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第7章 人魔戦争
我らの悲願
しおりを挟む「襲い来る脅威を振り払った。その事実に、もっと喜ばしい表情を浮かべたらどうですか?」
……その声が聞こえた瞬間、クルドは身構えた。そして、視線を声の主へと移動させる。
地に転がる、魔族の生首へと。
「……生きていたのか」
警戒は続けたまま、クルドは問いかける。確かにヤークワードが首を切断し、その命を断った……はずだ。
であるのに、それは生きている。言葉を話している。信じがたい光景だ。竜族でさえ、首を斬り落とされれば死ぬというのに。
「かろうじて、ですがね。ですが、それも時期終わりますよ」
なんでもないことのように、魔族は言う。今は、確かに生きている……しかし、それも時間の問題だということだ。
時期、死ぬ……それが、本人にもわかっている。だというのに、その声色には恐怖というものは、一切含まれてはいない。
その態度が、クルドには不思議でならなかった。
「……したかったんだ?」
「はい?」
「なにが、したかったんだ?」
気がつけば、それは自然と、口から出ていた。
「人間の国を襲い、国中を混乱に陥れ。こんな結界まで作り、その上エルフ族の森まで燃やして……お前たち、いやお前は、なにがしたかったんだ」
「おや、竜族のあなたが、人間やエルフたちの心配ですか……」
「答えろ!」
魔族の言う通りだ……本来、今回の件はクルドには関係のないことだ。現に他の竜族は、人間のいざこざに関与しない。
クルドだって、この騒動の中にヤークワードがいなければ、ここに来ることは……
「……お前の目的は、なんだ」
「聞いているのではないですか? 彼から……」
魔族の目的……それは、世界征服だと言っていたと、ヤークワードは言った。そのための足掛かりとして、この国を落としに来たのだと。
今この国には、国王が不在であるらしい。次期国王の立場にある者も、複雑な立場におり、前国王が亡くなってから半年も、この国は王不在の状態が続いている。
そんな状況で、国の機能は確かに低下している。本来なら見つけられた侵入者も、見つけられないほどに。
国が慌ただしいこの状況だからこそ、魔族はゲルド王国を習ったのだと……
「世界征服、途方もない目的だ……だが、どうにも腑に落ちん」
「ほぅ?」
「貴様……たったひとりで、そんなことを成し遂げられるとでも?」
魔族の実力は、クルドが身を持って体感している。それこそ、力だけなら竜形態のクルドと渡り合えるほどだ。
だが……どれだけの強さがあろうと、所詮はひとり。魔族と人間という違いはあっても、数という力の前には、なにものも及ばない。
数という点を解消する意味では、魔族には影魔族を生み出す術がある。それを使えば、数の不利をもなかったことにできるが……
「それでも、お前はひとりだ」
影から、対象と同等の強さを持つ魔族を生み出す……とんでもない能力だ。クルドやノアリ、ミライヤという例外を除けば、これほど厄介な相手もいない。
だが……それは所詮、能力により生み出されたもの。生み出した本人が倒されれば、影魔族は消える。
今のように。
「もしもお前が本気でヤークたちを滅ぼすつもりなら……自分は身を隠したうえで、本体と影とを潰させる。それだけで、よかったはずだ」
「……」
人間と魔族の基礎能力は違う。強さが同等でも、体力然り、防御面然り、放っておけばやがて先に人間の方に限界が来る。
それを、黙って見ていればいい。わざわざ、本人がこうして姿を現す必要など、ないのだ。
「さあ、なぜでしょうねえ」
しかし魔族は、答えない。
目的は世界征服と言う。だが、それにしてはやり方に拙さが残る。かといって、魔力封じの結界を用意したり、周到な面も確かにある。
世界征服とは建前で、真の目的が、あるのではないかと……
「嘘ではありませんよ、その目的は」
「……? 一度引いたのもわからん。あのままなら、我が間に合う前に、事態はもっとひっ迫したはずだ」
