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英雄vs暗殺者
【追憶編】ある女の末路
しおりを挟む……女は、物心ついたときから彼女と一緒だった。彼女は誰か……それを聞くこともなく……いや、聞く必要なんてない。本能が、求めていた。
……ここにいるということは、親がいないか、捨てられたか……だろう。だから聞いたところで、彼女が何者であるかわかるはずもない。わかるのは、彼女自身の名前と……獣人である自分とは違い、人間の種族だということ。
女は、彼女が好きだった。彼女も、女のことが好きで……二人は友達……いや、血は繋がっていないがまるで本当の姉妹のようであった。
二人は、その日を生き抜くために必死だった。毎日盗みを働き、その日を食いつなぐ……同じことの、繰り返し。ただし失敗は許されない。そんな世界。
年は、いくつだったろう。多分、十かそこらか。物心ついたときから、ずっと一緒だった。
彼女と……いや、彼女ではない。彼女の、名前は……
『ノット』
そうだ、ノットだ。自分よりも強く、たくましく……なによりも生きることに執着していた。こんなごみ溜めみたいな世界で、死んでやるかと、もがいていた。
ノットは、かわいい女の子だった。かわいいとはいっても、それはきっと体を洗いきれいにして、ぼろ切れではないちゃんとした服を着て、身なりを整え……そういう"人並み"のことができれば、きっとかわいいと思う。
ここはそういう、"人並み"のことができない世界。盗みを働き、人を騙し……そして、被害にあったはずの人もまた別の人から盗み、騙す。
そんなやり取りが日常となった世界では、それが"人並み"……けれど、女とノットは知っている。それは"人並み"ではなく、それ以下の存在だということを、このごみ溜めのような世界の外には、もっと輝いた世界が広がっていると。
だから二人はいつか、このごみ溜めの世界から脱出し……"人並み"の生活を得てやる。そう、思っていた。二人ならそれができると、そう、思っていた。
『ねぇ、ノット……私たちは、ずっと一緒だよね』
『え? そんなの、当たり前じゃん』
自分は、ノットほど力も強くないし、足も速くないし、頭だってよくない。だからせめて、ノットの足を引っ張らないよう、必死になって着いていこう。
そしていつか、彼女の横に、胸を張って並び立つことができるように……
『離せ、この、くそ野郎……ぃっ!』
『ノット!』
その日もいつも通り、間抜けな男たちから食料や金を盗むつもりだった。だが、甘かった……すでにノットと女は、このごみ溜めの世界でもちょっとした有名人になっていた。
十かそこらの少女たちが、屈強な成人の男たちに敵うはずもなく……捕まった。もう、終わりだと……頭の中に、諦めの文字がよぎってしまった。
ノットが、腹を蹴られている。だから叫ぶ、やめてと。うるさいと、別の男の足が飛んでくる。捕らえられている体では避けることもできず、幼い顔に足がめり込んでいく。
『あーあー、靴が汚れちゃったよ』
『顔るからだろ、ばっかだなー』
あははは……男たちの下品な笑い声の前に、女からはすっかり逃げる気力が失われていた。初めて感じる、死の恐怖。いや、死の恐怖は今までだって何度も味わってきた……これはあるいは、死よりも怖い、男たちの視線。
平気で自分たちを傷つけ、笑い、欲望にまみれた瞳をしている。……醜い……
『……ぁ』
自分も、あんな目をしているのかと……思ってしまった。日々人を騙し、盗み……食料に、金に目がくらみ。こんな世界でしか生きられない。自分の目は……濁って、しまっているのではないかと。
『ったくよぉ。こっちだって生きるのに必死なんだ! てめえらみたいなクソガキは! 人様に迷惑をかける前に! おとなしく死んどけ!』
『たはは、おいおい、殺すのはまずいだろ。女のガキなら、売れるとこには高値で売れる。俺らの店の品を盗もうとしたんだから、逆に俺らのために身を売ってもらおうぜ』
『おぉ、はは、そりゃいいかもな。聞いたかクソガキ、てめえらのようなゴミは、人の役にも立たねえんだ』
売られる……そう、聞こえた。自分たちのようなものが売られれば、どうなるかは想像だに難くない。
きっと死ぬまで、いいように使われる。死んだっていいんだ……この世界に、代わりはいくらだっている。
まるで、物心つく前の子供がおもちゃで力一杯遊び、壊れたら……次のおもちゃを、買ってもらうように。
『へっ。ならせめて、最後くらいはいいことをして……』
ザクッ……と、音がした。まるで果物が木の枝からもぎ取れたかのように、ノットの腹部を蹴っていた男の首が……飛び、地面に落ちたのだ。
それから、なにが起こったかはよく覚えていない。もう一人の男の首も、あっさり飛び……残されたのは、自分と、自分を捕らえていた男だ。男は、女の拘束を解き、後退る。殺される……そう、思ったのだろう。
同時に女は、助かる……そう、思った。なにが起こったかはわからない、でもノットがなにかやったのは確かだ。やっぱりノットはすごい、と……
『ぇ……』
ノットは、背を向けた。自分を一瞥しただけで……助けることもなく、歩きだす。どうして、彼女は助けてくれないんだ。どうして……
女は懇願するように言葉を絞りだし、そして……
『の、ノット? ねぇ、助けて……』
『お前みたいな役立たずは、もういらない』
……あっさりと、切り捨てられた。
ノットが去り……残されたのは、自分と、自分を捕らえていた男。そして物言わぬ死体が二つ転がっている。どれくらいの時間、そこにそうしていただろう……
やがて、生き残った男が、女を連れていく。女はすでに、逃げる気力も、暴れることもなく……おとなしく、連れていかれ……
売られた。
『……』
自分が生きるために、殺して奪って。平気で嘘をつき、騙し騙される世界。弱い者は、強い者に従うか、体を売るか……そうでないと生きられないのが、この世界。そんな世界でも生きてこられたのは、ノットと一緒だったから。
一人では……なにもできない。そして、気づいたのだ……ノットの言っていた通り、自分は役立たずなのだと。さらに、ノットに裏切られたショックは、女から生きる気力をも奪っていった。
なのに、なぜ……売られて、買われて、人とは思えないほどの扱いを受けて、人の欲望をぶつけられて……生きているのか。生きる目的を失い、いつ死んでもいいと思っていた。
……そのはず、なのに……
「……見ぃつけた」
あれからどれほどの時間が経っただろう。なぜ、生きてきたのだろう。それは、この瞬間のためにあったのかもしれない。
これは、奇跡だろうか。今、目の前に……自分を裏切った女が、いる。
もうなにも、感じないと思っていた。なのに、なんだこの……胸を満たしていく、気持ちは。今までのつらかった気持ちを、ぶつけることのできる……裏切った相手を見つけることのできた、高揚感。
この気持ちは……
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