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勇者パーティーの旅 ~魔王へと至る道~
手合わせをお願いします
しおりを挟む俺と、手合わせをお願いします…………そう言ったグレゴの目は、真剣だ。とても冗談を言っているようには思えない。
それに、場に張りつめる空気が、これは本気だと訴えている。『剣星』となった彼が、本気になったときにのみ発せられる空気……それが、彼の剣気。
その雰囲気に、誰もが呑まれた。ただ、二人を除いて。
「手合わせ……俺と?」
剣気を直接向けられても、平然としているように見え、意外そうな表情から苦笑いを浮かべるヴラメさん。そして……
「はっはっは! いきなりだなぁ、グレゴ!」
腕を組み、豪快に笑う師匠。
剣気を直接向けられているヴラメさんや、その隣にいる師匠はまるで気にした様子なく、そこにいる。私はもちろん、エリシアやボルゴだって緊張で笑うこともできないのに。
サシェは……寝起きだからか、のんきにあくびをしている。大物なのか、アホの子なのか……
「お願いします」
二人の平然とした様子を見ても、グレゴの意志がぶれることはない。じっとただ一点、ヴラメさんだけを見つめている。
グレゴのその、手合わせの申し出。それに対して、ヴラメさんは……
「えー、そう言われてもな。俺はもう騎士団引退した身だし……」
二つ返事ではい、とはいかない。むしろ、この反応が普通じゃなかろうか。グレゴの今の申し出にはいと即答するならば、それは相当の戦闘狂いだろう。うん、間違いない。
加えて、本人が言うようにヴラメさんは引退している。『剛腕』と呼ばれ現役で活躍する師匠とは違い、ヴラメさんはこの集落で静かに暮らしている。
いくらかつては『剣豪』と呼ばれ、師匠と肩を並べた男とはいっても、すべての剣士の頂点に立つ現『剣星』の相手が務まるとは思えない。今も相当強いのは、わかるけど。
それでも、グレゴの実力を知っている私から見ると、どうしても勝負になるとは思えないのだ。なのに……
「お願いします!」
ついにはグレゴは、頭を下げる。その姿を見て、さしものヴラメさんも困ったような表情になる。
「あぁ……どうしよ、ターベルト」
「いやお前が決めろよ」
同じ勇者パーティーメンバーだから、うまく説得してくれると思ったのだろうか。しかし師匠の答えは、素っ気ない。実は師匠、楽しんでるな?
師匠に助けは求められず、グレゴは頭を下げ、私たちは口出しできず……困ったヴラメさんは、長い長いため息をついて……
「わかった、その申し出受けるよ」
「! ホントですか!」
「あぁ。ただ、期待はしないでくれよ? 騎士団やめてから、剣も握ってないんだから」
『剣豪』と言うからには、やはり剣を得物として戦っていたのだろう。ヴラメさんが、騎士団をやめた時期がいつかなのかは聞いていないが、少なくとも一年、二年の話じゃないだろう。
剣は一日サボっただけで鈍る、勘を取り戻すには三倍の時間が必要……グレゴが、よく言っている言葉だ。私は剣士じゃないからわからないけど、グレゴのその言葉に少なくとも嘘はない。
だというのに、ヴラメさんは騎士団をやめて以来剣を握ってないという。それではやはり、どうしても差がありすぎるんじゃないだろうか。
「これは面白くなってきたな! あっはっは!」
「笑い事じゃないぞ……」
盛り上がる二人……というか師匠だけだけど……を横目に、私はグレゴに小さく話しかける。
「ねえ、いいの? ヴラメさん、剣を握るのも久しぶりだって」
このままじゃ、かつて有名だったってだけの人に挑んでボコボコにする、カッコ悪いグレゴが出来上がってしまう。
自分でもいろんな意味で双方に失礼だなと思いつつ、懸念を伝える。それに対して、グレゴは……
「心配いらないよ、アンズ」
ただそれだけを、返してきた。なにが心配いらないんだよこの筋肉ゴリラ。
「けど、勝負って言ってもどうするんですか?」
「剣はグレゴのしかないよー」
盛り上がる師匠に声をかけるのは、エリシア。そしてそれに続いて不安材料を口にするのは、サシェだ。
そう、剣を握ってないってことは、ここに剣はないのだろう。つまり、ここにある真剣はグレゴのものだけ。もちろん、木刀とかなら準備はできるだろうけど……
真剣勝負にこだわるグレゴは、木刀じゃ認めないだろうなぁ。
「うーん……」
「や、さっきの門番のを借りればいいんじゃない?」
「……」
得物をどうするか。考えていたところに、ボルゴの冷静な台詞。なるほど…………確かに!
