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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~

かつての仲間

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 グレゴの動きが、止まる。それは、フードが脱げた私の素顔を見たためだ。かつて、世界を救うために共に戦った仲間が、そこにいたからだ。

 私だって、逆の立場だったらもしかしたら同じ反応をしていたかもしれない。それほどまでに、衝撃的な光景。


「アン、ズ……アンズ、だよな?」

「えっ」


 私の名前を確認するように口を開くグレゴ……その言葉を聞いて、反応するのはエリシアだ。ユーデリアの相手に手一杯かと思ったら、こっちのことを気にする余裕がまだあったのか。

 ……好都合か。そのおかげで、少なからず二人の動揺を、誘うことが出来る。


「おい、アン……くぅ!?」


 話は、させない。まだ動揺が続いているうちに、一気に叩いてやる!

 懐に潜り、拳を突き刺す。それはグレゴの反射速度により剣でガードされるが、一発で終わりじゃない。続いて二発目、三発目と繰り出す。

 グレゴは、過去の仲間の姿に動揺している。けど、私にそんな心配はない。なにせ、いずれぶつかりあうことになる相手だと知っていたのだから。

 なるほど、こんな効果があるなら最初から素顔をさらしたままではなく、今素顔が露わになったのはむしろ好都合か。


「うらぁあああああ!!」

「くっ……いい加減に、しろ!」


 ……さすがに、好都合な時間はいつまでも続かないか。グレゴは剣を地面に突き立て、衝撃で足場を崩壊させる。私は、崩れたバランスを正すために一瞬注意がそれてしまう。

 そこに生まれた隙を逃さず、グレゴは私の背後に回る。

 私の反応を上回る速度で、私の片腕を掴み、さらには首筋に剣を突き立てて。


「ありゃりゃ、油断したよ。……殺さないの?」

「……アンズ、なのか」


 すぐにとどめを刺せばいいものを……さっきまで殺気ビンビンだったのに、正体が私だってわかったとたんにこれか。

 仲間想いはいいことだけど、時にそれは甘さになるよ。特に、今はね。


「答えろ! まさか、アンズの姿に化けているのなら……」

「……そうだよ、グレゴ。ちゃんと私だよ。熊谷 杏……異世界から来て、一緒にこの世界を救ったよね」

「!」

「偽物じゃないよ。グレゴとエリシアと。師匠とサシェとボルゴで、旅をした……覚えてるよね?」


 私が熊谷 杏であることを告げられたグレゴは、激しく動揺している。あるいは私が、熊谷 杏の姿を借りた偽物であることを願っていたのかもしれない。

 まるで苦虫を噛みつぶしたような、そんな表情を浮かべている。信じたくない現実が、そこにあったから。

 でも残念ながら、信じてもらうしかない。


「ど、どうして、こんなことを……それに、元の世界に帰ったんじゃなかったのか?」


 私がなんでこんなことをしているのか、その理由を探るグレゴの声は、さっきまで私を殺しにかかってきていたのと同一人物とは思えないほどに弱々しい。そんなに、ショックだったか。

 どうしてこんなこと、か……こいつに話しても、仕方ないことだな。


「おい、なんとか言っ……かはっ」

「敵を前にしておしゃべりとは、ずいぶん余裕だね」


 グレゴが少しでも剣を引けば、私の喉笛は掻っ切れてしまう。しかしそれは、グレゴにそのつもりがあればの話だ。今のグレゴはブレブレで、肘打ち一発をもろに受け、私を逃がすには充分な隙を作る。

 敵を……それも、私を前にしてそれとは、なめられたものだ。


「がふっ……て、き……?」


 たかが肘打ち一発。けれどそれば急所に当たれば、これ以上ない威力を発揮する。現に、グレゴさえ苦しそうだ。


「そうだよ。知ってるんでしょ、私がなにをしてきたのか。……グレゴたちにとって、いやこの世界にとっての敵だよ、私は」


 ここに来るまでも、ここに来てからも……私は、たくさんの人を殺してきた。そんな私が、彼らにとっての敵でなくてなんだというのか。


「アンズ……認める、のか」

「認めるもなにも、真実だからねえ」


 私は、私がしてきたことをごまかすつもりはない。復讐のためとはいえ……この手を血で染めた。ちゃんと私にだって『罪』はある。そこから逃げるつもりは、ない。

 復讐を繰り返すうちに、罪悪感なんてものは感じなくなっていた。慣れ、だろうか。嬉しくはない。

 だからきっと、かつて共に戦ってきた仲間であろうと……


「じゃあね、ばいば……!?」


 動けないグレゴにとどめを刺すため、右拳を握り締めるが……急に、体が動かなくなる。仲間を手にかけることを躊躇して、なんていう精神的な理由ではない。

 これは、まるで金縛りのような……いや、金縛りなんてあったことないけど。


「もうやめて、アンズ!」

「……エリシア」


 体が動かなくなった理由……それは、エリシアによるものだった。彼女が魔法で、私の体を押さえつけている。金縛りとはこの世界にない言葉だが、実感としては金縛りみたいなものだ金縛りなんてあったことないけど。

