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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~
終わりゆく村
しおりを挟むザクッ……!
振り下ろされた手刀は、誰に妨害されることもなく……エルドリエの胸元へと、到達する。そして手刀(それ)は、肉を突き破り、その奥にある心臓へと到達し……それをも、貫いた。
「あ……ぁ……」
それが心臓だと、なぜわかるか。それは、手越しに感じる、ドクドクと脈打つ鼓動……それが、そこにあるのが心臓だと伝えている。
胸を貫かれたエルドリエは、口から吐血し……声にならない声を、漏らす。呻き、と言った方が正しいかもしれない。
感じる心臓の鼓動は、次第にドク……ドク……と、動きがだんだんゆっくりになっていく。それは、心臓がその動きを止めつつあることを、意味していた。
「エル、ドリエ!」
その様子を、一番近くで見ていたのが、ガルバラだ。心臓の音とかはもちろん聞こえないだろうけど、どこをどう見たって、心臓部分を突き刺したのは明らかだ。
心臓を貫かれ、それで生きていられるはずがない。最悪の展開に、ガルバラはエルドリエの名前を叫んだあと、絶句した。
エルドリエの目は、すでに焦点を失い、呼吸も不規則になっていく。
「は、は、っふ……」
意味のない言葉を吐き、もはや瞳孔が定まっておらず、正常ではない。もう、死へのカウントダウンは始まっている。
ズボォッ……!
貫いていた手を、一気に引き抜く。そこに栓をしてあったものがなくなったことにより、穴が開いた部分からは大量の血が流れ始める。
エルドリエの胸元には拳一つ分の穴が開き、その中身はグロテスクな光景が広がっていた。
こんな状態になってしまえば、たとえエリシアの回復魔法であろうと、回復させるのは無理だ。それだけの深手を負い、生命力がなくなっていっている。
「え、エル……」
「もう無駄だよ。もう、死ぬ……助からない」
それは私が、一番よくわかっている。殺すつもりでヤったんだから、当然だけど。
……さあ、エリシア……よく見てなよ。この左目にしっかりと焼き付けろ。あなたのお母さんが、死ぬところを……よく、見ておけ。
私は、お母さんの死に目にすら会えなかった。だから、せめて……
「こ、の……人、殺し……!」
恨みを込めて、憎しみを込めて、ガルバラは私をそう呼ぶ。悪魔の次は人殺しか……別に、間違っちゃあいないけどね。それに、ガルバラは知らない……私がここにくるまで、何十、何百の人を殺していることを。
今さら、人殺しと蔑まれたところで、心は痛まない。それに……
「あんたも、すぐに後を追わせてあげるよ」
私を悪魔、人殺しと呼ぶのは勝手だけど……そいつに今から、殺されるんだ。そうやって虚勢を張ってられるのも、あと少しだけ。
ガルバラ本人は動けないし、村人はユーデリアが始末している。だから、もう誰も助けになんて来ない。誰も……
「ガルルル……!」
「ありゃ、終わったのそっち」
ちょうどユーデリアのことを考えていたところへ、ユーデリアの足音、そして唸り声……どうやら、向こうは終わったらしい。二人を相手取ってた私よりも早かったとは……
向こうの惨状を確認するために、振り向き視線を向けると……そこには、千切れた人の腕を咥えた、ユーデリアの姿があった。その口は、血で赤く濡れている。
「あ、ぁ……」
その光景にショッキングを受けるのは、やはりガルバラだが……私だって、少しは驚いている。
ユーデリア……以前、私がエリシアの目玉を食べたときは、むごいことをする……と言っておきながら、自分だってなんてことをしてるんだ。
「ぷっ……いや、食ってはないぞ」
私の考えていることをまるで読んだかのように、咥えていた腕を地面に捨てたユーデリアは、人を食べてはいないと反論。それが本当か嘘かの判別は、私にはできない。
というか、氷狼って……人を食べるんだろうか。この世界では魔物はもちろん、私のいた世界では動物だって、人を食べることもある。氷狼だって動物なら、人を食べても不思議はないが……
完全に動物というわけではなく、人にも変化できるのだ。もし氷狼が人を食べるのなら、ある意味人が人を食べるということに……なるのか。
そう考えてみると、氷狼の村で見た過去の光景に……人を食べている氷狼は、いなかったな。どれも、爪や牙で傷つけたり、凍らせたりして対処していただけだ。
「……なんだ?」
ここで直接ユーデリアに、キミ人食べるの? って聞くのもなぁ……
「なんでもないよ……」
まあ、氷狼の生態についてはまた追々考えればいいか。そもそももう氷狼はユーデリアしか残っていないんだけど。
それより今は、この村だ。見たところ、ユーデリアと戦いを繰り広げていた村人たちは、全員氷付けになってしまっている。
やはり、ユーデリアは並み以上の魔法使いよりも、実力は上だ。魔法こそ使えないが、氷狼としての特性は魔法よりも上であることはもはや明らかだ。
「この、この……貴様ら……悪魔め……!」
ガルバラはもはや、なんと言えばいいのかもわからないほどに、同じ言葉を繰り返している。怒りか絶望か、それが彼の胸の中を支配しているのだろう。
周りには、氷付けになった村人たちと、もう死ぬまでのカウントダウンが始まっているエルドリエ……怒りより、絶望を感じているのは間違いない。
そして、ガルバラの体は……地面に接している部分が凍っていき、その場から動けなくなってしまう。もう、どんな悪あがきをしても、無駄ってことだ。
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