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世界に復讐する者たち
魔力の半分
しおりを挟む「うわぁー!」
「誰かたすけてくれー!」
「ひぃい! なんだあいつら!」
「いてぇ、いてぇよぉ!」
人々の叫び声が、あちこちで木霊する。なぜそんなことになっているのか……それは、ここにいる私たちが原因であることに他ならない。
燃える建物、殺されていく人々、壊されていく平和……ほんの数分前まで笑顔の栄えていたこの広間は、もはや恐怖が伝染し、笑顔を浮かべる人間など一人もいない。
「ひ、人殺しぃ! ひぃ、ひぁあ!」
私は、この世界に召喚された『勇者』熊谷 杏。この世界を救うために戦い、魔王を討ち倒し『英雄』となった。この世界にとって、いわば私は恩人だ。
そんな人間が、なぜこんな凶行に及んでいるのか……それは、今更確認するまでもないだろう。
壊して殺す次の標的が、この国であるだけのこと。
「いいの? 騒ぎになってるけど」
「いいんだよ。キミの能力なら、この国から人を逃がさないなんて、簡単でしょ?」
「やれやれ……人使い、いや氷狼使いが荒いったら」
逃げ惑う人々。以前までの私なら、こうした混乱を避けるために初めのうちはなるべく静かに行動していた。だって、蜂の巣をつついたみたいに逃げる人たちが、国から逃げてしまわないとも限らない。
けど……もう、そんな心配はない。その理由は、私の隣にいるこの男の子だ。
「ふぅ…………グルル……!」
彼、ユーデリアはただの人間じゃない。ドラゴンやペガサスがいるこの世界でも珍しい、氷狼という種族。氷狼族は今や全滅し、彼がその唯一の生き残りだ。
見た目は、獣の耳と尻尾が生えた以外はごく普通の、人間の男の子。しかし、徐々に彼の姿が、変化していく。
彼の髪の色と同じ、藍色の体毛。それが、体を覆っていく。腕を、脚を、顔を。
「ガゥルルゥ……!」
二本足だったその姿は、四本足へと体勢を変え……伸びた牙が、爪が、殺意を持って鋭く光る。赤く光る瞳が、どこか美しささえ感じさせる。
藍色の体毛を持つ狼……これこそが、氷狼。確かに綺麗な毛並みだが、彼らが希少種と呼ばれるのはそれだけが理由ではない。
「グルルォオオオォォオ!」
藍色の狼が吠え、辺りを風が吹く。それも、ただの風ではない……雪の混じった、吹雪だ。
自身の体から吹雪を起こすほどの、冷気を操る。それこそが氷狼が希少とされる理由であり、同時に私がどっしり構えている理由でもある。
彼の起こす吹雪の影響は、国一つに及ぶ。その影響は、すでにマルゴニア王国で実証済みだ。
これほどの雪が吹雪けば、逃げる人々が国から出てしまう心配もぐっと減る。国の外側から内側に向けて、風が激しく吹くためだ。風に押されて、国の内部に押し戻される。
そのため、わざわざ逃げる人々が国から逃げないかの心配をする必要はなくなる。
「な、なんだこの雪!? 前が見えん!」
「そんな! 今日は快晴じゃなかったの!?」
「なんでこんなときに!」
予想外の自然災害に、人々がどうにもならない悪態をつく。ま、これ自然災害じゃないんだけどね。
こうなってしまえば、もう時間の問題だ。放っておいても、ユーデリアの起こす吹雪で常人なら氷漬けになってしまうが……それじゃ、面白くない。
「っ、つ……おいこら、ぼーっと突っ立ってんじゃ……!」
背中にぶつかってきておいて、悪態をつく男の頬を、裏拳で殴り飛ばす。焦って逃げてるプラス吹雪いてて前が見えにくいとはいえ、私にぶつかってくるなんて。
殴った拳には、血がついている。今の裏拳で死んだかな……一応、確認を……
「貴様らだな! この国に害成す犯罪者め!」
……っと、ようやくご到着か。マルゴニア王国ほどでないにしても、ここも結構大きな国なのに……兵士が来るのが、遅いよ。
ただ、すでに武装しいくつかの隊を成しているようだ。うん、バラバラに来るよりは、悪くない。
「何者だ貴様ら! この雪も、貴様らの仕業か!」
何者だ……か。まあ素直に答えてもいいんだけど、どうせならかっこつけたいよなあ。単に「アンズ・クマガイです!」じゃ味気ない。
ちなみに、今の私はフードを被っているため深くは顔が見えないはずだ。
マルゴニア王国を潰した時点で、あちこちに警戒されてるから被ってるというのもあるにはあるんだけど……なんかさ、マント付きのフードってかっこよくない?
というわけで、答えない。無言を貫く私に痺れを切らしたのか、兵士の一番偉そうな人が顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おのれふざけよって……ガキだろうと、これ以上好きにはさせん! このゴルディアス王国は我々が守る! 放て!」
現れた兵士に、湧く人々。あーあ、希望なんか持っちゃって……どうせ全部、ぶっ壊れるのに。
男の合図で、後ろに並んでいた兵士たちが、次々と弓矢を放つ。そんなもの、この吹雪の中では真っ直ぐ飛ぶわけがない……と思っていたが、どうやら魔法がかけられているらしい。
力も速度も桁違いだ。
「ガルル……!」
「いや、ここは私がやるよ」
一歩前に出ようとするユーデリアを、しかし私は止める。ここは自分がやるからと、私が前に出る。
放たれる弓矢は。とてもじゃないが捌ききれるものじゃない。……常人ならね。
私にとってはこんなもの、どうとだって対処できる。だけど敢えて、私が今選ぶ対処法はこれだ。
「実戦で、使ってみたかったんだよね」
本来ならば命の危機。そんな危なげな感情が湧くことはなく、むしろようやく試せるという、わくわくでいっぱいだ。
私は、左目を覆い隠していた"眼帯"を取り、桃色の瞳を露にする。そして、体内に漲る"魔力"に意識を集中させていく。
目の前に、魔力の壁を展開。それは透明で見えはいないが、魔力のある人間になら感知のできるものだ。
ガキンッ
「な、に!?」
放たれた弓矢は、魔力の壁に阻まれぶつかり、そのすべてが壁を越えられずに地面へと落ちる。どうやら、相手に刺さるまで追尾する、という機能はついてないようだ。
兵士は、驚愕に表情を染めた。それは私が魔法を使ったことにじゃなく……今の攻撃を、防ぎきったことによるものだ。
確かに、並の盾じゃ破られていただろうな。
「……く! ただ、魔法が使えるからなんだというのだ! それならそれで、相応の対応をするまで!」
「はぁ、わかってないなあ」
ただ魔法が使えるだけ……か。そうじゃあ、ないんだよね。わかってないのも、当然だろうけどさ。
彼らは、私のことを"かなりの使い手の魔法術師"とでも思っているんだろう。でも、その認識は間違いだ。
なんていったって……
「"コレ"には、『魔女』の魔力の半分が、含まれているんだよ」
……と、誰にも聞こえない声で、小さく呟いた。
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