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もう一つの異世界召喚
勇者召喚まで
しおりを挟む勇者召喚の日取り。それが判明したのは、ケンヤが召喚されて一か月が経ち魔力の扱い方などを覚えた、そのさらに二か月後のことであった。
予言を得たピールの話では、これより一か月と半の後に、勇者……アンズ クマガイが召喚されるとのことであった。
「あと一月半か……」
ケンヤは今日まで、およそ三か月の時間をこの世界……いやこの土地で過ごしてきた。
ガルヴェーブやピール、強面の四天王以外にも、それなりに魔族と過ごしてきた。見た目は怖くても、話してみるとそれなりに気のいい奴らばかりだ。
元々、魔族が滅ぼされるのを食い止めるために、ケンヤはここに呼ばれたのだ。ケンヤの役目、というべきだろうか。
だが、今は役目とかそんなものではなく、純粋に彼らを滅ぼさせたくはないと、思っている。
「なあ、勇者召喚まであと一月半もあるなら、それまでの間にこっちから人間側に攻め込むってのはどうだ? 俺もうかなり戦えると思うぞ」
「い、いけませんよそんなっ。勇者が攻めてくるとはいっても、まだ予言の話……たとえ真実であろうと、なにも起きていないのにこちらから仕掛けては、野蛮な魔物と同じです」
「ふーん」
一応魔物も魔族の仲間ではないのかと、思うが……意外と、倫理観はしっかりしているようだ。
逆に、ケンヤの倫理観が変な方向に行きつつある。以前のおとなしかったケンヤからは考えられない発言だ。
「それに……はっきり言いますが、今のケンヤ様ではまだ、勇者のいない人間たちにすら勝てないでしょう」
そんなことはないだろう……と返したかったケンヤだが、ガルヴェーブの表情があまりにも真剣なため、言葉を呑みこんだ。
「……そう? 四天王のみんなだっているんだよ?」
「……悔しい話ですが、それでも完全にこちらの戦力が上回っているとはいえません。人間側には勇者以外であっても、手練れがそれなりにいると聞きます。『剣星』、『魔女』、『剛腕』、『弓射』、『守盾』……これらが、飛び抜けて戦力の高い者です」
「そんなにいるんだ……」
なんだそのかっこいい異名みたいなものは、と若干テンションの上がるケンヤである。が、表情に出すことはなんとか阻止する。
聞くに、勇者でなくとも並々以上よ戦闘力の持ち主はいるようだ。魔族側も、人間と比べれば腕力などの力は高いとはいえ、力が強いイコール勝利に結び付くわけではない。
それにどうやら、ガルヴェーブの話をまとめると……魔族たちは、率先して人間に手を出してはいないようだ。以前の勇者が魔族を滅ぼしに来たときだって、向こうから仕掛けてきたらしい。
その攻防戦の中で人間を手にかけてはしまったが、言ってしまえば、正当防衛というやつだ。
魔族とは、もっと粗暴なイメージがあったが……直接話してみても感じる通り、とても接しやすい。これだけ話のしやすい種族であるなら、もっと人間と話し合えば仲良くできるんじゃないだろうか……
「うぉらぁー!」
「だらぁー!」
……中には、粗暴なのもいるが。まあ、人間にだっていろいろな人たちがいるのだから、仕方ないといえば仕方ないだろうが。
さて、勇者が召喚されるまで、残り一ヶ月と半分。しかし、召喚された勇者がいきなり攻めてくることは、ないだろう、よほどの超人変人でもない限り、ケンヤがやったようにこの世界に慣れ、戦い方を学ぶために、時間をかけるはずだ。
つまり、召喚まで一ヶ月と半分。それからさらに、勇者の訓練時間が加算される。その期間も予言でわかればいいのだが、勇者召喚までの時間がわかったばかりだ。予言もはそんなホイホイ出てくるものではないらしいし、仕方がない。
だからケンヤにできることは、勇者が攻めてくるよりも前に、勇者以上の力をつけること。また、こちらから人間側を先に攻めることはしないと、それは全体の暗黙のルールのようなものになっていた。
ケンヤはまだ、この世界の人間には会ったことがない。だから、本当に向こうから攻めてくるのか、という疑問はあったが……過去に、同じようなことがあったようだし。
それに、元の世界でだって、人々はなにかにかこつけて他者を避難したがる。人種、スキャンダル……噂でさえそれがまるで真実のように、捉え好き好きに物を言う。
だから、異形というだけで魔族を滅ぼしにかかるという話も、どこか信憑性のあるように思えたのだ。
「むむむ……」
「ん、どうしたピール」
ある日のこと。予言一族のピールが、なにやら神妙な面持ちで腕を組み、悩んでいた。いったいどうしたと、いうのだろうか。
「あ、ケンヤ様。あのぅ、その……」
「もしかして、なにか予言があったのか?」
悩んでいる様子だし、それが一番に思い浮かんだ。しかし、予言があったのならば、まずガルヴェーブらにすぐに報告する。それがピールだ。
なのに、こうして悩んでいるということは、別の悩みなのか。それとも……
「実は……なんだかよくわからないんですが、よくないことがあると、予言がありまして」
「よくないこと?」
「はい……いつもなら、詳細にわかるのに。こんなぼんやりとしたものは、初めてで」
よくないこと……詳細はわからない。しかし、ただよくないことと、それだけはわかる。なんとも不気味だ。
気にするなというのも、無理な話だろう。ピールの予言は的中確実、よくないことが起こると予言があれば、それは起こる未来なのだ
…………結果的に、ケンヤは、勇者アンズを食い止めるどころか……彼女と見えることもなかった。勇者が攻め入って来るより前に、姿を消していたからだ。
歯車は、徐々に狂い始めていた。
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