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英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~
知らないなにか
しおりを挟む「うらぁあああ!」
私は再び、ヴラメの腹部へと拳を打ち込む。しかし……先ほどと同じく、ダメージが通った様子はない。
これは……単に正気を失っているわけでは、ないのかもしれない。ヴラメの、理性……いや意識そのものがなくなっている?
正気を失っている時点で意識がないと言えるが、それとは別……少し意味合いが違う気がするのだ。なんと言えばいいか……ヴラメ・サラマンという人間の『中身』がなくなっている?
「おっ、と!」
そこへ、ギラリと光るものが。とっさに後ろに飛んでそれ……振り下ろされた剣から身をかわす。が、髪が少し切れてしまった。
腰に下げていた剣を抜き、振り下ろしたのだ。さすが騎士団の元団長というべきか、正気を失ってなお構えは立派なものだ。一分の隙もない。正気を失っても、体は覚えているということか。
グレゴと立ち会ったときと、同じ構え。正気を失っていても、その佇まいはまさしく剣士だ。
焦点を失った瞳でも、しっかりと私に狙いを定めているのは、今になってやっと私という存在に気づいたのか。それはわからないが、今までゾンビみたいにわけもわからず声を上げていたのが、少しだけ静かになった。
「どうしてそんなになってるのかは知らないけど……私には、関係ないよ」
剣士に対して、接近戦は不利。しかし、私は遠距離からの攻撃手段を持たない。まったくないわけではないが、そんな小細工はこの男には通用しない。たとえ正気を失ってても。
今できるのは、この肉体で戦うことのみ。
それが、ヴラメに通用するかはわからないが……せいぜい、楽しませてもらう!
「うぉああぁ!!」
「ぅあぁあ……!」
私の拳とヴラメの剣とが、ぶつかりあう。本来ならば素手で刃物に立ち向かうなど、正気の沙汰ではないだろう。
……本来ならば。
「ぅ……?」
ヴラメも、正気を失っているとはいえ異変に気づいたのだろう。やはり、正気は失っても騎士としての本能というやつが、彼に残っているのか。
パキパキ……と、金属がひび割れていく音がする。どこからその音が出ているのか……答えはひとつだ。
パキンッ……!
「ぅあぁ……!」
ヴラメの握っていた剣は、刀身からもろく砕け散る。金属の、それも見た感じ相当念入りに手入れされているだろう剣……それが、私の拳とぶつかり合ったことで、原型なく砕け散った。
自慢じゃないが、私の拳は金属くらいなら容易く砕ける。もちろん、拳を打ち込む角度とかを考えないといけないけど……それでも、多少の誤差なら問題ない。
今だって、ただばか正直にぶつけあったわけじゃない。ちゃんと刀身の弱点を狙い、砕きやすい角度を定め、拳を打ち込んだ。
「……っ」
ただ、これは運が良かったと言わざるを得ない。今の剣には……ヴラメの、心が乗っていない。グレゴが言っていた。一流の剣士は剣に、心が乗ると。心の乗らない剣など恐れるに足らないと。
言ってることの意味はよくわからなかったけど、グレゴと打ち合いしたときには、わからないながらにそれを感じることができた気がした。
それは、いくら一線から退いたとはいえ、グレゴよりもよほど実力者であるヴラメも同様のはずなんだ。グレゴとの立ち会いでは、直接打ち合ってないのに心を感じることがたできた。気がする。
今は……ヴラメが正気を失っているせいか、今の剣にはヴラメの、心が乗っていない。今使っていたのが、ヴラメが現役に使っていたものかグレゴのときのように借り物なのかは私には判断がつかないが……
どちらにせよ、本来のヴラメ相手であれば、今の一撃だけでは剣を砕けなかっただろう。なんせヴラメは、借り物の剣でグレゴに圧勝したのだから。
「なんにせよ、これで丸腰……! 問題は……」
どういう理由か知らないが、ヴラメが正気を失ってくれていたおかげで、事は有利に進んでいる。
そして本来ならば、騎士から剣という得物を奪ったのは喜ばしい功績だ。だが、この男はそうもいかない。なにせ、私の拳を二度受けてなおダメージがないのだ。
それは元々体が硬い……というのとは、別の問題であると思う。
こんな相手から攻撃手段を奪ったところで、たいした好転にはならない。むしろ、どうやってダメージを与えるかだ。
いかに屈強な男とはいえ、人間であることに変わりはない。やはり、正気を失っているこの状況が関係しているのは間違いないだろう。
結局、原因を追及しようにも本人はこの有り様。周りの人間も、逃げるのに精一杯だ。とても、誰かに状況を聞ける雰囲気ではない。
この分じゃ、こいつを捕らえてから王国の情報を聞こうって考えも、意味をなさなくなってしまうな。
「ぅあぁ……!」
「ちっ……仕方ない、か」
呻き声を上げ、丸腰でもなお私に対して攻撃を仕掛けるヴラメ。その姿に、以前の生き生きとした生気は見当たらない。
それに、今の思案中にも何発か腹に拳を打ち込んだが、それも通用しない。いや、腕や脚、そこにも打撃を与えたが、ダメージが見られない。我慢とかそんなのではなく、もっと根本的なもの。
なるほど、仕方ないか……いちいち原因を探して正気に戻すのも面倒だし、この集落でも手がかりゼロになってしまうけど……
「あぁ、あぁぁ……!」
「うるさい……!」
まるでゾンビのように向かってくるヴラメの体当たりを避け、その場でジャンプして奴の顔面を、掴む。身長差はあったが、こうしてジャンプしてしまえば問題はない。
そのまま、掴んだ手に力を込める。顔面を、このまま握りつぶすつもりだ。打撃が効かないなら、直接命を絶ってしまえばいい。
人間というものは、いくら変化しても急所は変わらない。顎を揺らせば脳も揺れるし、心臓をつけばその機能は停止する。顔面を破壊すれば……結末は、一つだ。
体格のまったく違う相手だが……それも、私には関係ない。それこそ、卵を握りつぶすように手に力を込めていき……
「ぁ、うぁあ……!」
グシャッ……!
握り、潰した。
さすがに顔を握りつぶされては生命活動を維持できないのか、ヴラメはその場にうつ伏せに、倒れる。これで、死んだか……
いや、まだ少し生きていたのか体がピクピク動き、痙攣していた。うぅ、気持ち悪い……
「でも……」
やがてその動きも、なくなった。完全に、生命活動は停止した。
始めこそ、この異常な状況に動揺を感じたが、結局のところは大したことなかった。あっけない最期、といえばこの通りだ。状況は私に有利に働いてくれたが……
……ヴラメが正気を失い、おそらく集落に火を放ったであろう理由は、結局わからなかった。
……私の知らないなにかが、この世界で起こっている?
「まったく仕方ないな……でも、面倒だな」
集落を破壊する手間が省けたとはいえ、逃げ惑う人々を一人一人殺すのは少し面倒だ。結局、ヴラメに勝てたのはこの状況のおかげだが、同時に余計なこともしてくれたわけだ。
私の復讐の邪魔を、したということか。そこにそういう意図がないとしても。
……もしそういうことなら、邪魔をした相手も、容赦なく殺してやる。
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