この集落の入り口にいた門番さんは、腰に剣をさしていた。集落は、魔物に教われる可能性のある場所だ……だから門番と武器は必要なのだろう。
でも、集落を守るための場所にいない時点で……やっぱり、ヴラメさんはもう戦えないんじゃないだろうか。いやぁ、でもさっき感じた雰囲気は、この人は魔物なんかに遅れをとる人じゃないって思わせるには充分だったし。
うーん?
「なら、俺はコメットの剣を使わせてもらおうか」
一瞬、ヴラメさんが言ったコメットって誰だよと思ったが……話の流れから、さっきの門番の人のことだとわかった。
でも、そうなると……
「武器の性能に差があるんじゃ?」
そう、同じ真剣でも、その性能には確実な差がある。グレゴの剣は、グレゴの身長と大差ないほどの大剣。名を『グレニア』と言う。
これは、これまでグレゴが,自身と共に成長してきた得物だ。魔王討伐の旅に出てからは、いっそう成長してきたのは間違いない。
一方、コメット氏の持つ剣というのは……パッと見だが、どう考えてもグレゴの剣より大きくもないし、経験を積んでるとも思えない。
ここに、武器の性能の差が出てしまっているのではないか。ましてやヴラメさんが使うのは、他人のものだ。ここは公平に同じ種類の剣を使った方がいいと思ったのだが……
「いや、構わないよ。俺はコメットの剣を、キミ……グレゴくんは、自分の剣を使うといい」
「え……」
まさかの、この条件でオーケーだと言う。武器は公平にするつもりだったのか、ヴラメさんの言葉にグレゴさえも呆気にとられている。
もしかしてヴラメさん、めんどくさいからわざとさっさと負けるつもりじゃないだろうな?
「大丈夫、やるからにはちゃんとやるからさ」
そんなこちらの心配を感じ取ったのか、ヴラメさんは大丈夫であると話す。ちゃんとやる、か……もしかして、武器の性能なんて関係ないというのだろうか?
でも、いくらなんでも名剣にその辺の剣で太刀打ちできるとは考えられない。名剣の使い手も、一流だ。対してヴラメさんは、 長らく剣を握ってないのに。
「じゃ、外に出よう。コメットに剣を借りてくるよ」
拭いきれない不安はそのままに、ヴラメさんは家の外へ。仕方ない、これは二人の問題だ。ヴラメさんが手合わせの申し出を受け、それにうなずいた以上、外野からこれ以上はなにも言えない。
家の外に出ると、ちょうど近くにコメット氏が。事情を話すと、彼はノリノリで剣を貸してくれた。で、開けた場所に移動して二人の勝負を見守るつもりだったのだが……
「なんか、人多くない?」
どこから漏れたのか、周りにはたくさんの人がいた。そりゃたくさんだ。どうしてこうなった?
後ろでは、二人の勝負があることを叫び伝えるコメットさんの声が響いていた。なるほど、原因はあなたか。
「ありゃ、結構人集まっちゃったねー」
「ですね」
グレゴは、これだけの人に見学されても緊張した様子は少しもない。対するヴラメさんは……よくわからない。
周りからは、ヴラメさんを応援する声が大多数だ。てかそれしかない。そりゃ、ひょっこりやって来たグレゴよりも共に暮らしてきたヴラメさん応援するよね。
グレゴ、完全アウェーじゃん。
「堂々としてるねぇ。ま、こうしてにらみあってても仕方ない。いつでも来てどうぞ?」
「なら、遠慮なく……」
周りがどれだけ騒がしかろうと、もう二人は二人だけの世界に入っている。両手で大剣を構えるグレゴと、片手で剣を構えるヴラメさん。
……ついに、始まる。
「いきます……!」
グレゴがそれだけ呟いた瞬間……辺りの騒がしい空気を、『剣星』の剣気が一気に呑み込んだ。
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