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世界への反逆者 ~精霊との対峙~
身を滅ぼすことになる
しおりを挟む「お、おぉ……!」
拳は、実体を持たず触れることのできないはずの水の精霊を、ぶん殴った。感触は水だが、確かに殴れている。おかしな感覚だ。
殴った私の左手は、黒く……黒く、染まっていた。まるで、呪術の黒い腕と、同じように。
「……」
水の精霊を地面に叩き落とす形でぶん殴り、さらに力を込めていたため……叩きつけられたそこには、クレーターのような大きな穴が開いて、地面がへこんでしまぅている。
もしもこれが、人の頭だったら……この時点で、頭蓋骨は砕けもはや動くことも出来ないほどになっていただろう。下手をすれば死ぬ。
だが、水の精霊はまだ息があるようだ。頭蓋骨どころか骨はないだろうし、殴ってもどこに一番ダメージが蓄積されているのか、よくわからないけど。
「ぐ、ぅ……っ」
ただ、この呻き声から察するに、ダメージは入っているようだ。相手が人、いや生き物なら、体の傷や吐血したもので、わかりやすく相手がダメージを負っていると判断できるんだけど。
水の精霊は実体がなく本体が水ゆえに、たいして変わりがない。
「おのれ、人間ごときが……ぐぅ!?」
起き上がろうとする水の精霊の首を、掴み地面へと押し付ける。人のようなシルエットをしているから、ここは首だとわかる。
絞めても、酸欠にできるわけじゃないだろうけど。そもそも、生き物でもないんだから生きるのに酸素を必要としているのか、わからないし。
まあ、首を絞めるという行為自体は、水の精霊の命を奪うためのものじゃない。地面に押さえつけ、身動きを取れなくするためだ。
「……これで、わらわの身動きを封じたつもりか?」
「まさか。相手が水ならすぐ逃げられるだろうし、また大気中の水分を使ってなんかしてくるかもしれないし」
こんなことで、人相手ならともかく水の精霊を拘束できるとは、思っていない。
それでも、なにかしようとすればそれより先に、対処できる距離にいる。なんせ、首をつかんだ状態だ……対処する距離でこれだけ適したものはない。
「……あんた、なにか知ってるね?」
こうして、水の精霊を地面に押さえつけている理由……それは、話をするためだ。正確には、一方的な質問だが。
こいつは、私の黒く染まった手を見て、なにか知った風な様子だった。それに、この黒く染まった手によって、水の精霊をぶん殴り、こうして首を掴むこともできているのだ。
なにか、あると考えても不思議じゃないだろう。水の精霊は、この呪術みたいに黒く染まった手について、なにかを知っている。呪術を忌々しい力と吐き捨てる、こいつは。
それに……精霊って、なんかなんでも知ってそうなイメージが、あるし。
「……聞いてどうする」
「聞いてから考える」
とりあえず水の精霊の動きを封じているおかげか、ユーデリアに襲いかかっていた水の針は今は消えているようだ。それに、怪しい動きをする気配もない。
抵抗はない……さっきまで、あんなに殺意ありでいたっていうのに。
「……なにか、と言っても。お主自身、黒手がなにであるかは、察しがついているのではないか?」
「……」
この、黒く染まった手。あの黒い腕を彷彿とさせる見た目。これから感じる、嫌な気配……これらから連想できるのは、一つしかない。
「呪術……」
「ふっ……ははっははっはは!」
思い当たるものの名前……それを呟いた瞬間、水の精霊は笑い出す。口なんて本来見当たらないが、わざわざ口とわかる部分を作り、口を開けている始末だ。
ただ、それよりもその特徴的な笑いかたのほうが気になる。
「なにさその笑いは」
「ははっ……いや、気にするな。己の運命をわかっていない様子だったのでな、つい……」
「……」
なんか腹立つし、このまま首をへし折ってやろうか。いや、水だから意味がないっていうのは、わかってるんだけど。
それにしても、運命って言われてもな……
「その黒い手は……確かに呪術という忌々しい力だ。お主自身も自覚しているようにな。お主も見ただろう……先に出現したあの腕が、わらわの水を切り裂くところを。それと、同じことよ」
……つまり、やっぱりこの手は呪術が関係している。原理はよくわからないけど、さっき黒い腕が水の精霊の水を切り裂いていたり、実体のないものに攻撃していた。それと、同じことができる。
要は、この黒い手ならば実体のないものでも、ぶん殴れる。ってことだ。
……とはいえ……
「そんな都合のいいだけの力、あるわけない。それに、あんたが笑ってた理由も、説明がつかない」
実体のないものをも殴れる力……それは少なくとも、精霊との戦いでは利点しかないものだ。
だけど、なんの代償もなしにそんな力が使えるだなんて、思っちゃいない。
「ふははっははっはは」
「その笑いかたやめろ」
なんでわざわざははとははの間に小さいつを入れるんだ、うっとうしい。
「そうとも、そもそも忌まわしき力なんぞに、利点などあるはずもない。呪われし術……呪術は、やがてお主の体をすべて呑み込み、術者の体を破滅させる」
「……」
「お主も、いずれその身を滅ぼすことになる」
……なるほど、ね。この黒い手は、いわば呪術が体を侵食してきている、ってことか。このままじゃ、いずれ腕、胸、顔……全身が、呪術に呑み込まれる。
……ユーデリアの故郷を襲った、呪術を使っていた男たち。あいつらは、最期呪術の炎に呑まれて跡形もなく消えた。もしかしたら、呪術に呑まれて身を滅ぼすってのは、ああいうこと、なのだろうか。
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