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世界への反逆者 ~英雄と師~

手がかりはそれだけ

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 拳を手刀の形にして、一気に真正面へと振り抜く。私の手はあくまでも人の手ではあるけど、この手刀は人体を切断できるほどに強度は硬い。

 それを、無防備な師匠の首元へと突き刺す。指先、手刀となったとなった切っ先部分は、師匠の喉部分にいとも簡単に、突き刺さる。


 ザクッ……


「っ……」


 手刀が突き刺さった喉からは、赤い血が、流れていく。死んでいたはずの体には、確かに赤い血が通っているのだ。しかも、元々死体の残っていない体に……不思議なことだ。


「ぁ、ふっ……」


 小さく声を漏らし、師匠の見開かれた目からはだんだんと光が失われていく。力尽きる寸前……口元が上がり、小さく笑みを浮かべていた。気がした。

 手を、引き抜く。詮がなくなったため喉からは大量の血が流れだし、力を失った師匠の体は、ゆっくりと倒れていく。うつぶせに、倒れていく。

 ドサッ……と、大きな体が、横たわる。


「……はぁっ」


 終わった……それを実感し、どっと疲れが押し寄せてくる。体の痛みも、ある。本当は、痛みもあるはずなんだけど……どうしよう、それよりもただ、疲労感の方が大きい。

 その場に、座り込む。もっと、痛みにもがいて転げ回ってしまうのを想像してたのに、とんでもない疲労感がただあるだけだ。

 ……師匠の体は消えてない、か。あの時残らなかった、師匠がそこにいた証拠が……ちゃんと、残っている。


「……終わったの、か?」

「ん……」


 ふと、後ろから声をかけられる。首だけで、振り向くと……そこには、ボロボロになったユーデリアの姿。

 力尽きているのか、人型だ。


「あぁ、生きてたんだ」

「死ぬか。……まあ、死にそうだったけど」


 途中から、ユーデリアは完全に気絶し、戦線を離脱していた。今まで伸びていたわけだが、師匠からあれだけの攻撃を受けたのに、むしろ死んでないこと自体すごいことだ。

 この子もこの子で、いろいろ規格外だな。


「で、どうすんのそいつ」


 と、ユーデリアは師匠へと視線を向ける。

 ユーデリアにとっては、自分たちを殺そうとしたただの敵だ。ここに放置していく、もしくは跡形もなく消し去っていく考えもあるだろう。

 ……でも。


「……この人は、ちゃんと埋めてあげたい」


 グレゴもエリシアも、私の手で殺して、そして今は雪の下だ。雪の下といっても自ら埋めたわけではなく、結果的にそうなっただけで……

 それを考えたら、師匠はこの場に放置していってもなんの問題もない。けど……

 一度は、死体もなく、お墓を作ってもその下になにも埋めることができなかった。だから今回は、せめて……


「ふぅん……ま、勝手にすれば」


 そっけなくも、ユーデリアは勝手にすればと他にはなにも言わない。その場に座り込み、地面に横になる。

 疲れているせいか、すぐに寝息が聞こえてくる。のんきというか、肝が座ってるというか……


「……ぷっ」


 なんだかおかしくて、一人で吹き出してしまう。

 その後、私自身とユーデリア、そしてコアの体を、回復魔法で治していく。痛みで集中できなくなるかなと思いきや、わりとすんなりと行うことができた。

 体の傷を治して。ユーデリアは寝ているからそのままだけど、痛い思いをさせてしまったコアのことは思い切り撫で回して。それから、師匠のお墓を作る。

 コアも手伝ってくれようとしたけど、それを断る。これは、私がしたいからするのだ。もう、この手は汚れてしまった私がこんなことをしても、なんの意味もないとは思うけど……したいから、やるんだ。

 ……それでもまさか、誰かのお墓を作ることになるなんてな。こっちに戻ってきてそんなことをするなんて、思っても見なかった。

 ただ、これで私の、中の気持ちが、なにか変わるということは、ない。これはあくまで、そう……一つのケジメ、みたいなものだ。お世話になった人への、せめて最期くらいと。

 こうやって、魔法も道具も使わず、手で地面に穴を掘っていく。こういうとき、自分の体に硬さの強度があってよかったなって、思う。

 時間は、かかる。それでも…………あぁ、これ、故郷に帰って仲間たちのお墓を作っていた、ユーデリアと同じ事をしているのか。ユーデリアも、いろんなことを考えながら、お墓を作っていたのだろう。

 いったい何者が、死んだ師匠を生き返らせ、私に差し向けたのか……確実に、私の邪魔をしている奴が、いる。そいつは、呪術の炎を与えられた、氷狼の村に現れた男たちの裏にいるのと十中八九同じ人物だろう。

 手がかりは……過去の映像で見た、男たちと一緒にいたノットと言う人物。そして、バーチ。もっともこっちは、マルゴニア王国でユーデリアが殺しちゃったわけだけど。

 今ある手がかりは、それだけ……ノットという、正体もなにもわかっていない人物の存在だ。なのに、おそらく向こうは私たちのことをよく知っている。でないと、私に師匠をぶつけてはこないだろう。

 見られている……可能性が、ある。なんだか、いい気はしない。ただ、私の邪魔をするというのなら……そいつらもいずれ、見つけ出して……殺してやる。
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