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氷狼の村
悲しみの中のユーデリア
しおりを挟む氷狼の村……それはもう、過去の話。ここに生き残っている者は、ユーデリアを除いて一人もいない。
数が少ないから集団を作り、ひっそりと暮らしていた。それなのに、ある日突然全てを奪われた。村を壊され、目の前で仲間が殺され、自分さえも殺されていく気持ちはどれほどのものだっただろう。
そんなこと、想像しただけでもどうにかなってしまいそうだ。ここにいるユーデリアは、自分の命こそ助かったものの、その惨劇を目の当たりにしてきた。
今家族の亡骸を前にしている彼に、かける言葉が見つからない。無関係な私の下手な慰めの言葉なんて、必要としていないだろう。だからといって、このままなにも言わないのも……
「ヒヒィン……」
こういう時どうすればいいのかわからず、考えを巡らす……そこへ、聞き慣れた鳴き声が聞こえてきた。それは、村を回る最中おとなしくしてくれていたボニーで。
ボニーはユーデリアの側へと寄り、顔を近づけていた。その鼻を、ユーデリアの頬に擦り付けたり、舌でペロペロと舐めている。
あれは、なにをしているのだろう。と、無粋に問いかける必要はない。あれは……
「……お前、慰めて、くれてるのか」
元気のないユーデリアを、慰めようとしているのだ。動物の言葉がわからなくても、私にはその行為がなにを意味しているかはわかる。
直接身に受けているユーデリアは、なおさらだろう。
ボニーもボニーで、野生の勘みたいなものでユーデリアが悲しんでいるのを、察したのだろう。賢い子だ。
「よかったね、涙を拭ってもらえて」
「泣いてない」
ボニーの頬舐めにより、不思議と場の雰囲気が軽くなった。
だから、私は少しからかうような言葉を告げる。対して、ユーデリアの答えは多分強がりだ。別に、泣いてたってそれ自体をからかうつもりはないのに。
「別に、家族の前でくらい泣いてもいいんじゃないの?」
この状況で、落ちついて見えるユーデリアは、そう見えるだけだ。その心情は穏やかなわけがない。泣いたって、仕方ないことだ。
それでも、この子は涙を見せないんだなぁ。
「そこにいるのは、お母さんとお父さんと……妹さん?」
「……あぁ」
わざわざ聞くまでもないが、一応確認。腹部の傷が死因であろう母親、顔が半分吹き飛んでいる父親、そして……顔が、ぐちゃぐちゃに潰れている人物。
母親や父親はともかくとして、ユーデリアには妹もいたのか……なんだか、親近感だ。私にも、妹がいたから。
「でも、ひどいもんだね。私が言ってもなに言ってんだって感じだけど」
「……まさか、ここまでとは、思わなかった」
ユーデリアが最後に見た、家族の光景がどんなものかはわからない。だけど、少なくともこうもひどい惨状になっているとは、思わなかったのだろう。
これはひどい現場だ……そして、こんなことを考える私はもっとひどい。
「でもさ、その……こういうこと言うの抵抗あるんだけど、その子、ホントに妹さん?」
ただ、母親と父親の側にいるだけだ。それだけで妹と判断するのは、少し疑ってしまいたくなる。こんなこと考える自分が、嫌になる。
「……顔は、もう判別つかない。けど、においが……間違いない。ユリアの、においだ」
こんな失礼なことを言ったのに、ユーデリアは怒るどころか、間違いなくここにいるのは妹だと、告げる。それは私に言っているようで、自分にも言い聞かせているようで。
そうか、におい……か。人間よりも鋭い嗅覚を持つ犬、それに似た種族の氷狼であれば、身内かどうかのにおいも嗅ぎ分けられるってことか。
だからこそ、ここに倒れている顔がぐちゃぐちゃになっている人物が家族だとわかり安心するし……同時に、もしかしたらどこかで生きているかも、という希望も断ち切られる。
「……」
それが幸福なことのか、それとも不幸なことなのか……それは、私にはわからない。
「お墓、作ってあげなよ」
気づけば私は、そんなことを口走っていた。ユーデリアにとって大切な人たちでも、私にとっては縁もゆかりもない人だというのに。
……自分の家族の死に目に会えず、それどころかお墓の場所も知らない私にとって……目の前の光景は、無視できなかったのかもしれない。
「……あぁ、もちろんだ」
私からの提案が意外だったのか、少し目を丸くしながらも……ユーデリアは、小さくうなずく。
ここで死んでいる人たちのお墓を全員分作ろうと思えば、それは大変な作業の量と時間を要する。だけど、ユーデリアにとってそんなものは気にならないだろう。
それに、急ぐ旅でもないんだ。マルゴニア王国を滅ぼした今、目的という目的は世界への復讐。どうしても急がないといけないわけじゃ、ない。
「…………」
言うが早いか、ユーデリアは黙々と作業を始めていく。自分よりも一回りは大きな人間を。それも、腐敗が進んでいるとはいえ力が抜けて重くなっている人間を。
私も、魔法で手伝おうか。いや、こういうのは直接自分の手でやらないと意味がない。そう、少し迷っていたところに。
「全部、ボクがやる。ボクがやらなきゃいけない。アンには悪いけど、待っててくれ」
と言われたので、私はユーデリアを見守ることに。
この村に来るまでの間も会話はあまりなかったけど……この時間も、会話がない。必死に人を運び、お墓を作っている状況では会話をする余裕もないだろう。
ただ力が必要なだけではない。変わり果てた仲間を運ぶその作業は、ひどく精神力を削られるだろう。
「ヒィイン……」
「よしよし、待ってようね」
側で低く鳴き声をあげるボニーの首筋を、優しく撫でてやる。やっぱり、わかってるのかな……さっきまでユーデリアに寄り添っていたのに、今じゃちゃんと距離を置いている。
賢いボニー……うーん、この子、名前とか決めてあげた方がいいかな。結構お世話になってるし、いつまでもボニー呼びっていうのもね。
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