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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~

コンビネーションの差

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 たとえ相手が、かつて共に戦った仲間であろうと、この世界の人間は全員が私の敵だ。だから私がこうすることに、私の心はもはや痛むことはない。もう、いろいろと手遅れだから。

 油断も容赦も、ましてや哀れみもない……私はただ無の感情で、手を……いや、手で掴んでいた、エリシア・タニャクの顔を、握りつぶした。人体であろうと、片手で砕くことができる……それだけの力が、私にはある。

 手の中には、人の頭を握りつぶした、不快な感覚だけが残る。

 ……そのはずだった。


「……これ、幻影?」


 頭を握りつぶしたはずのエリシアの体は、そこにあったのが嘘のように、透明な液体となりその場から消滅する。

 さすがに、命を絶った瞬間に体が消える、なんてのは魔物だけのはずだ。殺した瞬間に人が消えるなんて、そんなゲームみたいなことが起きるはずもない。

 つまり、今私が殺したのは、エリシアであってエリシアでないもの……彼女の姿をした、別のものということだ。それが幻影かどうか、少し疑問もあったけど。だって、幻影にしては触感がリアルすぎる。


「……?」


 けど、目の前からエリシアの体が消えたことは、疑いようのない事実。頭を潰した瞬間、まるで水みたいになって消えたんだ……個体から液体に。

 言うなれば今のは、『幻影じゃないようで幻影』の魔法……


「……アンズ……」


 ……いた。

 エリシアは、グレゴの側にいた。さっきまでここにいたエリシアはやはり幻影で、本体はそこにいたってわけか……しかも、実体のある幻影だなんて。そんな芸当まで、できるようになってたんだ。

 幻影といえば、とっさに蜃気楼が浮かぶ。だから、触れれば消えると思い込んでいた。まさか実体があるなんて思わない。先入観ってやつかな、すっかり騙されたよ。


「本当に、私を……」

「ちぇっ、とどめを刺し損ねちゃった。残念」


 さっきの金縛りみたいな魔法といい、やはりエリシアの魔法は危険だ。グレゴと同等か、それ以上に。さっさと始末しておかないと。

 今、エリシアとグレゴが一ヶ所に固まってしまったことになる。逆に、私とユーデリアも固まって戦えるということ……ではあるけど、あの二人を一緒にしてしまったのはちょっとまずいかな。

 『剣星』であるグレゴは剣の達人、当然接近戦に向いている。しかも、飛ぶ斬擊とという芸当で、遠距離であっても攻撃が可能だ。

 剣の腕では、たとえ『呪剣』を持っていても私では、グレゴの足元にも及ばない。そもそも『呪剣』は、ひとりでに動いた挙げ句離れた所に転がってるけど。

 呪いの剣……それを周りの兵士が破壊しないのは、扱いを決めあぐねているからだろう。自我を奪う剣だ、剣を破壊した者を呪う、なんて効果があっても不思議じゃない。


「それに……」


 『魔女』であるエリシアは、魔法術師のエキスパート。魔法術師はサポート要因のイメージが強いが、彼女はもちろん一人でも戦える。それは旅を共にした仲で、よくわかっている。

 とはいえ、得意とするのはやはり、魔法術師の本分たる後方支援だ。サポート役の方が、彼女にとっては向いている。

 つまり、前衛をグレゴ、後衛をエリシアが担当すればそれだけで、その脅威度は何倍にも膨れ上がるということだ。


「けど……本当に厄介なのは……」


 その上、あの二人は勇者パーティーのメンバーだった……一番厄介なのは、旅の中で培われたコンビネーションだ。

 あの二人に限らず、勇者パーティーにいた六人であれば誰とでも、それこそアイコンタクト一つで次になにをすべきかが伝わる。言葉なんて,必要ない。

 対してこちらは……ユーデリアとは、出会ったばかり。出会って間もない、そんな相手と、コンビネーションなんてできるわけがない。特に、あの二人に通用するものは。

 個々の力では私はあの二人に負けない自信があるし、ユーデリアだっていい線いってる。が、そこにコンビネーションという別の力が加われば別の話だ。

 ……要は、コンビネーションの差が、私たちとグレゴたちとの決定的な違いだ。


「すんなりうまくいくとは思わなかったけど、これは苦労しそうだね……」


 周囲の兵士や魔法術師は、私たちの戦いに巻き込まれないよう、一定の距離を保っている。というか、じっとしてろってグレゴに言われてたんだけどね。

 さあて、どうしようか……とはいえ、このままにらみ合いを続けていてもしょうがない。時間の無駄だし、それに……


「グレゴ、大丈夫?」

「あ、あぁ……」


 せっかくグレゴに与えたダメージが、エリシアの回復魔法によって回復されてしまった。やはり、回復役ヒーラーがいるのといないのとでは、えらい違いだ。

 ……いや、考えていても、なってしまったものはどうしようもない。あの二人のコンビネーションが発揮される前に、潰すしかない。


「まずは……」


 このまま突っ込んでも、バカの一つ覚えだ。だから私は、足下にある手頃な石を手に取る。それをバラバラに握りつぶし、細かな石粒に。


「ユーデリア、私のことを信頼してないのはわかるけど、あの二人に殺されたくないなら私に合わせて」


 グレゴとエリシアの二人を相手にするだけでも骨が折れるのに、仮にそこにユーデリアまで加わればいよいよ勝ちの目はない。

 もっとも、その可能性は低いだろうけど……ただ、結果的に私の邪魔になってしまう可能性はある。

 あの二人に対抗するためには、ユーデリアの力も必要だ。だから、細かな指示はなくていい。ただ、私に合わせてくれれば。


「せい!」


 ユーデリアの返事を聞く前に、私は手の中にある石粒を、二人に向かって投げつける。本来ならば単なる石遊び……しかし、それは弾丸のごとく威力と速さを備え、二人を襲う。


「任せて!」


 迫る弾丸石粒の対応……それは単純明快、エリシアが魔力障壁を張り、防ぐというものだ。いかに威力と速さが弾丸のように段違いでも、魔力もなにもこもっていない単なる石粒では、エリシアの壁は破れない。

 けど、それでいい。


「せいせいせぇええい!」

「えぇえ!?」


 防がれても気にせず、私は石粒を投げ続ける。幸い、ここには岩も瓦礫もたんまりだ。武器には困らない。

 そうすれば、エリシアは魔力障壁を張り続けざるをえない。つまり、今彼女は身動きがとれないということ。


「ガルルルァ!」


 そこを、ユーデリアが叩く。無防備な彼女の懐に入るなど、彼なら造作もないことだ。が……


「やらせん!」


 当然、そううまくはいかない。ユーデリアの爪が届く前に、グレゴの剣がそれを防ぐ。ギィン、と固いものがぶつかり合った鈍い音が、ここまで聞こえる。

 エリシアの一人狙い……それがうまくいかないことなんて、百も承知だ。さっきと戦っているペアがただ入れ替わっただけ? そう思うことだろう。

 だけど、当然それだけで終わるはずもない。さあて……第二ラウンドの、始まりだ!
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