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英雄vs暗殺者
因果応報
しおりを挟むローニャに、腹から胸にかけてを手を振ることで斬られたノットは、突然の衝撃に唖然としているようだ。本来ならば、あんな深手を易々と受けることはないだろう。
だが、相手が昔馴染みで、見た目非力な女性ならば、油断はあったのかもしれない。彼女がまさか、こんなことができるわけがないと……性格的にも、性能的にも。
(なん、だこりゃ……これが、ローニャ……?)
斬られたノットの表情は、驚愕に染まっている。一方のローニャの顔は……私からじゃ、後ろを向いているので見ることはできない。
「私は、飼い主様のところに行かないといけない。邪魔」
「ぐっ……?」
その冷たい声色からは、表情も無の感情を表しているだろうことは予想がついた。
よろつき、体勢を崩したノットの腹部を蹴り、彼女を仰向けに倒す。あのノットが、油断していただろうとはいえ……地に、背中をつけた。
ローニャは、決して戦闘が得意ではなさそう。むしろ、戦闘のせの字も知らないのではないだろうか。それでも……その殺傷力は、恐ろしいものだ。
「……あなたも、邪魔、する?」
ローニャの顔が、こちらを向く。その瞳は、なにを考えているかわからないほどに無で……まるで、呑み込まれてしまいそうだ。
「いやいや、しないよ」
「……そう」
私の答えを聞くや、ローニャはもう私には興味もなさそうに歩いていく。彼女が言う、飼い主様のところへだろう。
……ご主人様でなく、飼い主様、か。その呼び方に、とてつもなく不吉な感じがする。まるで、人としてではなく物として扱われているような、そんな感じが。
彼女が奴隷、という立場なのか、はっきりしたことはわからない。けれど、彼女が奴隷だとするなら……ユーデリアも、もしあのままいけばローニャのようになっていたのだろうか。
いや、ユーデリアの場合……ローニャと同じ獣人でも、その価値はまったく違う。どこにでもいるようなタヌキの獣人と、伝説の生き物と呼ばれる氷狼だ。
珍しいのだから、実験動物的な扱いは間違いなく受けるだろうな。
「……ま、私には関係ないか」
ユーデリアがそうなっていたかもしれないというだけで、実際にはそうなってはいない。ローニャが奴隷であろうとなかろうと、私には関係ない。
それより、今すべきことをしよう。ユーデリアで思い出したが、彼を起こす方法を聞き出さないと。……本当に死んでなければ、だけど。
「……はは、参った……暗殺者ともあろう、者が……あんな、ひ弱い、獣人なんかに……」
ノットへと近づく。仰向けに倒れた彼女は大の字に両手両足を広げており、渇いた笑みを浮かべている。
暗殺者……"疾風"、だっけ。そんな自分が、昔馴染みとはいえ自分とは違う世界にいる相手に、こんな醜態を晒すことになるとは、思わなかったのだろう。
その体を見てみると……その傷口は、素人とは思えないほどに鮮やかだ。それも、的確に急所となる部分を切り裂いている。
「ざまあない姿だね」
「返す言葉も、ないね……指すらもう、動かせない。……腕を、もがれ、持てる力を、駆使して……結果が、これだ」
しゃべる力は、まだ残っているようだが……口以外動かせそうもないってのは、本当のようだ。まさか、紫色の霧で記憶の人物たちと戦わされたころから始まり、あれだけ苦しめられたノットが……こんな姿に、なるなんて。それも、第三者相手に。
思い返せば、ノットにとって散々な結果だよな。これまで一度の依頼も外したことがないって自負してたのに、こんな醜態を晒し。本人も言うように、腕までもがれて。
こうして、無防備を晒して、倒れている。
「……一応聞くんだけど、ユーデリアを元に戻す方法ってあるの」
もはやノットからは、殺意も戦意も感じられない。これが、決着というのなら……なんとも、あっけない幕切れだ。
もちろん、暗殺者っていうからには私の油断を誘うために、わざと弱いところを見せ、殺意を隠している可能性もあるだろうが……だから、私は油断はしない。
「はっ、気にするん、だな…………あのガキは、夢の中で死んだ。が、それからまだ、さほど時間は経ってない……術者を殺せば、意識は戻る、はずだ」
「ずいぶんあっさり話すんだね」
最後の悪あがき、というわけじゃないけど、ユーデリアの意識を戻す方法について素直に答えるとは思っていなかった。やけにあっさりしてるし、もしかしたら……
「嘘、じゃないか、って? はっ、私は負けた……経緯はともかく、な。それなのに、最後にまで意地汚い真似は、しない」
……嘘では、なさそうだ。暗殺者としてのケジメ、ってやつだろうか。負けたからには、潔く負けを認める、と。まあ負かしたのは正確には私ではないけど。
術者……つまりノットを殺せば、ユーデリアの意識は戻ってくる、と。正確には生き返る、と。その口ぶりから、時間が経てばそれは無理らしいな。
なら……残念だけどユーデリア、キミに仇のノットを討たせてやることは、できそうもないよ。
「……因果応報、か」
ボソッと、ノットは呟く。ノットは、自分が見捨てたローニャにより、致命傷を負わされた。自分がやった行いが、巡りめぐって帰ってきたのだ……相応の報いをもって。
その言葉は……なんだか、私自身にも言われているような、気がした。私もいつか、相応の報いを受けることになるのかな、と。
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