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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~

アン・クーマ

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 男のまとう空気が、変わる。その変化をチンピラたちは気づいているのかいないのか、下品な笑みを浮かべたままだ。

 気づいてて笑ってるのなら、実力に自信があるのか。気づいていないなら、それはその程度のバカだということ。


「……」


 ……少し離れた所にいる私ですら、この空気の変わりようには困惑しているのに。それは、あの男のせい? それとも、あのへんな剣のせい?


「なに余裕そうに突っ立ってやがる。この人数差が見えねえのか?」


 一人対三人なだけでそんなに自慢げにしなくてもいいのに。こいつらは、多少腕に自信があるのと人数が上だという理由だけで偉そうにしているんだろう。

 というか、さっきまでその人数差の有利も忘れて仲間割れしていたくせに。


「吠えるな、その程度で。いいからさっさとかかってこい」


 対して……空気だけではない。先ほどまで比較的温厚に思えた、男自身のの雰囲気までもが、変わっている。

 男の言葉にチンピラたちは表情を険しくし、三人が一斉に襲いかかっていく。連携もなにもあったもんじゃない動きだが、一般人相手ならば、複数人に襲われるその光景だけで震え上がってしまうだろう。

 ……一般人ならば。


「おらぁっ! ……おっ?」


 チンピラの一人が、勢いよく剣を振るう。しかしそれは空振りし、空を切る。剣を振り下ろされた男は、軽く身をずらすだけで剣をかわしてしまった。

 もう一人のチンピラが、男の胴目掛けて剣を突く。しかし男は、自分の持つ剣を軽く剣を振り上げ打ち当てることで、チンピラの剣を弾き飛ばす。たいした力を込めたわけでもないのに、だ。

 残ったチンピラはすでに剣を折られているため、体当たり。しかしそんなもの、男にはなんの意味もない。手を伸ばし、チンピラの体に触れると、それだけで勢いを殺す。

 そのまま力の流れを変えると、チンピラ二人のいる場所へと突き飛ばす。結果、チンピラ三人は揃って倒れこむことに。


「お、わぁ!?」

「こ、のやろ……!」

「なめやがって!」


 力を受け止めるんじゃなく、受け流した。……あの男、剣だけでなく体の使い方も、うまい。

 自分達が軽くいなされたことに対して、チンピラは勝手な暴言を吐く。が、男は気にした風もなく、冷たくチンピラたちを見下ろしているのみだ。

 そして、容赦なく剣の切っ先を向ける。


「な、なんだその目は! 急所外しやがって、どうせ、それっぽいだけで人を斬ったこともねぇんだろ……」

「黙れ」


 剣の刀身を折られたり、突き飛ばしたり……それでも、人体を剣で傷つけてはいない。それを、人を斬ることをためらうためだと推理しなぜか強気のチンピラ。

 そのチンピラの言葉を男は、戯れ言と聞き流し……吠えるチンピラの肩に、剣を突き刺した。


「ぅ、ぎゃあああ!?」

「て、てめえ! なにして……」

「言ったろ、抜いたな……と」


 自分達から襲いかかっていながら、やられると理不尽な台詞を吐くチンピラはもはや三流だ。それを、やはり冷たく受け流す男は一人目のチンピラの肩から剣を引き抜き、続けて振るう。

 それは、狙いが狂うこともなく、二人目のチンピラの顔を切り裂き、口を、目を、顔面についている部位の本来の機能を奪っていく。


「う、うわぁあ! た、助けてく……」


 残る三人目のチンピラは、二人の有り様を見て助けを乞うが……それが受け入れられるはずもない。男は剣を、振るう。

 ……それからは、ただの虐殺であった。チンピラたちの悲鳴をBGMに、男は容赦なく、剣を振るっていった。聞こえるのは、情けない悲鳴と肉を切り裂く音だけ。

 その行為は、悲鳴が聞こえなくなるまで続いた。

 私はそれを、黙って見ていた。……私以外にも、こんな残虐なことをする人間がいるんだなと、そんなことを考えながら。


「ふぅ……あっ、これは失礼。見苦しいところを見せてしまった」

「あー、いや、別に」


 事を終えた男は、血を振るい剣をしまう。直後、見物者と化していた私に声をかける。

 私に近づくその姿は、剣を抜く前の姿と同じものだ。とても、あの虐殺を行ったのと同一人物とは思えない。

 剣を抜くことで、人格が変わるのではないかといっても不思議ではないほどに、驚くべき変わりようだ。空気も、雰囲気も。


「大丈夫かい? あんな男たちに囲まれて、怖かったろう」

「いや……まぁ、はい」


 フードで顔を隠している私のことは、チンピラに絡まれた子供、程度にしか思ってないらしい。私のことを心配してくれてはいるが……

 正直、チンピラよりあなたの方が怖い……と一般的な認識があればそう思うだろう。


「助けてくれて、ありがとうございます」


 だが、感じたことを正直に言うわけにもいかないだろう。なので、体(てい)のいいか弱い人間を演じる。

 この男もどうせ殺すが……底が見えない。正攻法で立ち向かって、返り討ちにあう可能性は充分に考えられる。私は自分の力に自信は持っているが、それでも無鉄砲なバカではない。

 男の実力……それに、あの剣も……やっぱり、気になるし。

 だからここは、気配を殺して……男の隙を作ることに、専念すべきだ。


「俺は、コルマ・アルファードだ。キミは?」


 先ほどの殺気駄々漏れの男はどこへやら……馴れ馴れしいくらいに近寄ってくる男。正直にフルネームを答えたら、さすがに私の正体に気づくよな。


「……アン・クーマです」


 だからなんだろうが……だとしても、自分でもこれはどうなんだ、と思うほどの偽名を、とっさに言ってしまった。

 熊谷 杏……改め、アン・クーマ。ネーミングセンスの欠片もないや。
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