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氷狼の村

呪いと炎

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 元々氷狼の村の住人の数と、攻め入ってきたバーチプラスノットプラス兵士たちの数は、同じくらいだ。数が同じであれば、当然実力の高い者が多い方が勝つ。

 この場合であれば、兵士一人より氷狼一匹の方が強い。だから、戦況の優位性は氷狼側にあるはずだった。

 ……様々な不確定要素が、重ならなければ。


『グルルルァア!』

『おい、やめっ……ぐぁああ!?』


 自我を奪われた、氷狼の無差別攻撃。それは本来敵である兵士だけでなく、味方であるはずの同族にも手をかけていく。

 原因が、わからない。隣の者が、いきなり襲ってくる……その恐怖は、次第に疑心を生み、チームワークという概念を無くしていく。

 そして……


『くっ……冷気が、届かない……!?』


 ノットの出す炎によって、氷狼の本領である冷気が届かない。冷気は熱気にかき消され、熱が氷狼の力をも奪っていく。

 氷狼は、熱に弱いのだろうか。冷気を操るだけあって、真逆の熱気には思った動きが出来ないようだ。

 この二つの要素が、氷狼の優位性を瞬く間に崩していく。

 加えて、氷狼側が踏み込めない理由が一つ……


『っ、く! ふっ!』

『ふはは、どうしたその程度か!』


 この村一番の力の持ち主であろうユーデリアの父親を、バーチが止めていることにあった。

 剣擊に一切の無駄がなく、さらに片手間で周りの氷狼を斬りつけていく。それにより、また自我を奪われる者が現れる。

 まさに、悪循環だ。


『どうでもいいけど、あまりはしゃぎすぎるなよ? 一人は残しとけって命令だ』

『一人残せば、後はいくら殺してもいいのだろう?』


 ノットが言う……一人、残しておけと。それは、命令なのだと。

 一人残せとはつまり、奴隷とするためだろう。それを、指示した人間がいる、っていうことか?

 バーチとノットの後ろに、この氷狼の村の襲撃を企てた人物が、いるっていうことか?


『いつまでも……好きにさせると、思うなぁ!』


 ユーデリアの父親の巨体から放たれる冷気は、いくらノットの炎でもそう簡単に消せやしない。

 さらに、動き自体も他の氷狼とは違い……巨体なのに、身軽だ。『呪剣』の猛攻を捌きつつ、冷気によりバーチの動きを確実に捉えていく。


『っ……と、と……』

『そこ!』


 ガキンッ……!


 拮抗していた時間はついに、終わりを迎える。氷の角が『呪剣』を弾き飛ばし、バーチから得物を奪う。

 もはや得物のない相手に、それでもユーデリアの父親は容赦なく、殺意を持った目で睨み付け……


 グサッ……!


『ぉ、ごぉ!』


 バーチの腹部を、氷の角が突き刺した。思わず目を背けたくなるほどに、生々しく、痛々しい。

 美しい透明の角を、赤黒い血が汚していく。


『! ば、バーチさんが!』


 兵士の一人が、異変に気付き狼狽える。マルゴニア王国、王子の側近であるバーチは、兵士にとってはどんな存在だっただろう。

 そのバーチが、敗北した。それは彼らに、絶望という二文字を与えていく。今さら、怖じ気づいたのか……そもそも、バーチの命令だからって村を襲うなんて、どうかしてる。別に、『呪剣』で正気を失っているわけでもないのに。


『ひ……ひぃい!』


 一人の兵士が、後退り……ついに、逃げ出す。敵前逃亡……敵に背を向け、まだ戦っている味方を置き去りに、逃げ出したのだ。


『ゆ、許してくれ! 俺はただ、命令されただけ……ぉ、おおぉおお!?』


 逃げながら、情けない言葉を並べる兵士の男だったが……急に、体が燃え始める。

 それにより、逃げるための足を止め、その場で苦しみもがいて……炎は、全身を包み込んでいく。


『あぁああ! あつ、いぃい! たす、け……』


 今度は助けを乞う男だが、その場に駆け寄るのは誰もいない。見捨てて逃げようとした裏切り者だからか、単に炎の巻き添えになるのが嫌だからか。

 やがて、数秒としないうちに……男の体は、燃え尽きる。黒こげになり、直視しがたいほどの火傷の数々が刻まれる。


『な……なに、を……』

『なにって? 当然だろ……仲間を置いて逃げたんだぞ? しかも、兵士がだ。しかるべき報いがあって、当然だろ?』


 男を炎に焼いたノットは、悪気がないと言わんばかりだ。実際に、欠片ほども思ってはいないのだろう。

 敵前逃亡したのだ、ならば報いを受けるのは当然だと……わりと、正論を言う。しかし、報いが死とは……なかなか、ハードな話だ。


『ったく、あの戦闘バカがあんなになったからって、狼狽えるな。めんどくさい。兵士なら兵士らしく、戦いの中で死ね。腰抜けどもが』

『なっ……』

『それとも……アレみたいに、私に燃やされたいか?』


 ノットが指を構えると……兵士たちは、慌てたように氷狼たちへと向かっていく。あの指パッチンがなにを意味するのか、理解しているのだろう。

 そして、ノットは……バーチへと、声をかける。


『おら、いつまで寝てんだ! 燃やし殺すぞ!』

『……なにを言ってる。もはやこの男は……』


 腹部を突き刺され、もはや命すら危ういバーチに、無茶なことを言う。

 ……無茶なことで、あったはずだ。


『……あー……それは、困るな……』

『!?』


  驚愕に、ユーデリアの父親は目を見開く。それはそうだろう……今目の前で、自分が突き刺した男が……笑って、反応したのだから。

 口からは、血を流している。腹部からも間違いなく。なのに、平然としているのだ。まるで、痛みなど感じていないかのように。

 ……痛みを感じていない……痛覚遮断? まるで、コルマみたいだ……


「やっぱり、あの剣って……?」


 もしも、コルマとバーチ、両者ともが『呪剣』を使用した影響で、痛覚遮断という、使用者に対しての呪いに支配されていたら。

 同じく『呪剣』を使った私も……? いや、痛みはちゃんと感じる、はずだ。私は『呪剣』の呪いなんかに、負けていない。

 それに、あくまで推測だ。たまたま同じ剣を使っていた二人が、たまたま変態的な耐久力だっただけの話かもしれない。


『くふふ、やはり強いなぁ氷狼は』

『なにをっ……!?』


 ザシュッ……


 ……誰も、気づかなかっただろう。バーチの手に握られていたはずの『呪剣』が、いつの間にか手元を離れていたことに。

 誰も知らなかっただろう。『呪剣』が、ひとりでに動き回る、呪われた剣だということを。


『な、にっ……!?』


 ユーデリアの父親は、表情を驚愕に染める。そして……"斬られた"箇所に、ゆっくり視線を移す。

 そこには、ひとりでに動く『呪剣』の姿があって……それは確かに、ユーデリアの父親の体を、斬りつけていた。


『ぁ……ぐァ、ガァア……!?』

『さらばだ、氷狼の主よ』


 呪いが、広がっていく。
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