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英雄vs暗殺者
なくしたはずの右腕
しおりを挟む「とりゃ!」
ブォオッ
ノットが長剣を、振るう。すると赤く光った刀身から、炎が放たれる。ただの斬撃というよりも、それは炎をまとった斬撃。もしくは、単なる炎だ。
だが、炎なら通用しないことはすでに証明したはずだ。放たれた炎を、右腕から出ている煙は移動して捉え……
呑み込んで……
バゥンッ……!
……破裂した。
「は……?」
煙が、内側から爆散した。さっきまで、いくらノットの炎を呑み込んでも、なにも影響がなかったというのに。
まさか、呑み込みすぎた? お腹いっぱいになったとか? ……いや、タイミング的に違うだろう。要領オーバーというより、今の炎に問題があるとした方がいいだろう。
ただ、長剣から放たれた炎……それが、ものすごい破壊力ということか。それとも、別の要因があるからなのか。
煙で呑み込めなかった……とはいえ、煙は消えたわけではない。まだ右腕の千切れた部分からモクモクしているし、煙だからか散っても消えることはない。
「はっ、やっぱりこいつぁいいや!」
その威力に、満足そうなノットがまたも炎の斬撃を放つ。煙は爆散してしまったためか、すぐに反応することはない。
炎の斬撃は地面を走り、気温をも上昇させていくようだ。じわりと汗が流れる。あれに触れたら、熱いじゃ済まない。
足を動かし、それを避ける。幸いスピードはそれほどないため、楽に避けることができる。だが……
「うげ……」
斬撃が通った地面は黒く焦げ、抉れている。ただの斬撃じゃないことはわかっていたが……!
ノットの炎と……あの、日本刀のような剣が、この結果を生み出しているのだろうか。やはりあの剣、ただの長剣ではないってことか。
だけど、ノットの恐ろしさは、その武器や呪術の数ではなく……
「……!」
「ちっ」
少しでもノットから目を離すと、ノットの姿はそこにはない。真横から一閃を放たれ、それを腰を折るようにして避ける。遠くにいたはずのノットがいつの間にか、隣にいる。
暗殺者と言うノットは、少しでも意識を離してしまえば、その姿をどこかに消す。暗殺を生業とするだけあって、音も感じさせないその動きはまさに、暗殺者と言える立ち回りだ。
これは、ただ足が速いとか、そういうのとは違う気がする。
「食らえ!」
この黒い煙は、ある程度私の意思に従って動いている。だから、近くにまで来たノットの左腕を、剣ごと右腕みたいに呑み込んでしまおうと、煙を飛ばす。
それに対し、ノットは長剣を振るうと……波のような炎が放たれ、煙と衝突。まるで水蒸気爆発のように、その場で爆発し、勢いに押されて後退する。
「っとと。ははっ、危機一髪ってやつだな!」
くそ、ノットは左腕しかないし、ただでさえ細腕なのに……よくもあんなに、軽々と剣を振るうことができるものだ。
暗殺者ってのはこそこそやってるイメージがあるから、あんまり筋肉とかはついてないと思ってたけど……どうやら、そうでもないらしい。ノットが例外なのかも、しれないけど。
左腕一本。それも、自ら手に武器を持てば、それは指パッチンにより炎を放つという自らの一つの攻撃性を捨てることになる。もっとも、指パッチンの炎はこの黒い煙の前では無意味だと切り捨てたのなら、まあ納得もできるが。
ただ……やはり、暗殺者と言うには派手な武器ばかりだ。
「こいつの前じゃ、あんたの不気味な呪術も無意味だな!」
と、再度ノットが迫る。確かに、あの剣の前じゃ、煙で呑み込めないし……先ほどの短剣よりも熱いのなら、触るのも危険だ。
せっかく動けるようになったのに、これでは……
「お……おぉっ?」
その瞬間、右腕に違和感……千切れ、モクモクと煙が出ていた箇所から、表現しがたい違和感がある。
その違和感がなんであるか、答えはすぐに明らかになった。モコモコと、そこからなにかが飛び出す。それは……
「ぉ……う、腕……!?」
右肩部分……そこから生えたのは、なくなったはずの右腕だ。右腕が確かに……右肩から、生えている。どう、して……?
手を握ると、動かしてみる。動く。手を振ってみる。動く。私の意思で、私の考えた通りにちゃんと動く……私の、右腕。
しかし、この右腕を見た瞬間……ノットの顔色が、変わった。
「てめぇ……それ、どういうつもりだ……!」
その感情は、怒り。先ほどまで余裕な態度を見せていたノットの、怒りの感情。
や、どういうつもりって、私もわからないんだけど。そもそも、右腕を失ってから今まで、復活する兆しなんてなかったし……そもそも腕が生えるなんて、このファンタジーな世界でも本来あり得ないことだ。
『魔女』と呼ばれるエリシアでも、なくなった腕を生やすことなんてできない。かろうじてくっつけることはできるかもしれないけど、私の右腕は、マルゴニア王国の、降りしきる雪の下に埋もれてしまったはずで……
「……! こ、れ……」
改めて、右腕を見る。すると、そこには……私の右腕にはなかったはずの、凍傷の痕。まさか本当に、雪の下に埋もれていた腕じゃないだろうな……
……いや、ここで別の考えが出てくる。凍傷の痕のある右腕が、あったではないか。今、私の目の前にいる人物の……なくなったはずの、右腕が。
「まさか、ノットの……?」
右腕、右肩から腹部にかけ、ノットには大きな凍傷の痕があった。今生えてきた右腕にある凍傷の痕は、ノットの右腕にあった凍傷の痕と、位置も大きさも一致する。
だからこそ、ノットはあんなにも怒っている。これが自分の腕と、わかったから。
「てめぇええ!」
ノットの右腕は、呑み込まれた……私の右腕部分から発生した、黒い煙に。そして、呑み込まれたはずの右腕が、本来右腕があるべき場所に生えた。
これはつまり……"そういうこと"なんだろう。ノットの右腕を、自分の右腕として奪った。そこに私の意思はなくても、少なくともノットにはそう映ったはずで。
……怒りの感情に満ちた刃が、振り下ろされる。
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