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第8章 奪還の戦い
最悪の災厄
しおりを挟むドク……ドクン……ドクンッ……!
心臓の音が、うるさいくらいに大きくなっているのを感じる。ノアリは、自分の薄い胸を押さえた。
この音が、聞こえてしまわないだろうか……そんな、気持ちを抱きながら。
「あなた、シン・セイメイよね……?」
先ほど、驚愕に呟いた名を、今度は確認のために投げかける。
それを受けるのは、なんの変哲もない少年……ノアリたちの知っているセイメイとは似ても似つかないし、エルフですらない。
だが……
「カカッ、おぉおぉ、この距離にいてまだ気づかぬようであれば、その目は節穴と思うところじゃったが。そこまで、阿呆ではなかったようじゃな」
「……っ」
声色こそ違えど、その話し方は、笑い方は……紛うことなく……
「ノアリー、どうし……ぇ……」
後から追いかけてきたヤネッサが、子供の姿を視界に収めるなり、足を止めた。その顔は、青ざめている。
彼女も、子供の正体に気づいたようで……
「お二人とも、どうしました? その、子供は?」
その中で、アンジェリーナだけが、状況についていけず首を傾げていた。
いや、状況についていけていないのは、ノアリとヤネッサも同じだ。
「な、んで……なんで、あんたがここに、いるのよ!」
ここに、いるはずのない人物。以前、ヤークワードと協力し、なんとか倒せた人物。エルフの身であり、その実災厄と呼びたいくらいの化け物。
倒すといっても、最終的にはリーダが隙をついてセイメイの魔力を封じ、彼に委ねたはずだが……
「逃げ出したの……!?」
あの状態から、どうやって逃げ出したのかは、わからない。でも、それができる力があるだろうことは、わかっている。
早くヤークワードを助けに行かなければいかないのに、よりによって。ノアリは、戦闘態勢に入るべく、姿勢を落として……
「まあ、待て。主らと争うつもりはない」
他ならぬセイメイが、手で制すようにノアリを止めた。
一瞬、魔術でも撃たれるのではないかと警戒したが……特に、なにもない。
つまり、言葉通り……
「……争うつもりは、ない?」
「おおとも」
確かにセイメイから、殺気は感じないし……やろうと思えば、ノアリたちの存在を認識した瞬間に、倒すこともできたはずだ。
それだけの実力差が、悔しいがある。
とはいえ、今のセイメイと、以前のセイメイとでは感じる力の量が、違う。少なくなっている。
「……其の体、どうしたの?」
「カッ。主らに斬られた傷が、思いの外深くてな。傷を癒やしたはいいが、魔力を大きく消費してしまってのぉ。
なので、必要以上に消費するのを防ぐため、器を小さくしたのよ。コンパクト、というやつじゃ」
「器……?」
「この体のことじゃ。あぁ、安心せい。別に誰かの体を乗っ取ったわけではない。体を若返らせた……それだけのこと」
少年の姿で以前のままの話し方をされると、なんだか変な感じがする。
それだけのこと、とセイメイは言うが……若返らせたって、むちゃくちゃな。そんな魔法聞いたこともない。いや、魔術か。
というか……大きく、力を消費した? え、これで……?
セイメイの力は確かに以前より少なくなっている。それでも、以前に比べて……だ。膨大な力であることに、変わりはない。
「……なんで、ここに。なんの目的で。というか、この結界あなたが張ったの?」
「カカッ、質問の多いことじゃ。少しは自分で考えてみんか」
考えてみろ、と言われても、捕まったはずのセイメイが若返ってこの場に現れた理由なんて、わかるはずもない。
とはいえ、このタイミングだ……ヤークワード絡みであることだけは、わかった。
「ヤークになにかするつもり? だったら……」
「早まるな、血の気の多い娘じゃ。争うつもりはないと言うたじゃろ、あの男に手を出せば主らとの争いはさけられん」
「……嘘は、言ってないと思う」
セイメイの言葉の真偽はわからないが、少なくともヤネッサは、彼が嘘をついていないと告げる。
その意見には、ノアリも同意だが……
「だったら……」
なぜここに……そう続くはずの言葉は……
「ノーコメント、というやつじゃ」
口元に人差し指を立てたセイメイの言葉により、遮られた。それ以上、ノアリはなにも言うことができない。
争うつもりはないとはいえ、なにが彼の逆鱗に触れるかわからない。情けない話だが、あまり強く出ることは、できない。
「じゃがまあ……結界については、答えてやろう。とはいえ、儂以外にこのような結界を張れる者に心当たりはあるのか?」
「……ないけど」
「儂の目的のためには、有象無象は邪魔でな。手っ取り早く、ご退場願ったというわけじゃ」
結局のところ、この人払いの結界を張ったのは、セイメイであるらしかった。
なぜ、ノアリたちが結界の中に残れているのか、だが……おそらくは、セイメイと直接交戦した経験があったから。
ノアリも、ヤネッサも、アンジェリーナも。あのとき、あの場で、セイメイと対峙していた。だから……
「私たち以外が退場したなら……もしかして、城の中は今、ヤークだけ!?」
「それは考えにくいの。学園内に、儂のものとは別の魔力を感じる……そのエルフが、強力な結界を張っておるようじゃな」
セイメイと対峙したことのある、ヤークワード。彼のみを残して、結界内から人は消えたのではないかと推測したが、そうではなかったようだ。
もしもそのような事態になれば、もっと楽に……
「あー!」
「な、なに!?」
突如、声を上げたノアリの姿に、ヤネッサが肩を跳ねさせる。アンジェリーナも同様だ。
すぐにノアリは、セイメイに向き合って……
「ね、ねぇ……この結界って、どのくらいの、規模を覆ってるの?」
「んん? どのくらいと言われてものぉ……この学園、正確には儂を中心に円を描く形で広範囲を覆っておる、としか……」
「……て、ことは……」
ノアリの顔が、青ざめていく。とんでもない事態に、気づいてしまったからだ。
ただ事ではない、その状況に……
「ミライヤ……」
ぽつりと呟いた彼女の言葉に、ヤネッサもアンジェリーナも気づく。
裏門からの侵入を試みているミライヤチーム……メンバーは、ミライヤ、アンジー、ロイ、そしてミーロ。
その中で、セイメイと対峙したことがあるのは、ミライヤだけのはずだ。他のメンバーは、キャーシュと同じように弾き出されている可能性が高い。
つまり……ミライヤが、結界内に突然ひとり、残されてしまった、可能性だ。
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