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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~
正体不明
しおりを挟む私の右肩から生えた……正体不明の、謎の腕。それがなんであるか、私自身もわかっていない。不気味なそれは、私以外には見ることもできない。
そのはずなのに……エルドリエの反応は、まったく予想だにしないものであった。
「まさか……それ、は……」
この腕を、確かにその目で見ている。しかも、それだけではない。「うそ」「まさか」「それは」……どれも、この腕についてなんらかの心当たりがあると思われる台詞。
なんであんたが、この腕について……と、私の方から聞きたいところだが……残念ながら、うまく声が出せない。突き刺さった氷の槍による痛みのせいだろうか。
口から、血が流れる。致命傷となる一撃は、謎の手の出現により回避できたものの……それで状況が好転したわけでは、断じてない。
パキパキッ……!
腕は、掴んでいた槍を握りつぶす。槍は二本に折れ、地面に落ちるやまるでグラスを落としたときのように、割れる。
「な、にが……?」
その光景を見たガルバラは、やはりなにが起こったのかわかっていない様子。当然だ……謎の手が見えていないのだから、槍は空中で急に止まったように見え、また急に砕けたように見えただろう。
一方、エルドリエは……完全に、見えている。その手も、手がなにをしているかも……見て、そして怯えている。
怯える……それほどのものが、この手にあるというのか?
「……おい、お前。私の、体から生えたなら……少しは、私の言うこと、聞けよ……!」
私は、腕に訴えかける。痛い、苦しい……しゃべるだけで、身体中に相当な負担がかかる。それでも私は、言わずにはいられない。
まがりなりにも、私の右肩から生え、存在しているというのなら……私の言うことを、聞くのが筋ってもんじゃないか。
腕に、筋とかワケわかんないけど。
「……」
しかし、応答はない。当然だがうんともすんとも言わないどころか、なんの動きも見せない。槍を受け止めてくれたんだ、せめて体に突き刺さっている氷の槍くらい、抜いてくれてもいいものを。
わかっているのは、こいつは私の意思とは関係なく動くこと。そして、魔法が出せないのにこいつは出てきたということは……こいつは、魔法に関するなにかじゃないってことだ。
……やはり、呪術に関する、ものなのだろうか……
それもこれも、あの女……エルドリエに聞けば、わかる。はずだ。だから……
「あいつを……捕まえる……!」
今頼りになるのは、癪だがこの腕だけだ。言うことを聞かなかろうがなんだろうが、こいつ頼みになるしかない。
動け、動け動け動け、動け……!
「くそっ、もう一度だ!」
ガルバラは、先ほどの現象について考えることををやめたらしく、再び魔力を集中していく。それは、先ほどと同じもの……また、同じもので私を仕留めようというのか。
だが、そのためには時間がかかる。この間に、まずは邪魔なガルバラを消す。それから、この拘束を破って、エルドリエを捕まえて、知ってることを洗いざらい吐かせて……そのあとに……
「! ぐ、ぁ!?」
「!」
……その瞬間だ。魔力を溜めていたガルバラが、急に吹き飛んだ。……殴り飛ばされたのだ。
殴られた本人も、なにが起きたかわかっていない。私だって、いまいちわかっていないのだ……起きたことをそのまま話すならば、謎の手が、ガルバラを殴り飛ばした。
私の右肩から生えたそれは、腕と形容はしているが、自在に伸びたり動いたり……腕の形をしただけの、なにかだ。だから、離れた距離にいるガルバラを殴るのも不可能ではない。
それでも、今の行為は……まるで、私の意思を汲み取ったかのような。汲み取ったっていっても、あれだけ念じないと動いてくれないのだから、なんだって話ではあるが。
「ぐ、うぅ……!?」
殴られた本人が、なにが起こったのか一番わかっていないというのも妙な話だ。見えない手に、殴り飛ばされたのだ……それを見ることができるのは、私と、エルドリエ。
ガルバラが殴り飛ばされたため、集中していた魔力は消え……完成間近の魔法は、消滅した。それにより、命の危機は一旦回避されたわけで。
……ガルバラが体勢を崩した、今がチャンスだ。それに、エルドリエはこの腕の動きになにやら驚愕している……押し付ける力が、緩まっている!
「これ、なら……いっつ!」
なんとか、体を動かせる。あとは、体を壁に打ち付けているこの氷の槍さえ抜くことができれば……そう思っていたときだ、ブシュッ……と生々しい音を上げて、氷の槍が抜かれる。
氷の槍を抜くのは、唯一自由に動く。謎の手。抜かなければと思っていたところへのこの行動、ついに私の思った通りに動いてくれたか……と思ったのも束の間。
……痛い。抜くなら、もう少し丁寧に抜いてほしい。腕……私から生えてるくせに、私を労ることをしやしない!
「ぅ、っつ……!」
腕に刺さっていた氷の槍が、足に刺さっていた氷の槍が、腹部に刺さっていた氷の槍が……抜かれていく。そこに一切の気遣いはなく、ただ力任せに抜くのみ。
労りのない抜かれ方をした傷口からは、刺さっていたものがなくなった影響か余計に血が流れてくる。この腕、実は私を殺すつもりなんじゃあ……
「げほ、げほ!」
咳き込むと、血の塊が吐き出される。口の中が鉄の味……うぇ、嫌な感じだ。
けど、これで体を拘束するものはもうない。エルドリエが放つ、魔法封じの圧力も、いつの間にか消えている。この腕の動きに、よほど精神を乱したらしい。
おかげで、回復魔法が使える。あのまま放置していたら、さすがに危なかったけど……なんとか、ギリギリになってしまう前に、回復できた。
「はぁ、はぁ……ふぅ。ったく、好き勝手にやってくれちゃって……」
もう、さっきのようなヘマはしない……こっからが、反撃開始だ!
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