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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~
変化していくもの
しおりを挟む魔獣の鋭い牙が、迫る。私はなぜか魔法が使えず、片方しかない腕も尻尾により絡めとられている。つまり、身動きがとれない。
魔法が使えない理由は、わからない。魔獣の目がすごく光っているけど、まさかそれが関係しているのだろうか?
いや、今はどうでもいいことだ。元々魔法を使ってなかったんだし、魔法頼みになってしまったわけでもなし。
「こん、の!」
私は、魔獣の尻尾を蹴りあげたその足を、今度は魔獣の頬へと叩き込む。距離が近い、ということは、それだけ攻撃が当てやすいということだ!
避ける素振りはなく、魔獣は蹴り飛ばされる。それにより尻尾から解放され、試しに魔力を発動すると……
「魔法が、使える……」
手のひらに、小さな炎を宿すことに成功。どういうわけか、使えなくなっていた魔法が使えるようになっていた。
……どういうわけか、か。さっき私は、あの魔獣に睨み付けられていた。
まさか、あの目で睨み付けられると、魔法を使えなくなるとでもいうのか? いや、そんな馬鹿げた話……以前は、そんなことはなかった。そんな力が魔獣に備わっていたら、旅はもっと過酷になっていた。
なら、今のは? たまたま使えなかった、何て都合の良い解釈ができるほど、私は素直じゃない。
「……なんか、違う?」
さっきだってそうだ。出現した瞬間、ユーデリアと戦っている時間、そして今……時間が経つ度に、魔獣の力が、魔力が、増幅していってる?
もし、そうだとしたら……
「グルル……!」
早々に決着をつけないと、厄介なことになる。
こいつは確かに、魔獣で間違いはない。ないけど、私の知ってる魔獣とは違う。
そもそも世界から消えたはずの魔獣が生息している時点で、おかしいんだけど……それはともかく置いとくとして、考え事をしている時間さえ無駄だ!
「一気に、決める!」
だから私は、足のみに身体部分強化の魔法をかけ……脚力を何倍にもアップさせる。たとえ魔獣の速さを増していこうと、この段階では私の方が早い!
駆ける私に向かって魔獣は魔力の塊を放つが、そんなもの今の私には当たらない。当たらないが……やっぱり、速さも力も、さっきよりも上がっている。
「とぅりゃ!」
「グッ……!」
魔獣の顔面に、拳を打ち込んでいく。それをくらい、魔獣はゴムボールのように飛んでいくが……逃がして、なるものか!
吹き飛ぶ魔物に並走する形で走り、追撃の蹴りをくらわせる。上空へと打ち上げ、身動きを取れなくするために。
「これで、終わり!」
いくら魔獣でも、上空では逃げ場はない。こいつは羽が生えているタイプではないのだ、あとは落ちてくるのを待つのみ。
だけど、そんな悠長に待ってやるつもりはない。落ちてくる魔獣に向けて、魔力の塊を光線上にして放つ。
このレベルの魔獣なら、直撃すれば跡形もなく消し去れる魔力だ。こいつで、この殺しあいに終止符を……
「っ、うそ!」
……魔力光線は、避けられた。防がれたのではない、避けられたのだ。それはなぜか。
言ってみれば簡単な話だ。……魔獣は空を飛び、打ち上げられた魔力光線を楽々とかわしたのだ。
「魔力の……翼?」
魔獣の背中には、視認できるほどの魔力が、翼の形となって羽ばたいている。まるで、背中から翼が生えたかのよう。禍々しい、黒い翼が。すでに人の腕っぽいのが生えているのに。ビジュアルキモいな。
……バカな……魔力を扱う魔物のことを魔獣と呼ぶ。だけど、魔力を翼のように形作り、自在に空を飛ぶほどのコントロールができる魔獣なんて、見たことないぞ!?
というか、魔力ってあんな使い方もできるの? エリシアだって、あんなことしてるの見たことない……
「って、やば……!」
感心して見ている場合じゃない。空にまで行動範囲が広がったということは、それだけ攻撃の幅も広がったということ。
上空から次々放たれる魔力の塊は、まるで流星群だ。
おまけに……
「せい!」
「ガル……」
こっちが放ったものは、簡単に避けられてしまう。空にいれば、地上にいる私たちの動きを見るのは容易いってことか。
でも、所詮は飛んでるだけ。これまでだって鳥形の魔獣とか相手にしてきたんだ。対策ならいくらでも……
「……あんまないな」
考えてみれば、空を飛ぶ相手に対しては、魔法の達人エリシアか、弓矢の達人サシェが相手していた。私は、そんなに戦ってきた記憶ないや。
ないけど、今の私はエリシアの魔法が使えるんだ。やってできないことはないはず。結局魔法頼みになってしまうのは癪だけど。
手段があるなら、なんでも使うさ。
「……なあ、アン」
「なに」
……と、せっかく人がやる気になっているところに、どうしたんだユーデリアめ。
ユーデリアこそ攻撃の手段が限られている。飛べないのはもちろん、冷気を飛ばしたって空の相手にはどれほどの影響があるのか。
だから、今回は黙って見ておいて……
「あいつ……首、一つだけだったよな」
「はい?」
そこで、いったいなにを言うかと思えば……おかしなことを、聞いてくる。あの魔獣は、尻尾が二股に分かれてたり背中部分から人の腕みたいなのが生えてたけど、首は確かに一つのままだ。
首が二つある魔獣もいないわけではない。が、そういうのは初めからそうなのだ。いきなり首の本数が変わるなんて、あるわけが……
「っ……う、そでしょ……』
そう思い、魔獣へと視線を向ける。そこでは、信じられない光景があった。
魔獣の、首元部分だ……そこから、なにかが出てきている。いや、生えてきている? とにかく、肉が盛り上がってきている。
それは、だんだん形あるものへと変化していき……元あった首の隣へ、現れる。鋭い瞳は二つから四つになり、鋭い牙を携える口は、二つに増えて……
つまり、首が、顔が、二つに増えたのだ。最初からそうだったのではない、途中から……姿が、変わった? 変わったどころの話じゃないけど。
ともあれ、こんなのは初めてだ……こんな、ことって……
「きもっ……!」
なんかいろいろと、追い付かない……!
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