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英雄vs暗殺者

怖いという感情

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 現れた、第三者……とも言うべき相手か。私はもちろん知らないし、ノットの仲間でもないのは明白だ。かといって、ノットの敵と認定するのも、判断材料が足りない。

 ローニャ……獣人である彼女の名前だ。ノットとどういう繋がりなのかはわからないが、ノットにとっては苦い思い出のある相手のようだ。ノットの表情を見ればわかる。

 果たして、どれほどの実力者か……と思えば、ノットの炎はまともにくらいダメージを負った。まあ常人なら、あの炎をくらった時点で燃え尽くされ命はないだろうから、単なる常人とも言いがたいのだが。

 それでも、あの程度のダメージで済んでいるのは、驚くべきことだ。本人曰く、痛みも苦しみも感じない……らしいが。そんなことが、あるのだろうか?

 そういうことになるとして、可能性は二つだ。一つは、体をめちゃめちゃ鍛えているパターン。師匠がいい例だ。あの体には、ノットの炎もたいしたダメージにはならないだろう。

 だけど、ローニャはとても、そうは見えない。体を鍛えている様子はないのだ。ならば、もう一つの可能性……痛みや苦しみを味わいすぎて、体が慣れてしまったパターン。

 その場合、痛みも苦しみも感じない、というよりは、痛みも苦しみも感じにくくなっている、という表現のが正しいのかもしれないけど。本人としては、同じことなのだろう。

 体を鍛えているように見えないことに加え、さっきから要領の得ない会話をしている……過去に、拷問でもされたのだろうか? その際の影響で、痛みや苦しみを受けすぎて、慣れてしまった……と。

 ノットと知り合いということは、もしかしてノットがローニャのことを見捨て、ローニャだけ拷問を受けたのかもしれない。それで今日まで再会していなかった……それなら、ノットの反応にもうなずける。

 見捨てたって言ってたし。まあ全体的にはあくまで、私の推測ではあるけれど。


「ねぇ、ノットも一緒に、ねぇ? ノットは器用だったし、うまくできるよ。あの頃より、贅沢ができるんだよ?」

「悪いな……私は、今の生活で充分幸せなんだ」

「ふーん……殺し屋、なんかが、幸せなの? あ、暗殺者か」

「! お前、どうして……」


 そのことを知っている……と続いたであろうノットの言葉の先は、出てこなかった。自分が暗殺者であることを、知られているとは思わなかったのだろう。


「ふふ、わかるよ……ノットが、あのまままともに生活を続けるとは思えない。私を見捨てたあとも、盗みや殺しを続けてたんじゃない? そうしているうちに、それを生業として生計を立ててるんでしょ?」

「っ……」

「ノットのことなら、なんでもわかるよ、私」


 まさに、本人の言う通り……ノットのことならなんでもわからっている、だ。や、私はそれが正解かどうかは知らないけども。

 とにかく……このローニャとは、あまり関わらない方がいい。私の直感が、それを告げている。別に律儀に、ノットと戦う必要はないのだ……

 私の目的は、この世界への復讐。誰かと戦うことじゃない。戦いは手段であって、殺すという目的のためにそうなってしまうだけのこと。このままノットを、ローニャが止めておいてくれるなら、それはそれで構わない。

 私は離れたところから、体力と魔力の回復を待って、その後この村を消し飛ばす……それで、ノットももろともにすべてを滅ぼしてしまえばいいんだ。

 そうと決まれば、バレないようにここから離れて……


「うぉっ!」


 ヒュッ、と、飛んでくるクナイ。それは誰が放ったものか……考えるまでもない。


「逃がすかよ」


 ……ノットだ。くそ、やっぱり見逃してはくれないか。

 けど、その一連の動作をよく思わない人物もいるようで。


「ノット、ノット? 今、私と話しているんだよね……なのに、私以外の人、見ちゃ、ダメでしょ?」

「お、お前……」


 ……なんか、病んでる人みたいになってるな。まあいいや、私に目もくれないってことなら、ありがたくここから……


「でもぉ、ノットが私を、見てくれないのは……お邪魔虫が、いるから、かなぁ?」

「!」


 こ、こわ……なに、この感じ。

 こんな感情、元の世界に戻って……家族を失って、叔母さんにあんな目を向けられて。その時以来、感じることのないものだと、思っていたのに。怖い。

 私、刺されるのかな……いや、刺されたくらいじゃ死なない、はず。って普通は刺されたら死ぬんだけど。それに今の体力じゃ、なにをされても深手になることには変わりないし。


「……私になにかするって言うなら、あんたのことも殺すよ」


 まあ、なにもしなくても結果的に殺すことになるんだけど……とまでは、言わないでおく。


「いいよ?」

「……へ?」


 なんだ、予想外の展開……いいよ、だって?


「私はもう、どうせ、あの時死んでるんだから……今は幸せだけど、別に、今の世の中に未練があるわけじゃ、ないし。殺すっていうんなら、好きにしなよ……ねぇ」

「いや、その……」


 これまでたくさん殺してきた。だから、別に躊躇しているわけではない。けど……これまでのたくさんの中に、自ら殺してくれ、死んでもいいなんて奴はいなかった。

 やっぱりこいつ、違う……今まで出会ってきた、どんな奴とも。生への執着がない。かと思えば、今の人生を目一杯楽しんでいるようにも見える。

 こいつは……


 ザクッ……


「……あれ?」


 私の方を向いていたローニャの腹部から、刃が飛び出す。つまり……背後から、何者かに刺されたのだ。

 その何者かは、誰かと考えるまでもなく……先ほどまで、ローニャと話していたノットだ。


「ノット……?」

「悪いな、死んでもいいなら……今ここで、私が殺してやる。どうせあの時私が殺したようなもんだ……今度はちゃんと、殺してやるよ」
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