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英雄の復讐 ~絶望を越える絶望~

おわりのこぶし

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『こんなものか? お前たちの力は』


『失望させてくれるなよ』


『私たちの力は、こんなものじゃない!』


『貴様を殺せば、世界は平和になる!』


『見せてみろ、人間!』


『もう誰も、死なせないんだから!』


『この程度じゃ、終われない!』


『頼む、アンズ』


『死して償え!』


『現れろ我がしもべたち!』


『ここが潮時か』


 ……頭の中で、あの日の光景がフラッシュバックした。無意識のうちに思い出した光景は、魔王と戦い、戦い……犠牲を払って勝利した、あの日のことだ。

 私は、グレゴ、エリシア、師匠と共に、命を賭けて戦った。比喩ではない、文字通りというか……一瞬の油断が、命取りになる戦場。

 いや、戦場と呼ぶのすら生易しい。それは、まさに死地だった。周りには魔物の屍が転がり、そこでは生きた心地さえしなかった。

 すでにサシェとボルゴを失い、それでも魔王こいつを倒せば終わると、すべての力をぶつけた。倒せば、世界が平和になる。二人サシェとボルゴの死も無駄じゃない。

 それでも、魔王の強大な力には及ばなかった。魔王を倒すには、私たちの力を合わせるだけじゃダメだったのだ。


『グレゴ、エリシア……アンズ。じゃあな』


 それは、師匠の……己の命を対価にした、秘技。私も聞いたことはあったが、当然見るのは初めてで、教えてもくれなかった。……その秘技を放てば、使用者、つまり師匠の命は尽きる。

 一つの命と引き換えに、魔王の命を絶つ。それこそが、私たちに残されたただ一つの手段だった。そして、その方法に思い至ったのは……師匠、本人だ。そして、師匠が自分を選んだのは……


『お前らはまだ若い。ここは年長者の役目だ!』


 自分がやるべきだと、思ったからだ。それに納得できない止める私たちの声も聞かずに、師匠は自らの命を犠牲にして……


『! この、力は……!』

『あの世に付き合ってもらうぞ、魔王ーーーーーー!』


 ーーーーーー『終拳おわりのこぶし』。それが、師匠が命を賭けて魔王を討った秘技だ。肉体を鍛えに鍛え、極めに極めた者だけが使えるらしい、最強にして最期の拳。

 師匠はそれを打ち、魔王を道連れにした。

 魔王を倒した私たちは祭り上げられ、私は『英雄』と呼ばれるようになった。けど、本当に魔王を倒したのは、私じゃなくて……


「グルルル……!」

「……なんで、ここに……」


 魔王を倒し、この世界から魔物は一匹残らず消えた。

 そのはずなのに。目の前に現れた、禍々しい気配……それは、以前にこの世界を旅していた時に幾度も感じてきたものに、間違いはない。

 敵意とも殺意とも違う、でもそのどちらでもある、嫌な気配。長らくこの身に感じていたが、この世界に戻ってきてまた感じることになるとは、思わなかった。

 この、嫌な……禍々しい、魔物の気配。それは、もう感じることも、目の前に現れることもないはずだった。


「……魔物……今、魔物って言ったのか?」


 ユーデリアは、魔物を見たことがあるのかわからない。けど、その顔は疑心に満ちている。本当に目の前にいるのが、魔物なのかと。

 出来れば、違うと答えたい。これが魔物だと認めてしまったら、私たちはなんのために……


「ガルルルァ!」


 でも、考える時間は与えてくれない。魔物……と思わしきそいつは、急に飛びかかってくる。ただ突撃してきただけだ、避けるのはどうってことないが……

 ……こうして近づくだけで、わかる。こいつが、魔物以外の何者でもないってことに……

 なんで、魔物が……!


「っ、考えるのは、あと!」


 なんでここに、というかこの世界に魔物がいるのかは、わからない。けど、それに気をとられてはやられる……!

 魔物一匹だけであれば、たいした脅威ではない。それに、ユーデリアだっているんだ。ここは落ち着いて……


「グォララララァ!」

「! 魔法!?」


 避けた魔物は、再び突撃してくるだろう……そう身構えていたところへ、魔物の体から魔力が湧き……その口から、炎の形となった魔力を放つ。

 これは、間違いなく魔法……じゃあこいつは、魔物じゃなくて魔獣!?


「こいつ……!」


 放たれた魔法を、ユーデリアが冷気で凍りつかせる。直後、凍りついた炎は粉々に砕け散る。

 魔獣の魔力は、ユーデリアの冷気で抑えきれるレベル……充分、私たちで対処できる相手だ。辺りに他の気配はないし、魔獣はこの一匹だけで間違いないだろう。

 ……それにしても、魔獣だなんて。魔物より手強いことは確かだけど、一匹だけならそこまでの問題はない。だというのに、この胸騒ぎは……?


「グォアア!」

「!?」


 魔獣は、私の知っている通りだ。相手に臆することなく、向かってくる理性のない生き物。初見は、この勢いに押されてしまうことも多い。今のユーデリアのように。

 やはりユーデリアは、魔物の類を見るのは初めてか……


「なんだ、この獣畜生……!」

「キミがそれを言うかな?」


 狼の姿に獣化し、対峙するユーデリアの言葉にはまるで説得力がないが……それよりも、やはりこの景色に違和感がある。

 魔獣の動きが、だんだん速く……それに、魔力だってさっきよりも高くなってるような気が……?


「なんかこいつ、動きがどんどん……!」


 直接対峙しているユーデリアも、そう感じているらしく……冷気の壁で魔獣を寄せ付けなかったのが、だんだんと通用しなくなって……


「く、この!」

「グル!?」


 ユーデリアは冷気の勢いを上げ、魔獣を無理やり引き剥がす。その隙をついて、私も動く。

 これならユーデリアを巻き込むことはない。このまま思い切りぶっ飛ばして、早々にケリをつけてやる……!


「ガァ!」

「っ!」


 二股に分かれた尻尾が、まるで意思を持っているように動き……片方は、私の手首を縛って動きを封じてくる。そしてもう片方は、鋭く変化し……まるで針のようになって、私の腹を突き刺そうと……


「ふん!」


 咄嗟に足を蹴り上げ、尻尾を弾く。同時にこの場から離れるために、魔法を発動させて……


「! 魔法が、使えない……?」


 しかし……魔力が、湧かない。魔法が、使えない。

 そんな私を睨み付ける魔獣の鋭い瞳は、赤く赤く、赤く輝いていて……
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