガルヴェーブの両親が死んでいるのは、マドとは関係のない、衰弱死によるものだ。


「けどそれ、ルヴにはなんの関係も……」

「ないかも、しれません。ですが私と……弟ガニムも、その血を、引いているのです」


 これが、誰にも話すことのできない……マドという一族の、話だ。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

転生したらただの女の子、かと思ったら最強の魔物使いだったらしいです〜しゃべるうさぎと始める異世界魔物使いファンタジー〜

上村 俊貴
ファンタジー
【あらすじ】  普通に事務職で働いていた成人男性の如月真也(きさらぎしんや)は、ある朝目覚めたら異世界だった上に女になっていた。一緒に牢屋に閉じ込められていた謎のしゃべるうさぎと協力して脱出した真也改めマヤは、冒険者となって異世界を暮らしていくこととなる。帰る方法もわからないし特別帰りたいわけでもないマヤは、しゃべるうさぎ改めマッシュのさらわれた家族を救出すること当面の目標に、冒険を始めるのだった。 (しばらく本人も周りも気が付きませんが、実は最強の魔物使い(本人の戦闘力自体はほぼゼロ)だったことに気がついて、魔物たちと一緒に色々無双していきます) 【キャラクター】 マヤ ・主人公(元は如月真也という名前の男) ・銀髪翠眼の少女 ・魔物使い マッシュ ・しゃべるうさぎ ・もふもふ ・高位の魔物らしい オリガ ・ダークエルフ ・黒髪金眼で褐色肌 ・魔力と魔法がすごい 【作者から】 毎日投稿を目指してがんばります。 わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも? それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

ガチャと異世界転生  システムの欠陥を偶然発見し成り上がる!

よっしぃ
ファンタジー
偶然神のガチャシステムに欠陥がある事を発見したノーマルアイテムハンター(最底辺の冒険者)ランナル・エクヴァル・元日本人の転生者。 獲得したノーマルアイテムの売却時に、偶然発見したシステムの欠陥でとんでもない事になり、神に報告をするも再現できず否定され、しかも神が公認でそんな事が本当にあれば不正扱いしないからドンドンしていいと言われ、不正もとい欠陥を利用し最高ランクの装備を取得し成り上がり、無双するお話。 俺は西塔 徳仁(さいとう のりひと)、もうすぐ50過ぎのおっさんだ。 単身赴任で家族と離れ遠くで暮らしている。遠すぎて年に数回しか帰省できない。 ぶっちゃけ時間があるからと、ブラウザゲームをやっていたりする。 大抵ガチャがあるんだよな。 幾つかのゲームをしていたら、そのうちの一つのゲームで何やらハズレガチャを上位のアイテムにアップグレードしてくれるイベントがあって、それぞれ1から5までのランクがあり、それを15本投入すれば一度だけ例えばSRだったらSSRのアイテムに変えてくれるという有り難いイベントがあったっけ。 だが俺は運がなかった。 ゲームの話ではないぞ? 現実で、だ。 疲れて帰ってきた俺は体調が悪く、何とか自身が住んでいる社宅に到着したのだが・・・・俺は倒れたらしい。 そのまま救急搬送されたが、恐らく脳梗塞。 そのまま帰らぬ人となったようだ。 で、気が付けば俺は全く知らない場所にいた。 どうやら異世界だ。 魔物が闊歩する世界。魔法がある世界らしく、15歳になれば男は皆武器を手に魔物と祟罠くてはならないらしい。 しかも戦うにあたり、武器や防具は何故かガチャで手に入れるようだ。なんじゃそりゃ。 10歳の頃から生まれ育った村で魔物と戦う術や解体方法を身に着けたが、15になると村を出て、大きな街に向かった。 そこでダンジョンを知り、同じような境遇の面々とチームを組んでダンジョンで活動する。 5年、底辺から抜け出せないまま過ごしてしまった。 残念ながら日本の知識は持ち合わせていたが役に立たなかった。 そんなある日、変化がやってきた。 疲れていた俺は普段しない事をしてしまったのだ。 その結果、俺は信じられない出来事に遭遇、その後神との恐ろしい交渉を行い、最底辺の生活から脱出し、成り上がってく。

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

処理中です...