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氷狼の村
悲劇の村の終わり
しおりを挟む再生能力のある、青い炎……それは、ユーデリアの腹部に空いた穴を、見事なまでに塞いでいた。再生能力というのは、本当らしい。
だけど、それは外側……つまり、見た目だけの話。傷は治ってもダメージまでもが回復するわけではなく、ユーデリアに蓄積された先ほどの一撃のダメージは、溜まったままだ。
だから、腹部の傷が治っても、ユーデリアが目を覚ますことはない。
『ったく、面倒かけやがって』
傷を治したノットは、複雑そうな表情を浮かべている。それも、当然ではあるけれど。
自分に危害を加えた相手を、自分の手で治す。正直自業自得ではあるから、まったく同情はしないけども。
『しかし、呪術でありながら傷を治す力があるとはねぇ、うらやましい』
『はっ。本気でそう思ってんのか?』
呪術……文字通り、呪いの力。斬った者の自我を奪う『呪剣』、腹を貫かれても異常な回復力を見せるバーチ、そしてノットの炎……
この二人と一本は、呪術というもので繋がっている。そして、バーチの言う"あの人"。……呪術は、あの人の力の賜物だと、バーチは言っていた。
その人物が、バーチとノットに呪術という力を与え、氷狼の村を襲わせた張本人。だとしても、氷狼の村を襲わせたのは、どうして……
『見てくれだけ良くなっても、ダメージは回復しない。再生能力なんて言うが、てんで役に立たねえよ』
『今立ったじゃないか』
『はっ』
理由がなんであれ……辺りを見回せば、"あの人"とやらの思惑は成功したのだろうことはわかる。そこには、無惨としか言えない光景が広がっていた。
建物は崩れ、草木は燃え、人は倒れ。この村の住人氷狼も、マルゴニア王国の兵士も。残っているのは、マルゴニア王国の兵士数人だけ。
つまり、氷狼の村は……ユーデリアを除いて、生き残りがいない村へと、成り果ててしまった。
「……これ、が……」
これが、氷狼の村が滅んだ真実。ある日、いきなり村を襲ってきたのはマルゴニア王国の兵士。それを率いるバーチと、ノットという謎の雇われ兵。
ユーデリアは、兵士がどこの王国の人間かわかっていた。だから、マルゴニア王国へと復讐の炎を燃やすことになった。そこでバーチと相まみえたのは、ユーデリアには嬉しい誤算だっただろう。
マルゴニア王国、バーチへと復讐を果たし、残るは、ノット。しかし、ノットはフードで顔を隠しており、マルゴニア王国の人間ですらない。私たちがマルゴニア王国を滅ぼしたとき、おそらく王国内にはいなかっただろう。
もしくは、逃げられたか。少なくとも、指パッチンで火を起こすなんて芸当をする奴は見たことがない。
『さて……これで、依頼完了だ』
この人物はまだ……どこかで、生きている。
『氷狼一匹を連れ去り、他は村ごと消す……なんとも妙な案件だよ。それに、幻とさえ言われてた氷狼の村の場所を突き止めたのも、雇い主ときた』
『あの人のことが気になるか?』
『気にならないと言ったら嘘になるが……私はあくまで、雇われただけ。妙な詮索はしないさ』
氷狼の村を襲い、ただ一人のみを連れ去る……そんな指示を出した"あの人"の思惑は見えない。連れ去った氷狼を、自分たちの駒として扱うならまだわかるけど……
ユーデリアは、奴隷になっていた。氷狼を奴隷とすることが、狙い? なんのために?
……ユーデリアだけではなく、氷狼族の仇ともいえる人物。その人物は、この世界のどこかにいる。
私が復讐の道を歩み続けていく限り……いつか、その人物と出会う日が、来るんだろうか。
『村は焼き払い、生き残りもこのガキ以外になし。で、いいんだな?』
『あぁ、今兵士に隅々まで調べさせている』
そこまで広い村ではない。氷狼の一族が住んでいるとはいっても、氷狼の数自体が多くはないからだ。
ユーデリアはロープで縛られ、荷馬車に乗せられていく。もはやただの肉の塊となった、家族を残して。
ユーデリアの父親は、身体中を刻まれ、片足を切り落とされた。おまけに、顔半分が抉られる有り様。母親は自我を失い、娘を手にかけた。そしてユリアは、もはや顔の判別が出来ないほどに……
「っ……」
それが、ユーデリアの目の前で行われた。ユーデリアは自身の身に起こったことを詳細に話そうとはしなかったが、実際に目にすると……それは、あまりにも衝撃的すぎて、言葉で言い表せない。
ここで見たことを、正直にユーデリアに話す必要はないだろう。ユーデリアだって、まさか自分の過去を見られたなんて、思ってもいないだろう。
だけど私は、果たしてこの先、ユーデリアの顔をまともに見ることが出来るのだろうか。
『バーチさん! 確認完了しました! 村の生き残りは、いませんでした!』
『ん、ご苦労様』
兵士の一人がやって来て、バーチへ報告する。それは、この村の住人はすべて全滅し、生き残りはいないというものだった。
改めて、辺りを見回す。そこには、数々の死体が転がっていた。人、獣、様々な者が。私たちがこの村に来たときと、同じ光景が……
『兵士の死体は連れて帰れよ。道中、魔物に襲われて死んだことにする』
『はっ!』
そうか……この村にマルゴニア王国の兵士の死体がなかったのは、連れて帰ったからだったのか。確かに、なにかの間違いでこの村にマルゴニア王国の兵士が死んでいることがバレたら、えらい騒ぎだ。
それに、兵士は氷狼と戦って死んだ。同じ獣の魔物に襲われたとは、うまい言い訳だ。
『では後処理が完了次第、村を出る。総員に伝えろ』
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