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第7章 人魔戦争

漆黒の剣を持つノアリ

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 ……俺の目の前で、ノアリの体が一閃された。あの魔族の、手によって。


「あの野郎……!」

「待て、ヤーク!」

「なんだよ、止めるなっ……」

「落ち着け、よく見ろ」


 思わず飛び出そうとした俺を、ガラドが止める。手首を掴まれ、それ以上進めない。うっとうささえ感じる。

 振り向きガラドを睨みつけるが、逆に落ち着けと諭されて……ガラドは視線を、向ける。

 それを追って、俺も視線を動かすと……


「あ、れ……?」

「斬れて、ない?」


 俺も、斬られたと思われた本人も唖然としていた。いや、斬られていないわけでは、なかった。

 ノアリを縛っていた、手首の縄……それが、斬られていただけだった。斬られた……そう見えたのは、単なる錯覚だ。

 ……錯覚なんて、簡単な言葉では済ませられない。人が、斬られたと錯覚するほどの動き……いったい、どれほど恐ろしい技術であるのか。


「……なんの、つもり?」

「あなたを、逃がしてあげましょう」

「は……?」


 ノアリの拘束を解いた魔族。なんのつもりか、魔族はノアリを逃がすと言う。ノアリからも、学園の敷地内からも、困惑の声が上がる。

 やはり奥にいるのは、捕まっている、他の人たちか。


「言った通りです。……あなたは、自分のためだけではなく他の人間のために怒れる、心優しい人間のようだ。そのせいで、あなたはこうして捕まってしまったわけですが」

「……褒めてんの? それ」


 ……どうやらノアリは、他の人を庇う形で劣勢を強いられてしまったようだ。

 ひとりなら、逃げることも出来ただろうに。


「もちろん。それはあなたの美点です。そして……だからこそ、あなたに、選んでみてほしい」


 そう言って、魔族は自分の、漆黒の剣を放り投げた。ノアリの、足元へ。

 その行動の、意味がわからない。武器を、自ら手放した……だと?


「選ぶ、ですって?」

「えぇ。あなたには選んでいただきたい。このまま捕まったままか……逃げるか」

「……」

「もし逃げるというのなら、我々は止めません。ただし……その剣でひとり、誰でもいい。人を、殺しなさい」

「……は?」


 魔族の言葉……それは、到底理解の出来るものではなかった。種族が違うから理解できないだけなのか、それとも理解を頭が拒んでいるのか。

 魔族の表情は読めない。


「……ここに留まるか、逃げるか」

「えぇ」

「逃げるなら、誰かひとり殺して見せろと」

「その通りです」

「……あんた、バカでしょ。そんなの、選ぶまでもない」


 視線を落としたノアリは、地面に無造作に転がる剣を手に取る。そして、後ろをチラッと見てから……

 剣の切っ先を、魔族に向けた。


「偉そうにいろいろ言ってるけど。武器を放り出して、私に渡すような真似をするなんて。ここで捕まる、逃げる……どっちでもない。あんたたちをぶっ倒すって、選択肢があるのよ」

「ほぉ……」

「拘束といて、武器まで渡して……所詮小娘だからそんなことすら思い浮かばないって、油断した? 余裕ぶってるから、そうなるのよ」


 ノアリは、確かな敵対の意思を示した。当然だろう、俺だってそうする。

 ここに捕まったままでいるか逃げ出すか……それだけならまだしも、逃げたければ誰かを殺せというのだ。

 そのような選択肢、馬鹿げている。だが……


「っ……」


 あの魔族は、ヤバい。強さもそうだが、わざわざ武器をノアリに渡す形になったことに、なんの考えもなかったとは思えない。

 それに、他にも魔族はいる。奴らが手出しをしてこない保証は……


「よろしい。ならば、私を討ち倒してみなさい。そうすれば、皆解放してさしあげましょう」

「……本当でしょうね」

「えぇ。それに、他の者に手出しをさせない、人質を取らないことを約束しましょう」


 圧倒的有利な立場から、魔族は自らノアリに勝ち目の見える戦いを提示する。

 魔族の言葉が本当だという証拠は、もちろんない。だが……どのみち、戦いの道を選んだノアリには関係のない話だ。


「おいヤーク、気持ちはわかるが、飛び出すなよ」

「……まだなにも言ってませんよ」

「わかるさ。今、あいつはノアリちゃんと一対一の戦いをするつもりだ。そこに、お前が援護に出てみろ。奴ら、なにをするかわかったもんじゃないぞ」

「……」


 もちろん、ガラドの言うことはわかる。一対一の戦いである以上、俺がノアリの助太刀に入れば、魔族がどんな動きをするのかわからない。

 ここで、ただ見ていることしか出来ないのか……!?


「その余裕な態度……すぐに、後悔させてやるわ!」

「……」


 先に仕掛けたのは、ノアリだ。漆黒の剣を構え、魔族へと走り出す。

 ノアリは、昔……『呪病』事件をきっかけに、俺と剣の鍛錬をしてきた。ロイ先生指導の下、才能もあった彼女はめきめきと力を付けていった。

 ノアリの剣は、技竜派ぎりゅうはと呼ばれるものだ。攻守ともにバランスのいい剣で、ノアリとも相性がいい。女の子だから男よりも力が劣る、という点をうまくカバーする、技量を伸ばした剣だ。

 とはいえ、最近ノアリは、セイメイの腕をぶった斬ったり、男顔負けの力を持っているようだが。


「でやぁ!」


 ノアリは、魔族の眼前にて真上から剣を振るう。シンプルだが、純粋に強い一撃だ。魔族が棒立ちであったのも、関係しているだろうが、

 さらにノアリの持つ漆黒の剣は、あの魔族が持っていたものだ。あの威力は、身を持って経験している。

 ただの剣よりも、よほど高度なものだ。あれなら……


「いい筋です。だが……まっすぐすぎる」


 ……魔族を斬り裂く。そう思われた一撃は、あっさりと魔族に止められた。


「う、うそ……」

「そう驚くことではありません。攻撃の軌道が見えていれば、難しいことではありませんよ」

「くっ……」


 魔族の片手に、刀身を受け止められたノアリはすぐに距離を取る。そして、今度は突きの構えに変え、突きを繰り出す。

 何発も放たれる刃の連撃……しかしそのことごとくを、魔族は手のひらで受け止めていく。

 ……いや、弾いているのか。手のひらで、刃を受け流している。


「なんて芸当だ……」


 それはガラドも驚くほどの行為。このままではらちが明かないと感じたのか、ノアリはまたも距離を取る。

 今度は、お互いのリーチ外に。
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