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第7章 人魔戦争
役に立つために
しおりを挟むミライヤが魔族と対峙しているのと、同時刻……
「なんだってのよ、もう!」
学園内を走る少女は、周囲に群がる魔族の姿に心底うんざりしていた。
見回りに出たヤークワードたちを待っている間……別に、油断していたわけではない。だが、まさか魔族による次の襲撃がこうも早いとは思っていなかった。
ヤークワードの話では、影から出現した魔族は、影の本体と同等の力を持つ魔族であるらしい。
「だったら、逃げるしかないじゃない……!」
自分と同等の力などと、そんなめちゃくちゃな相手とどう戦えばいいのだ。ただでさえ、周囲には魔族が溢れているのに。
ノアリは、自分の影魔族と戦うことを諦め、逃げに徹した。だが、ただ逃げているわけではない……魔族に襲われている人を見つけたら、その魔族を倒すことを役割とする。
自惚れるわけではないが、ノアリはすでに学園内では、上から数えたほうが早い位置の実力を持っている。学園で、ただ遊んでいたわけではない。
元々、剣の腕ではヤークワードよりも才能があった。同じ師に師事してもらい、実力を伸ばし……学園内で、さらなる頭角を表していった。
「はぁ!」
人々を襲う魔族、その隙をついてたたっ斬っていく。ノアリの実力ならば、難しくはない。
だが、自分の影ともなると、不意打ちも通用するかどうか。あまりに遠くに逃げてしまっては、影魔族は他の人間を襲う可能性がある。
なので、あくまで影魔族がノアリを見失わない距離を保って、だ。他の人間を襲いそうになれば、すぐに駆けつけられる距離を保って。
「……あの、力なら……」
ふと、頭によぎるのは己の中に眠る、力のことだ。
竜族の血……それはノアリの体内に流れ、覚醒したものだ。クルドは、そんなノアリのことを『竜人』と呼んでいた。
シン・セイメイとの戦いで覚醒したあの力は、昨日、魔族の親玉と思われる魔族との死闘の末にも再び覚醒した……が……
それは、ノアリの思っていたものとは、違う力だった。
「……ダメ。あんなの、使えない」
ノアリ自身、その時の意識があったわけではない。だが、なにがあったかは聞いている。
魔族との死闘で覚醒した力は、魔族を退けてなお収まることはなかった。そして、あろうことか……ヤークワードを……大切な人を、傷つけた。
あのときクルドが来てくれなかったらと思うと、ゾッとする。
「ぅ、らぁい!」
影魔族を斬りつつ、あの力には頼らないことを再度決める。そもそも、どうやってあの力を発現させればいいのかも、よくわかっていないが。また戦いに望めば、発言する力だとしても。
あの力ならば、自分の影魔族であっても、倒せる可能性は高い。影が己の実力と同等なら、影よりも強くなってしまえばいいのだから。
だが、またあの力が暴走したら。ここにはヤークワードもクルドもいない。
……被害は、あのときの比ではない。
「っ……じゃ、ま!」
行く先々で、魔族が出現している。逃げ惑う者、抵抗する者……様々だが、魔族を退けられる者は少ない。
自分と同等の力……それに加えて、魔族の体は硬い。力が同等でも、防御力の面で負ければ、戦況は不利になる。
しかも、魔族には……躊躇が、ない。
「うわぁ!」
「く、来るな!」
ノアリひとりでは、とてもではないが手が足りない。一体一体倒していっても、出現している魔族は学園に集められた人間分だ。普通に考えれば、手は足りない。
中には、ガラドのような規格外の人間もいる。だからこそ、その影魔族は厄介だし、足止めを食らっている可能性は高い。
それに、ガラドなら……ヤークワードの父親なら、襲われている人々を放ってはおけないだろう。ノアリのように逃げながら戦うではなく、真っ向から向かっていくだろう。
「……ヤーク……!」
この場にいない少年の名を、口にする。だがそれは甘えだと気づき、歯を食いしばり続く言葉を無理やり飲み込んだ。
彼なら、この状況でもなんとかしてしまうのではないか、そう思ってしまう。『呪病』事件のときも『魔導書』事件のときも、セイメイとの戦いも。なんとか、してきた。
命を助けられた。命を助けるのを見てきた。なにもできなかった自分とは違って、彼はいつも誰かを助けてきた。
……そんな彼の力になりたいと、誓ったばかりではないか。
「……!」
ノアリは、足を止めた。逃げながら周囲の魔族を倒していく……これも立派な戦いではあるが、そんな後ろ向きな戦い方は、ノアリの在り方ではない。
彼の隣に並ぶために……この程度の窮地に真っ向から立ち向かえなくて、どうする。
「ふぅ……」
振り返り、剣を構える。迎え撃つは、己の影から出現した魔族。
結局のところ、あれを倒してさえしまえば……思う存分に、暴れることができる。逃げながら戦うなんて、自分の性に合わないことをしてしまうこともない。
ここに、ヤークワードはいない。ならば、できることをやるしか、ない。今のノアリには、この剣しかないのだから。
「……っ」
自分の中で、血が熱くなっていくのを感じる。ドクンドクンと……心臓が、脈打つ。気を抜けば、力に呑み込まれてしまいそうだ。
セイメイと戦ったときは、無自覚だが制御できていた。その時……あるひとりの、男の顔を思い浮かべていた。彼の力に、なりたいと。
クルドに指摘されたときは、照れ隠ししてしまったが。特定の人物への、強い思い……それが、暴走する血をも凌駕すると、彼は言っていた。
だから……
「……はっ!」
ザンッ……!
迫りくる影魔族とすれ違いざまに、その体を一閃する。
この力を、使いこなすことができれば……きっと、彼の役に立てる。その力があることが、こんなにもありがたい。
朱色の鱗に覆われた、己の腕を見つめ……それでも、ノアリは己の心が落ち着いていることを、感じていた。
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