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英雄狙う暗殺者の罠

潜在的な能力

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 エリシアは、十三の歳に呪術の力を暴走させ、故郷であるラーゴ村をめちゃくちゃにした。それだけならまだしも、その力は村の人たちにまで、危害を加えた。

 これは、実際にラーゴ村で聞いた話だ。エリシアの身になにがあったのか、疎まれている理由はなんだったのか……その答えが、それだ。

 その際、エリシアは自らの意思で呪術を発動してはいない。それどころか、そのときの記憶すらないというのだ。

 つまりエリシアは、自身の中に呪術という力が眠っていたとは知らないことになる。また、知っていたとしても、決して使ってしまわないように封印していたはずだ。呪術の力に呑まれないよう、意識を持って。


「うぅ、う……」


 しかし、目の前のエリシアからは今、呪術の黒い力が溢れている。黒い、とは感覚とかそういう話ではない。実際に、黒いオーラのようなものが出ているのだ。

 私の右腕から腕が生えたり、左手が黒くなったりといった、目に見えて体に異変が起きているわけではない。が、異変が生じているのは明らかだ。

 私の記憶の中の人物のはずなのに、私の知らないことが起こっている……ただ、エリシアもボルゴもサシェも、不可能なことが起こっているわけではない。

 みな、誰しも起こりうることだ。ボルゴ、サシェの技の昇華も、エリシアの暴走も……起こりうる、事態なんだ。


「まさか……」


 この紫色の霧によって実体化した、記憶の中の人物は……実体化した本人の、潜在的な能力まで引き出すってことか?

 実際に私が見てなくても、本人が隠していても忘れていても……本人の心のうちに眠る、潜在的な力が発揮される。つまり、よくも悪くもその人物の最高のパフォーマンスが出てくるってことだ。


「よくも悪くも……か。エリシアは、どうやら悪い面に行っちゃったみたいだけど」


 呪術の力に呑まれつつあるエリシアは、潜在的な能力は発揮されないほうがよかっただろう。だが、呪術という力が危険な力である以上、いつああなってもおかしくはなかった。

 私だって、もしかしたらあんな風に……


「ぅくっ……は、ぁはぁ……な、に……これ……」


 ……いや、エリシアはまだ、完全に意識を奪われた訳じゃない。その強い精神力で、まだかろうじて意識を保っている状態だ。

 そういや、呪術の力を使っていた師匠も、意識を保ったままだったっけ。あっちは完全に使いこなしていたし、そう考えると精神力は師匠の方が圧倒的に上……


「ま、どうでもいいか」


 どっちがどうとか、そんなのはどうでもいい話。呪術の力に呑まれないよう、踏ん張って隙ができているというのなら……今が、絶好のチャンスってことだ。

 隙だらけな上に、おそらく回復魔法も使う余裕がないんだ。この機を逃す手はない……!


「ぐ、ぅうぅ!」

「うわっ!」


 しかし、今のエリシアに近寄るのも容易くはない。その体から溢れる黒いものが、まるで意思を持っているかのように動き、なんか撃ってくる。

 なんか……とは言い方がアレだけど、要は魔力の弾のようなものだ。呪術の力を弾として、撃ってきた。

 それだけでなく……まるで放電でもしているかのように、エリシアの体がバチバチしている。なんなんだろう、あれは。


「けど、これなら……!」


 なにが起こっているかはよくわからない。が、呪術には呪術だ。この左手であれば、大抵のものならば防げるはず。

 なので、再びエリシアへと近づくために足を進めて……


 ゾワッ……


「!?」


 ……なんだ、今の悪寒は? 今、背後からものすごいプレッシャーがあった。呪術のそれではない、それとは別の、強烈ななにかが……


「……げっ」


 前方のエリシアの動きに注意しつつ、背後へと視線を向ける。……そこには、私の右腕から生えた呪術の腕を捻り、凄まじい殺気が溢れる師匠の姿があった。

 この呪術の腕、最近いいところないな……私の言うことを聞いてくれないとはいえ、私の体から発生しているのなら、少しは役に立ってもらいたいものだ。


「それにしても……」


 あの師匠に、呪術の腕が見えているのかそれとも見えていないのかはわからないが……見えていないんだとしたら、見えてないものをどうやって捻ったのか。それも、グレゴを守る形で。

 まあ見えててもそれはそれで疑問だけど。


「くそっ……!」


 そのグレゴは、悔しげに表情を歪めている。今や得物(けん)を失ったグレゴにとって、自身がお荷物であると感じているのだろう。

 確かに、武器がないグレゴでは、素手では私や師匠には及ばない。多少の体術を使えても、それを極めた者の前では無力だ。

 ……だが、なにもグレゴの武器は、大剣『グレニア』だけではない。肌身離さず持っているそれではあるが、それだけが唯一の攻撃手段というわけでは、ないのだ。


「すみませんターベルトさん……俺もまだ、戦えます」

「ん、おぉそうか」


 そう言って、グレゴが手に取ったのは、その辺に落ちていた一本の木の枝。そんなものを振り回すなんて、まるで子供の遊びだ。

 ……だが私は、知っている。グレゴの手にかかれば、ただの木の枝がとんでもない武器になることを。

 以前グレゴは、ヴラメ・サラマンという『剣豪』と呼ばれた男と手合わせという形で戦った。その際、ヴラメ・サラマンは自分の剣を使わず、その辺の兵士が使っていたなんの変哲もない剣を使用した。

 結果は、グレゴの惨敗。グレゴと共に冒険してきた相棒の大剣は、ただの剣の前に破れた。曰く、使用者が鍛えればどんな剣でも名刀に勝るという。

 その敗北から、グレゴは己を鍛え直した。結果として、たとえ木の枝であっても一端の武器として扱えるように……


「いやそれでも、木の枝はやりすぎじゃあないかな……」
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