復讐の転生者 ~仲間に殺された男は、かつての仲間の息子となり復讐を決意する~

白い彗星

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第6章 王位継承の行方

幕間 あぁ面白きこの世

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 コツ、コツ……


 地下深く……冷たく、暗い廊下に足音が響き渡る。無機質な廊下は、ただ明かりを灯す魔石数個で足元が見えるくらいだ。

 長い廊下を渡り、その最奥には大きな扉がある。だが、これは見せかけ……本当の扉は、左斜め下。

 人ひとりが通れるその扉を、その人物はゆっくりとくぐる。扉を開き、その奥へと足を踏み入れた。


「おぉ、これは珍客じゃの」


 部屋の中にいる人物は、部屋を訪れた男の顔を見て口元を歪ませる。それは、歪な笑みだ。

 椅子に座った……いや、正確には座らされた彼は、体を縛るように拘束され、身動きが取れないでいる。おまけに両腕は千切れ、未だ傷の癒えない状態だ。

 まさに、囚われの状態。にも関わらず、男は……セイメイは、不敵な笑みを崩すことはなかった。


「わざわざなにをしに来た? 第二王子、リーダ・フラ・ゲルドよ」


 言って、囚われのシン・セイメイは目の前に立つ男の……リーダを、見上げる。リーダは、セイメイを捕らえた張本人だ。

 魔力を封じる術のせいで、回復魔術さえも使えない。千切れた両腕や、胸の傷がそのままなのはそのせいだ。

 もっとも、捕らえたのはリーダであっても、その術を作り出したのは彼の協力者であるが。


「おっと、すまんすまん。間違えてしもうた……今は第一王子、じゃったか?」

「よく、ご存知ですね命王めいおうよ。ここは、外とは遮断された部屋のはずですが」

「カカッ、こんな状態じゃが、外の情報を得るなど造作もない」


 軽口を叩きあう2人だが、リーダがそんなことを言うためにこの場に来たわけではないことを、セイメイは知っている。

 彼の目的は、別にある。わざわざ、捕らえた相手に会いに来るなどと。


「して、なんの用じゃ? 次期国王ともあろうものが、哀れに繋がれた老いぼれに」

「その、次期国王の件について、話が」


 リーダは、ゆっくりと口を開いた。


「僕に、協力してくれませんか?」

「……はぁ?」


 なにを言い出すかと思えば。このような状態の者に、協力を申し込むなど……セイメイは、久方ぶりにあっけにとられてしまった。

 しかし、冗談を言うために、彼がここに来たわけではないことも、わかっている。


「協力……なにに対しての、じゃ」

「あなたには、僕の後ろ盾になってほしい」

「……」


 淡々と話すリーダ。その話す内容は、大方決めてきたのだろう、驚くセイメイをよそにスラスラと言葉を紡ぐ。

 協力、後ろ盾……そして、それは次期国王の件についてだという。

 突拍子もない話も、要素が揃えば話が見えてくる。


「成程、つまり……主が次期国王になれるよう、儂の協力がほしいと」

「えぇ、話が早くて助かります。エルフの王よ、あなたほどの後ろ盾があれば、僕の立場も安定します」


 セイメイへの協力、次期国王になるために後ろ盾になれと。それが、リーダの目的。

 筋は、通っている。だが……


「解せんな」

「と、言いますと?」

「主は、前国王の遺言ともいえる最期の言葉を受け、すでに次期国王としての地位が確立されておるはずじゃ。儂の協力など、必要あるまい」


 国王は死去する前、大々的にリーダを次期国王として任命した。

 それが、どれほどの意味を持つのか……第一王子となり、次期国王としての地位は、すでにあると言っていい。今は、混乱の最中で国王の席が空席となってはいるが。

 このままいけば、なにをせずとも彼は次期国王になれるはず。


「それが、そううまくもいかないんですよ。城の中には、僕を快く思わない人もいるんです。兄シュベルトを失脚させるため、非道な手を取った姑息な男……とね」

「ふむ。身内を売るような男を、信用はできんわな」

「その通り。おまけに、僕の弟や妹も、僕を狙っているんじゃないかと感じているんですよ」

「カカッ、王位継承権の座を、奪い合うか。兄弟で忙しないことじゃの」


 リーダは、今や多くの国民から支持を受けている。だが、一部では未だ疑念を持つ人間もいるのだ。

 兄を失脚させた、目的のためなら手段を選ばない非道な男。リーダが兄を貶めたように、リーダの弟、つまり現第二王子や第三王子らもリーダを貶める可能性があるということ。

 リーダが第二王子から第一王子となった影響で、その他の王子にも影響が出ていた。王位継承の争いには、終わりなどないのかもしれない。

 それに……


おのが兄を、殺してまで上り詰めたいのか? 地位を貶めても、目障りだったか?」

「! 言っておきますが、兄を殺したのは僕ではありませんよ」


 挑発するようなセイメイの言葉に、初めてリーダがムッとした表情を向ける。

 兄シュベルトは、先日、亡くなった状態で発見された。発見者はシュベルトの友達、婚約者、侍女……彼らの話によれば、シュベルトは眠るようにベンチに座っていたらしい。

 彼の手首には針が刺さっており、その先から毒が見つかった。致死性の高い毒で、犯人は未だ行方知れず。

 発見者の話では、シュベルトがいた森からひとり、出ていった女子生徒がいたようだ。その者を、容疑者として捜している。

 一度は、発見者である彼らの自作自演ではないかと、疑われたこともあったが……今は、その疑いも晴れている。


「考えてもみてください。このタイミングで、兄がただ死んだのではなく殺された。これが僕の差し金によるものなら、犯人は自分だと言ってるようなものじゃないですか」

「そうじゃな。この一件は、主に容疑を着せようという思惑を抱く何者かの仕業……とも、取れる」

「なんですか変な言い方して」

「……まあ、儂にはどうでもいいことじゃがの」

「僕にとってはそうでもないんです」


 今のセイメイのように、リーダに疑いを向ける者もいる。あまりにもタイミングが、良すぎるからだ。

 もっともリーダとしては、タイミングが良すぎるがゆえに違う、と証明したいところだが。


「カカッ、次期国王としての地位が確立されているにも関わらず、すでにその地位が危ういとは。難儀なことよ」

「えぇ。なので、最初の話……あなたに、協力してもらいたいと、なるわけです」


 リーダの目的は、確実に次期国王になること。その道への紆余曲折はあるが、それを回避するためにセイメイの後ろ盾がほしいというのだ。


「話はわかった。して、儂にはどんなメリットがある」

「ここから出ることができます」

「カカカッ、それは魅力的な提案じゃな!」


 セイメイはここに来られる途中目隠しをされていたが、予想するにここは学園もしくは城の地下。魔術も使えないこの体で逃げ出すことは不可能。

 身動きも取れず、仮に部屋から出られたとして魔力封じの拘束からは抜け出せない。それでは、逃げ切れもしないし部屋から出たこともすぐにバレる。

 つまり、この機を逃せばセイメイは一生、この広いだけでなにもない空間で、死ぬまで座っていなければいけない。

 それは……無限の退屈だ。退屈は、死……セイメイにとって、この部屋に閉じ込められることは死そのものであった。


「悪い提案じゃない。僕はあなたをここから出す、あなたは僕の手助けをする」

「カカッ……主、儂と取引をするつもりか。……面白いの」


 セイメイにとって、リーダの提案は提案というよりも、脅しのようなものだ。一生ここにいるか、ここから出るか……その選択肢を迫られている。

 そんなの、選択肢などない。一択のみだ。魔力も使えず、外にも出られず捕らえられた状態で、なんの面白みがあるだろうか。転生し、世の中の移り変わりを見ることを悦びとしていたセイメイにとって耐え難い苦痛だ。


「じゃが……これもまた解せんな。儂を捕らえたのは主本人であろう。であるのに、儂をここから出すとは、それはどういった心変わりじゃ? いや、なにが狙いじゃ?」


 腑に落ちないことは、ある。セイメイを捕らえたリーダ、そのリーダ本人が、セイメイをここから出そうと提案するなど。その行動は矛盾している。


「まあ、当然の疑問ですよね。とはいえ、僕の狙いは最初からあなたの協力を得ることだけです」

「……つまり、儂を捕らえるのは協力者の意志だと?」

「はい。捕らえることが彼……協力者の依頼。そこから先は、特に指示されていませんので」

「……カカッ」


 その答えにたどり着き、セイメイは笑った。それは、なんとも自分勝手に考えた都合であろうか。

 セイメイを捕らえる、それが協力者の依頼。リーダはそれに乗った……しかし、捕らえたあとの扱いまでは決めてはいない。

 捕らえるまでは協力者の意思に従う。その先は、リーダは勝手にやるということだ。


「そこまでして、儂の協力がほしいと」

「もちろん。そのために、大掛かりなことまでしてきたんですから。あなたが1年前、復活したと聞いてから……あなたを誘い出し、捕らえ、協力関係を持ち込む」

「協力関係を迫る、の間違いじゃろう。つまりは、すべて主の掌じゃったと?」

「それはどうですかね」


 リーダは、1年前……セイメイの存在を知ってから、彼と接触し、捕らえ、拘束し逃げられない上での対面を望んでいた。

 そのために、彼と接触したヤークワードへの接触、彼を誘い出すため投影魔術の使用、彼を捕らえるため協力者から封の術を借りる……

 そう、すべてはこのときのために……


「兄の出自を暴露した大々的な投影魔術、あれも儂をおびき出すための単なる撒き餌じゃったと? 食えん男よ」

「……」

「よかろう、主に協力しよう」


 己の目的のため、兄すらも利用する。その豪胆さは、セイメイの興味とするところだ。その大きすぎる野望が、どこまで続くのか見てみたい。

 元より、こんなところで死ぬまで朽ちていくくらいならば、悪魔にだって魂を売るし、靴でも舐めよう。

 それがたとえ、自分をここに閉じ込めた人物だとしても。


「それはよかった。でも、こちらから提案しておいてなんですが、協力するふりをして、拘束が外れた瞬間、逃げるなんてことは……」

「見くびるなよ、小僧。儂が、この命王シン・セイメイがそのようなつまらぬ真似をすると思うか?」

「……わかりました」


 魔力の使えない、それどころか身動きの取れない相手……なのに、どうしてこんなにも、対面しているだけで身体中の汗が吹き出てしまいそうなのか。

 リーダは、内心震えをごまかすように、小さく首を振る。自分を見上げ、拘束され尚圧倒的存在感を出すエルフに、下手を打てばこちらが呑み込まれてしまう……そう、気をつけながら。


「逃げもせぬし、転生魔術で時を渡ることもせん。シン・セイメイの名において、主に協力することを約束しようぞ」


 セイメイは拘束を解かれつつ、言う。エルフにとっては、魔力を完全に封じ魔術も魔法も使えなくする術だが、外から外すのは簡単だ。

 それが、術を授けられたリーダならなおのこと。


「心強いです。あとは、ここからどうバレずに出るかですが……」

「カカッ、胡散臭い芝居はよせ。儂ならばここを出た痕跡を誤魔化すのも可能と、そう踏んでおったのじゃろ?」

「……えぇ、さすがです」


 この部屋から、拘束された対象者が消えればすぐにわかる。そのため、たとえ部屋を出る手段を見つけても、そもそも出られない。

 また、本来ならば外へと導く協力者などいないはず。そう考え設計されたこの場所は、内からの脱走には固いが、実は外からの侵入は容易だ。

 たとえ外からの侵入者が、内部の者を脱獄させようとしても、部屋を出た瞬間に見つかる。

 ……普通ならば。


「儂ならば、この部屋を出たあとも、そのまま儂がこの部屋に居(お)り続けるかのように細工することができる。ま、そうそうバレることはないじゃろ」


 そう、自信げに話すセイメイは、堂々と部屋を出ていく。瞬間、千切れていた両腕は再生していく。

 拘束の術だけでなく、あの部屋の中でも魔力を使えなかった。用心なことだ。だが、おかげで休むこともでき、すんなりと傷を再生することもできた。

 本来ならば、相応の時間をかけねば再生しない、傷を。


「鬼族の血を引く娘、竜人となりつつある娘、それに……混じりの小僧、か」

「はい?」

「いやなに、まだまだこの世には面白いものがあると、思うてな」


 思い出すのは、3人の人間の姿。そっと呟く言葉は、リーダには届かない。

 面白い、面白いことが起こっているのだ。だというのに、こんなところで余生を過ごせなどと、そんな拷問に耐えられるはずもない。

 あれらと、また対峙あいたい。そして、次こそは、未覚醒でなく、覚醒した彼らと、交えてみたいものだ。


「さあ、こうか! 面白きこの世を、堪能し尽くすぞ!」


 カカカッ、と笑い声を響かせ、セイメイは行く。後を、リーダも続く。2人の協力関係は、ここに結ばれた。

 ……シン・セイメイは、再び世に放たれた。
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