 エリシアの相手をしていたユーデリアは……あらら、私と同じように動きを止められてる。私でさえ動きを止められたんだから、これは相当強力な魔法なんだろうな。

 ユーデリアが弱いってわけじゃない。しかも、二人同時に動きを封じることができるなんてね。

 ただ、できることは動きを封じることだけらしい。でないと、とっくにユーデリアは兵士の手により捕まっている。

 その場に留まっているということは、ユーデリアが常に冷気を出しているから、誰も近づけないんだろう。


「アンズ……なんでこんなことを? あなた、この世界を救ってくれた『英雄』じゃない!」


 涙ながらに、エリシアは訴えかけてくる。かつて共に戦った仲間が……それも、一度は世界を救った人間が世界を滅ぼそうとしていれば、疑問に思うか。

 まあ、理由を話すつもりはないんだけどね。私の身に起きたことを。話したところで、なら世界を壊してオッケー、とはならないだろう。それに、同情してほしいわけでもない。

 だから口論する必要も別に……


「答えてアンズ! 私達仲間……ううん、友達でしょ!? 私は知ってる……あなたはこんなことする人じゃない!」

「…………!」


 ……こいつ……情に訴えれば、私が諦めると思ってるのか? なにが仲間だ、なにが友達だ、なにが『英雄』だ! 私はこんなことする人じゃない?

 お前が、お前たちが、私のなにを知っているんだ!!

 『英雄』? 別にそんなもの、なりたくもなかった。ただ帰れれば……帰っていつもの日常を過ごせれば、それでよかったのに……


「この世界に来て、せっかく友達になったんだよ。ね、なんでも話してよ」


 確かに、この世界に来たことで私とエリシアは仲良く……それこそ友達と呼べる間柄になった。この世界に来なければ、友達にはなれなかっただろう。

 ……この世界に来なければ、お父さんもあこも、お母さんも……私の大切な人が、世界が、壊されることは……なかった。


「なにか、理由があるんだよね? 私は、アンズのこと信じて……」

「黙れぇええええ!!」


 あぁ、ダメだ……抑えきれない。エリシアの一言一言が、私の心をイラつかせる。

 エリシアの魔法は、確かに強力だ……動けないし、下手に体に力を加えれば、その部分から出血してしまう。だが、今のわたしにはそんな痛み、関係なかった。


「あ、ぁあああああぁああ!!」

「ちょ、やめてよアンズ! そのままじゃ、アンズの体が……」


 腕から、脚から、額から……血が流れる。それを見てやめるよう叫ぶエリシアだが、本当にやめさせたいのなら、魔法を解けばいい。

 そうしないのは、友達と言いながらも私のことをちゃんと『敵』として認識してるってことだ。その認識は間違ってない。

 甘いことばっかり言ってるようで、実はグレゴよりエリシアの方が、しっかりこの場を見ているってことか。


「ふん、ぁあああ!!」

「! うそ、私の拘束魔法を力づくで……んむ!?」


 力づくでエリシアの魔法を打ち破り、驚愕するエリシアのもとへ。彼女がまたなにか魔法を唱えるよりも、私が彼女の下まで行く方が早い。

 そして、片手で彼女の顔を、口を開かせないように掴み、体を持ち上げる。魔法なんて、こんな近距離に迫れればなんの脅威もない。


「仲間? 友達? 私はこんなことをする人じゃない? ……その軽い口を閉じろよ」

「んん、んん!」

「私はもう……あんたたちの仲間でも友達でも、『英雄』でもない。お前たちが、この世界が、大嫌いだ!」

「んんんんん!!」

「エリシアー!!」


 涙を流しなにかを叫ぶエリシアの瞳に映った私は……ひどく、濁った目をしていた。

 泣き喚くエリシア、仲間の名前を必死に叫ぶグレゴ……それらの声をBGMに、私は掴み上げていたエリシアの顔を、握り潰した。

 まるで卵を割るように、粉々に……
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