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世界に復讐する者たち
【幕間】無能な男
しおりを挟むマルゴニア王国を滅ぼし、さらにはバーチをも葬った人物。氷狼、そしてもうひとりの謎の人物。
おそらくはその人物こそが、氷狼を奴隷から解放した人物であり、また首謀者であろう。それはいったい、何者なのか。
「もうひとりは、何者なんだ」
ノットの問いかけは、必然にして当然だ。マルゴニア王国を滅ぼし、その上自身が関わった氷狼と行動を共にしている人物ともなれば、気にならない方がおかしい。
その問いを受け、ソファに深く腰かけた男は、軽くため息を漏らす。
「当然、ワタシも気になった事柄だ。まずいの一番に、その正体を確認するほどにな」
「なら……」
「いや、残念ながら、正体までは掴めなかった」
ノットが気にかかった事柄……それはすでに、男も気にしていたことであった。そしてその確認も、すでに行っているのだ。
しかし、結果として……その人物の正体は、わからなかった。
「あまりの戦闘の激しさに、例の工作員も近寄れなかったようでな。せいぜい、微かな特徴を捉えただけだ」
戦闘の激しさ……それは、そうだろうとノットは思う。その人物はともかく、氷狼の戦闘は人知を越える。快晴であろうと周囲を雪景色に変え、天候さえも操る力を持つ。
そんなもの、なんの準備もなしに近づけば、あっという間に氷付けだ。
だから、特徴を捉えることができたというだけでも、儲けものというべきだろう。
「特徴、というと?」
「遠目に見ただけだが……種族は人間で小柄、おそらく子供らしい。性別は、女だ」
「人間……それも、女のガキ?」
あくまでも、遠目に見ただけの内容。だが、この男の部下である以上、その工作員も半端な状態での報告はしないだろう。
近づけない以上、それに見合うだけの確かな情報を持ち帰らなければならない。その特徴は、おそらく確かなものだろう。
「あぁ。つまり、マルゴニア王国は人間と氷狼の子供に、滅ぼされたということだな」
「はっ……」
馬鹿馬鹿しい……と笑い飛ばすことは、できなかった。相手が子供とか、女とか、そんなことは関係ない。
そんなの、些細な問題でしかない。そんな世界で生きてきた、ノット自身が一番わかっていることだ。
自分だって、子供ではないが人間で、女だ。子供の時代は、子供ゆえに周りから見下され、暴力を振るわれ、荒んだ生活を送ってきた。そのくそみたいな生活から脱出するために、力をつけた。
「まあ、予想外ではあったな。あのような大国が、『剣星』、『魔女』を有する国が、子供2人に堕とされるとは。あの国の王子は、どうやら国の情勢に対してだけでなく、己の国も守れぬほどに無能であったか」
マルゴニア王国の王子、ウィルドレッド・サラ・マルゴニア。彼の人柄はよく、国民に好かれ、他国からの評価も決して悪くはなかった。……人柄は。
……若くして一国を背負う人間になった、いやならざるを得なかったというのは、そこにいかなる思いがあったことだろうか。
きっと、常人には計り知れない思いがあったに違いない。おそらく20、30代の年齢で、国を背負っていたのだ。周囲からのプレッシャー、他国との交流、国民からの信頼、そこにはいろいろな障害があったはずだ。
そもそもとして、なぜそんな若い男が国を背負う存在となっているのか。もっと言うなら、なぜ国を背負う男が『国王』ではなく『王子』と呼ばれているのか。
詳しい話は、知らないし知りたいとも思わない。だが、小耳に挟んだ程度の話であれば……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの父親、本来国王であった人物が早くに亡くなり、その後を息子が継いだ、というものだ。
「……まったく。理解できんな」
その辺りのいざこざは知りようもないが、結果としてウィルドレッド・サラ・マルゴニアはマルゴニア王国の王子となった。よくもまあ、父親の後を継ぐとはいえ大層な役目を背負ったものだ。理解できない。
国王を名乗らなかったのは、彼自身が自身を無能であるとわかっていたからか。
若いからこそ、まだまだ至らぬ所がある。だからこそ付け入る隙はいくらでもある。ゆえに、バーチを側近として置いた。バーチならば、無能男を意のままに操ることなど容易い話。
「で、だ。結局、そのガキ2人はどこへ消えたんだ?」
マルゴニア王国は、滅んだ。もうそれは嫌というほどに伝わったが、問題はそれで終わりではない。国を滅ぼした2人が、どこに向かったのかだ。
そもそもとして、マルゴニア王国を滅ぼした理由はなんだ。氷狼は、故郷の敵討ちだと理解はできる。が、もうひとりは? ただ氷狼に付き合っただけ?
そして実際に敵討ちを終えた奴らが、次に向かうところはどこなのか。そればかりは、2人を尾行でもしない限りはわからないだろう。
「さあな。国を出て、その後東の方角へ向かったらしいが……尾行よりも報告を優先した工作員に確かめる術もない」
どうやら、聞くだけ無駄な行為ではあったようだ。ただ、2人の行方を追跡しなかった工作員を責めることはできまい。
国を滅ぼし、潜入していたのが自分だけ、もしくは生き残ったのが自分ひとりとなれば、その場で起こったことを一刻も早く伝えるのが役目というものだろう。
「だが、予想はつく。といっても、奴らがそこに行くかは5分5分の確率だがな」
手がかりはない……はずであるが、男には予想がつくという。とはいえ、それも確実ではないと付け足して。
「予想? どこだってんだ」
「氷狼の村……奴の故郷だ」
行き先の予想……それは、あながち当てずっぽうではない。その場所を聞いた瞬間、それだけでノットも納得するほどの説得力があった。
奴……つまり氷狼の子供の、故郷。その理由は、聞くまでもない。自らが奴隷として連れていかれたのだ、残された村は気になるに違いない。
それでも、確率が5分5分というのは……
「すでに村に行っていたら、その予想も意味がない」
「そういうことだ」
マルゴニア王国を滅ぼした2人が、必ず氷狼の村に向かうとは限らない。すでに氷狼の村へと訪れていたら、この予想はまったくの無意味だ。要はタイミングの問題。
しかし、訪れていなければ、故郷に立ち寄る可能性は高い。ならば、確率があるならば、そこに賭けるのは悪くない。
「まずは、そこに何人か向かわせよう。同時に、捜索の範囲を、氷狼の村中心に広げる」
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