昨日、一度目の襲撃。その際に魔族は、魔力封じの結界を張り、国中のほとんどの人間を気絶させた。そして、その後「時間だ」と言って一度は去った。
あの時、クルドがここに来た時点ですでに魔族は去っていて、残っていたのは暴走するノアリとそれを止めようとするヤークワードだった。
あの時、魔族が本気であればノアリを退けることもできたはずだ。
「正確には、活動限界の限界、ですよ」
「それは、どういう……」
「はっは、わざわざすべてを丁寧に教えてやるほど、私は親切ではありませんよ?」
どうやら、魔族にはなにも話すつもりはないらしい。わかっていたことだが、こうも取り付く島もなければため息しか出てこない。
魔族はもう、力尽きる。ヤネッサももう時期目を覚ますだろう。そうなれば、クルドも学園へと向かって……
「ですが、まあ……ここまで我々を追い詰めた褒美、というものはあげないといけませんかね」
「褒美?」
「おっと、少々傲慢な言い方でしたね」
眉を顰めるクルドに、魔族は言う。
「一度引くことになったのは誤算でしたが……この国に攻め入ったことも、エルフの森を燃やしたことも、彼の前に姿を現したことも……すべて、ひとつの目的に繋がっていることです」
「……すべて、繋がっているだと?」
その言葉に、引っかかるものがある。この国に攻め入ることと、エルフの森を燃やすことに、なんの繋がりがあるというのか?
いや、それ以上に……今、この魔族はなんと……
「彼、だと……?」
彼、とは誰だ。クルド……だとしたら、本人がここにいるのに、そんな言い方はしないだろう。
ならば……ならば、ならば? 彼の前に姿を現した……つまり、この、白銀の魔族が水から、姿を現した相手は……
……
…………
「……ヤーク、か……?」
自分が、知らないだけの場合もある。だが、クルドが聞いた話では、この魔族と対峙した彼、つまり男は、ヤークワード、ガラド、そしてロイという、ヤークワードの剣の先生……ガラド本人を抜けば、これだけだ。
その中で、魔族が自ら姿を現したのは……前回一度目の襲撃と、今回二度目の襲撃……
そのどちらともに、姿を現したのは……
「貴様、ヤークになにをするつもりだ!」
気づけば、クルドは魔族の眼前にまで顔を近づけ、牙を剥いていた。睨みつける瞳は、人間に化けているそれではなく、竜族本来のもの。
しかし、魔族は恐れることはない。死期を悟っているからこそ、恐れるものなどなにもない。
「すべてがひとつの目的に繋がる? この国と、エルフの森と、ヤークに! なんの関係がある!」
「あははははは……いい表情です。なぁに、簡単なことです……この国や、エルフの森、いやそこに住まう人々に危害を加えれば、彼は怒るでしょう?」
「……は?」
なんでもないことのように、魔族は言う。
この国に、エルフの森に、住まう人を傷つけられれば怒る……それは、当たり前だろう。一度しか会っていない相手でも、胸を痛めることが出来る……そういう人間だ、ヤークワードは。
それは、なんだ、つまり……いや、考えたくはない。考えたくはないが……こういう、ことか?
「ヤークを、怒らせるためだけに……こんなマネを、したのか……!?」
「……」
魔族は、否定しない。……無言の肯定を、示していた。
馬鹿げている。だって、ただひとりを怒らせるためだけに……国を襲い……エルフ族から故郷を奪い……何十何百のエルフ族を殺した……?
「そのかいあって、彼は私を"殺せた"! 怒りは己の中に眠る力を呼び起こし、彼の身には確かに魔力が帯びていた!」
「貴様……なぜそこまで、ヤークに執着する。なぜ、そんな……」
「あなたも、薄々気づいているのでは?」
「!」
ニヤリ……と、砕けた仮面の下で、魔族の口元が歪んだ。
「あぁ、楽しみですねぇ……私の、目的は達成、され……し…………我々の、悲願は……すぐ……そ…………」
それを最期に、魔族の生命活動は、完全に停止した。
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