179 / 307
第7章 人魔戦争
数々の異変
しおりを挟むノアリの体には、確かに異変があった。破けた袖から見えた腕は、朱色の鱗に覆われていたのだ。
あれは……人間族の特徴には、ない。それどころか、獣人族などの種族にも、見られない特徴だ。
「いったい、どうなって……?」
腕だけではない……ノアリの目も、明らかに正気を失っている。
というか、赤い……?
「ウゥウうウ!」
「!」
その間も、状況は動く。魔族はノアリの拳を受け止めているが、徐々に後ろに下がっている。
踏ん張っていても、押されているのだ。ノアリの、力に。あの、魔族が。
「っ、この、力……!」
「ウゥラ!」
「!?」
拳を止めることに集中していたためだろう、ノアリの動きに着いていけていない。
ノアリはその場で軽く飛び上がり、魔族の顔面に蹴りを打ち込む。バキッ……と嫌な音が響き、魔族は吹っ飛んでいく。
だが、それに留まらない。ノアリは、その場から飛び出し、吹っ飛んでいた魔族に追いつくと……顔面を掴み、地面に打ちつける。
「っ!?」
「ゥう……!」
どれほどの力で打ち付けたのだろう、地面が割れる。同時に、地が揺れる感覚だ。
あれでは、魔族もひとたまりもあるまい……固唾を呑んで見守るが、まだ魔族は動いていた。
「グッ……!」
「は、はは……やって、くれますね……」
魔族も、地面に押し倒されている状態から腕を伸ばし、ノアリの顔面を掴む。お互いに、相手の顔面を掴んでいる状態。
ノアリの方が、上になっているとはいえ……
「まずい……!」
「ふん!」
「っ!」
俺が危惧した瞬間には、もうそれは起こっていた。
魔族は、ノアリの顔面を掴んだ状態の手のひらから、魔力の衝撃波を放つ。それにより、ノアリの体は吹っ飛んでしまう。
いくらノアリの力が強くても、魔族は魔力があるのだ。簡単に、逆転されてしまう。
「うっ……あぁ、なかなかに痛いですよ。まさかここまで手間取るとは」
よろよろと立ち上がる魔族。その手には、漆黒の剣が握られ、刀身は黒く光っている。
あれは、魔力を纏っている。
「ノアリは……」
吹っ飛ばされたノアリは、先ほどまでの勢いが嘘のように動かない。
あんな、無防備な状態で魔族の剣を受けたら……いかに、頑丈だといっても……!
「させるかぁ!」
「! ヤーク!」
今の戦いに、夢中になっていたせいだろう。ガラドの、俺への注意は減っていた。その隙を突いて、俺は飛び出す。
ノアリの力がなんだとか、気になることはある。だが、そんなもの今は関係ない……!
このまま、ノアリを殺させてたまるか!
「ぅおぉおおおおお!」
「!」
ガギンッ……!
俺の剣が、魔族の剣を衝突する。よほどの力で打ち付けたためだろう、重々しい音が響いた。
しかし、俺の渾身の一撃は、安々と受け止められた。
「やはり、近くに潜んでいましたか。このまま出てこなければ、あの娘を見せしめに殺そうと思っていましたが……」
「させるかよ、そんなこと!」
「む……」
ただ、目の前の魔族を倒す。俺が今考えるのは、それだけだ。
渾身の、いやそれ以上の力を込め、漆黒の剣ごと魔族を叩き斬るために足を進める。
少しずつ、魔族の力を上回っていく。
「ぬ、ぅおおお……!」
「やれやれ、先ほどの娘といいあなたといい……厄介ですね。しかし」
「っ?」
不意に、込めていた力が抜ける……いや、力の行き場が、なくなったんだ。
押し切ってやろうと、力を込めていた。しかし相対する魔族が、力を抜き……俺の力を受け流す形で、横にそれたのだ。
俺はバランスを崩し……魔族に足払いされ、地面に背中から打ち付けられる。
「うっ……!?」
「これで、終わりです」
すぐに起き上がろうとするが、目の前……首元に、剣の切っ先を突き付けられる。
魔族に見下ろされ、剣を突き付けられ……おまけに、右腕は軽く踏まれ、行動も封じられた。
「片手が満足に動かせない中で、あそこまで力を出せたのは見事。ですが、少々頭に血が上り過ぎましたね」
「く……」
「人間というものは、実に御しやすい。そして、ここで『勇者』の子を殺せば、残りの人間たちの士気も下がるでしょう」
そう言って、魔族は俺の首へと剣の狙いを定め……一気に、振り下ろした。
「ヤークー!」
途端に、世界の動きがゆっくりになって見える。
視界の端では、ガラドが俺を助けようと飛び出して……他の魔族に、妨害されていた。あいつ、俺になんだかんだ言っておいて、結局出てきているじゃないか。
あぁ、くそ……ここで、終わりかよ。ノアリを助けに出てきたつもりが、なんて情けない幕切れだ。
せっかく二度目の人生を生きていたのに……俺の目的も果たせないまま、よりによって全滅させたはずの魔族に、殺されるのか。
「……」
一度目の死は、痛く苦しかった。今回は、せめて痛みを感じないといいな……そんなことを、最後に思って……
喉に、刃が突き刺さる、感覚があって……
……パキンッ
……視界の先で、黒く光るなにかが、飛んでいくのが見えた。同時に、喉に感じた違和感が、消えていた。
「……ほぅ」
魔族の声が、聞こえた。どこか、感心したような声だ。見えるし、聞こえる……俺は、まだ生きているということだ。
なにが起きたのか、それを理解するために、必死に眼球を動かす。
手掛かりは、先ほど見た黒く、光るなにかで……
「……ぁ」
小さく、自分の声が鳴ったのが、わかった。
黒く光る、なにか……それが、魔族の持っていた漆黒の剣、その先端だと、気づいたからだ。
漆黒の剣の先端が、折れて……空を、舞っていた。
0
お気に入りに追加
41
あなたにおすすめの小説

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ
九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。
「天職なし。最高じゃないか」
しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。
天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
田舎の雑貨店~姪っ子とのスローライフ~
なつめ猫
ファンタジー
唯一の血縁者である姪っ子を引き取った月山(つきやま) 五郎(ごろう) 41歳は、住む場所を求めて空き家となっていた田舎の実家に引っ越すことになる。
そこで生活の糧を得るために父親が経営していた雑貨店を再開することになるが、その店はバックヤード側から店を開けると異世界に繋がるという謎多き店舗であった。
少ない資金で仕入れた日本製品を、異世界で販売して得た金貨・銀貨・銅貨を売り資金を増やして設備を購入し雑貨店を成長させていくために奮闘する。
この物語は、日本製品を異世界の冒険者に販売し、引き取った姪っ子と田舎で暮らすほのぼのスローライフである。
小説家になろう 日間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 週間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 月間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 四半期ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 年間ジャンル別 1位獲得!
小説家になろう 総合日間 6位獲得!
小説家になろう 総合週間 7位獲得!

悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

【完結】王女様の暇つぶしに私を巻き込まないでください
むとうみつき
ファンタジー
暇を持て余した王女殿下が、自らの婚約者候補達にゲームの提案。
「勉強しか興味のない、あのガリ勉女を恋に落としなさい!」
それって私のことだよね?!
そんな王女様の話しをうっかり聞いてしまっていた、ガリ勉女シェリル。
でもシェリルには必死で勉強する理由があって…。
長編です。
よろしくお願いします。
カクヨムにも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる