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第7章 人魔戦争

現る竜族

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「クルド……」


 俺の目の前に立つ男は……その背中は、とても頼もしいものに見えた。それは、物理的に体が大きいから、というだけのことではない。

 今、この状況において……これほど頼もしいと思える存在は、おそらくクルドを除いていないだろう。


「……クルド」

「おいおい、そう何度も名前を呼ぶな。聞こえている」


 10年以上前に、一度会ったきり。だが、俺を振り返るその顔は、声は、記憶の中のものとまったく変わっていなかった。

 あ、ヤバいな……緊張の糸が、切れてしまいそうだ。


「えっ、と……クルド、どうして、ここに……?」


 聞きたいことは、ある。それをようやく、喉から絞り出した。

 第一に、どうしてクルドがここにいるのか。こんな、今まで人間に見つからないよう、隠れるようにして暮らしていたのに……それも、こんなベストなタイミングで。


「あぁ。先ほどから、突如として同族の気配を感じてな。それよりも前から、魔族の気配も同じ場所に感じていたのでなな……気になって、来てみたんだ」


 ここに来るに至った理由を、クルドは話してくれる。同族、そして同じ場所に魔族の気配を感じていたから、気になって来たのだと。

 それで、ここに来たということは……クルドが、感じた同族。つまり竜族の気配を持つ者とは……


「……やっぱり、ノアリは竜族に……?」

「……ノアリ?」


 俺のつぶやきを聞き、クルドは正面へと向き直る。そこには、突然現れた乱入者、クルドを警戒してかその場から動かないノアリの姿があった。

 意識を飛ばして暴走し、見境なく暴れ回っていると思っていたが……クルドを、警戒している?

 本能が、クルドは警戒すべき相手だと、言っているのだろうか。


「……そうか、あの子が」

「クルド……ノアリを覚えているのか?」

「当たり前だ。彼女の呪いを治すために、竜王の血を求めて我らが住まう地へ来たのだろう?」

「……覚えてたんだ」


 俺がクルドたちに会ったのは、ノアリの『呪病』を治すため竜王の血を求め、竜族の村を訪れたからだ。

 その際、俺はノアリという少女を助けたいと言った。それを、覚えてくれていたのだ。もう、10年以上も前なのに。

 それとも、長寿だという竜族は、俺たちにとっての10年前はさほど昔でもないのだろうか。


「……すまないな」

「え?」


 唐突に、クルドに謝罪されてしまう。いや、なんでクルドに謝られたんだ?

 続けて、クルドは言葉を続ける。


「ヤーク、お前も気がついているのだろう? ノアリが、ああなった原因を」

「……竜王の、血か?」


 ノアリがああなった理由……それを考えた時、俺は一つの結論に至った。というか、それしか思い浮かばなかった。

 ノアリと竜族の接点……それが、彼女が口にした竜王の血以外に、他にはないのだから。


「あぁ。竜王の血……それは確かに、病や呪い、あらゆるものを完治させるという。だが、まれに……その血を取り込んだ者と、血が交じり合った時。その血は、竜族のものとして覚醒する」

「え、っと……つまり?」

「あの娘は、竜王の血との相性が良かった。ゆえに、竜族の力が表れたのだろう」


 ……クルドが言うには、そういうことらしい。竜王の血と、ノアリの血が相性が良く、交じり合ったと。

 やはり、原因とするのは竜王の血……


「すまないな。事前に、話しておくべきだった」

「……」


 クルドが謝罪をしたのは、俺にこの件を黙っていたこと。俺が、怒っていると思ったからだろう。


「ちなみに、血が交じり合わなかったら、どうなるんだ?」

「……どうもしない。血が覚醒するなど、まれなこと……わざわざ話して不安がらせることはないと思っていたのが、間違いだった」


 血が覚醒しなかったからといって、代わりに命を失うわけでもない……か。

 クルドは、俺が事前に知れば竜王の血を使うのを躊躇すると思ったのだろう。

 確かに、躊躇はするかもしれない。だが……


「謝らないでくれ、クルド」

「ヤーク?」

「きっと、今の話を事前に聞いても、俺の選択は変わらなかっただろうから」


 躊躇はする、それでも使うことは決めていただろう。

 どのみちあのままでは、ノアリは『呪病』により死んでいた。それを考えれば、ノアリが竜族として覚醒する可能性があってもノアリを助けることに全力を注いだだろう。


「けれど、ノアリには一言言っといた方がいいと思うぞ」

「……あぁ」


 ノアリの身に、なにが起こっているのかはわかった。竜王の血と己の血が交じり合い、竜族として覚醒した。

 その力を制御できず、暴走している。


「竜族として覚醒した……ってことは、ノアリはその、完全に竜族になったのか?」

「……今のままでは、竜族の血に自我を吞み込まれてしまう。だが、その力を己の力で抑え込み、制御することができれば、それは『竜人』と呼ばれる」

「『竜人』……」


 『竜人』か……今聞いた説明と言葉のニュアンスからして、人間族と竜族の特徴と持った存在、といったところか。

 だが、このまま放っておけば、竜族の血に己を吞まれてしまう。


「まずは……ノアリを、元に戻す。今後の話は、それからだ」

「そ、そうだな。その、元に戻す方法ってのは?」

「殴って気絶させる」

「……そうか」


 状況は、絶望的……だというのに、なぜだろう。こんなにも、頼もしく感じるのは。
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