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英雄が生まれた日、英雄が死んだ日

救われた世界

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 違う……違う違う、違う。


「……違う……?」

『違う違う違う違う違う……』


 私の家族は、もう元の姿には戻らない。私の世界は、もう元の姿には戻らない。お父さんとあこは交通事故で亡くなり、家族三人を失ったお母さんは心が壊れてしまった。

 そして、そのお母さんも…………いなくなって、しまった。私の家族は、私の目の届かないところで遠くに、遠くに逝ってしまった。


「…………」


 家族が死んだのは、そもそもなんでだ。私が、いなくなったからだ。

 私がいなくなったのは、そもそもなんでだ。異世界に召喚されたからだ。

 それは誘拐と言ってしまえば、誘拐だろう。だが……単なる誘拐ではない。異世界にだ。異世界なんてファンタジーな世界に誘拐されたなんて、誰も信じない。

 私が異世界に召喚されたのは、異世界『ライブ』を救うための『勇者』として選ばれたからだ。

 私を召喚したのは誰だ。それはウィル……ウィルドレッド・サラ・マルゴニア。マルゴニア王国の王子だ。でも、彼は言った……召喚したのはボクだが、選んだのはこの世界だ、と。

 異世界『ライブ』が私を選び、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアが私を召喚した。それが、私が異世界に召喚されてしまった理由……

 そして、召喚されて、帰るためには使命を果たさなければいけないと言われた。だから私は、異世界を救うために旅に出て……文字通り命を懸けた旅に出ることに、なった。

 大きな犠牲を払って、仲間を……友達を失って、ようやく魔王の所にたどり着いて、戦って……魔王を倒して、あの世界の人間を、世界を救った。あの世界は、救われたんだ。

 でも、役目が終わった私の世界には……なにも、残ってない。家族を失い、行くところもなくなった私には、なにも残ってない。


『この世界のために命を懸けて、お前になんの意味がある!』


 とある言葉が、頭の中にフラッシュバックする。これは……誰の、言葉だったっけ。


『この世界の人間でもないお前が、命を懸けた見返りになにをもらえる? なにが残る?』


 ……そうだ、これは……魔王の、言葉だ。戦いの最中、私に対して投げ掛けてきた言葉だ。あのときは、ただの戯れ言と受け流していたけど……


『断言してやろう……お前が戦う意味など、命を懸ける意味などない。この世界はお前を都合よく使い、捨てる。それに……この魔王を倒したところで、この世界に平和など訪れない。災いは再び舞い戻る!』


 ……都合よく使い、捨てる。

 ……そうだ、よ。……あの世界は私に、なにをしてくれた? 私はあの世界を救った。あの世界は、救われたなんだ。じゃあ、私は?

 魔王がこの世界を壊す、みたいな大それた話じゃない。私の世界っていうのは……私にとって、この町があって、家があって、お父さんがいて、あこがいて……お母さんが、いる。家族が笑っている。それが私の、世界。

 でも、現実は?


『そうやって私を惑わそうとしたって、私は……』

『惑わす? 否……お前は必ず、後悔する。この魔王を倒したことを。お仲間と戦ってきたことを。……この世界に、来たことを。お前のすべては、すでに壊れている』


 意味がわからなかった、その言葉。でも、今となっては……まるでこうなることを、予言していたかのようだ。

 考えたこともなかった……あの戦いを、あの世界の人たちと友達になれたことを、あの世界に行ったことを……後悔する時が、来るなんて。

 世界が救われ、脅威が去ったことであの世界の人間は……あいつらは、のんきに笑っている。……それなのに、世界を救った私はこんな思いをしている。すべてを失った悲しみを、感じている。

 こんなこと、あっていいのか?


「……いいわけ、ない」


 どうして私が、こんな目にあわなきゃならない! どうして私が、家族を失わないといけない!

 世界を救った代償が……これか!?


「…………みん、な……無駄、だった……は、はは……」


 私はなんのために、命を懸けて戦ったんだ。なにか見返りを求めて、戦ったわけじゃない……ただ、帰りたかっただけだ。

 でも、こうして帰ってきた先に……なにが、残ってる? なにも、残ってない。私が帰ってきたかったのは、こんなところじゃない。

 なにもかも、無駄だった。魔王を倒したのも、友達が死んだのも、おとなしく勇者パーティーなんてもので旅に出たのも……無駄、だった。

 召喚されたあの時、なんで無理矢理にでも、こっちの世界に帰せと抵抗しなかったんだろう。あの時の私は、今ほどの力はなかった……だから抵抗したら、殺されていたかもしれない。

 でも……


「こんな気持ちになるなら、その方がよかった」


 いっそのこともう、死んでしまおうか。簡単だ……ただ、車が通る交差点で、赤信号を渡ればいい。車にはねられて、それでおしまいだ。

 ……本当に、それでいいの? こんな気持ちにさせられて、家族はみんな死んで、私も後を追って……それで本当に、いいの?


『お前は必ず……世界に絶望する』


 もしもこれが、世界に対しての絶望だというのなら……私は……


「サシェ……ボルゴ……師匠…………ごめん。私、もう、わかんないよ」


 頬を、涙が伝う。自分でも自分の感情が、わからない。全部、ぐちゃぐちゃだ。だけど……


「エリシア……グレゴ…………ごめんね」


 私の世界を犠牲にしても、あっちの世界を救ったからそれで満足……なんて、そんな考え方は私にはできない。

 あっちの世界は救われたのに……どうして私の世界は、壊されたんだ。こんなこと、許せない……許せるはずが、ない。

 あの世界の人たちの笑顔も、死んでいった人たちの思いも……もう、どうでもいい。どうでも、よくなった。自分の中で、なにかが壊れていくのを確かに感じた。


「……復讐、してやる……」


 ……決めた。私は……復讐、してやる。

 あの世界の人間に。いや、あの世界に。……私の世界を奪った、あの世界すべてに。私は、復讐、してやる!
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