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第5章 貴族と平民のお見合い
侵入したその先に
しおりを挟むそこにあるのは、ボロくなった建物。俺たちは、周囲に人の気配がないかを慎重に警戒しながら、建物の入口へ。扉は当然のようにあるが、それもボロボロで所々壊れている。風が吹くだけで、扉が開閉する始末だ。
壊れ、キィキィと音を立てるそれは、侵入するにはちょうどいい。誰が家の中に入ったとか、バレないだろう。
それに、外はこの雨だ。音は更に紛れている。
「じゃ、行くよ」
「私は、外で待機しています」
「え、でも……」
「もし誰か帰ってきたらどうするんです。見張りは必要でしょう」
「じゃ、じゃあ私も」
ヤネッサを先頭に、俺たちは家の中へ。その際、見張りにアンジーとリィが名乗り出てくれた。
アンジーひとりでも充分なほどだが、自ら志願してくれたのなら無下にするわけにもいくまい。それに、2人で見張った方が効率がいいのも事実。
もしかしたら、自分ではあまり役に立てない……と思って、待機の方を選んだのかもしれない。本当はミライヤを助けに行きたいのだろうが、あまり大勢で入っても逆効果かもしれない。この家の広さだ、大人数が待ち構えているなんてこともあるまい。
「見張りは任せたぞ、2人とも」
中へ、入る。外が薄暗いせいだろうが、家の中は暗い。外から見ていてわかったが、明かりもついていない。
まあ、それは好都合だ。それに、見えなくてもヤネッサならば鼻が利くし、彼女についていけば問題はないだろう。
ヤネッサは、ここに初めて来たはずだ。それなのに、足取りに迷いはない。ミライヤのにおいを、追っているおかげだろう。雨でにおいがかき消えてしまわないかと思っていたが、その心配はなさそうだ。
古い建物だから、いくら慎重に歩いても床はギシギシと音を立てる。雨じゃなかったら、まずかったかもな。音が誤魔化される。
「……こっち」
「これって……」
迷いなく進むミライヤの足が、止まった。その視線の先には、床があるのみ……だが、不自然な形でその一部に取っ手が突いている。
それを持ち、引っ張る。すると、ギギギという音を立てて……ということはなく、割とスムーズに床の一部が開いていく。
隠し扉だ。
「この、下だよ」
「地下か……予想外でしたね」
「アンジーかリィを呼び戻して……いや、見張りは大事だし、このまま行く?」
「あぁ、行こう」
暗い室内の中、その下へと続く地下は更に暗い。まるで、暗黒の入り口のようだ。
エルフ族であるヤネッサなら、明かりくらい魔法で付けれるかもしれない。だが、そんなことをしては今から侵入者が行きますと言っているようなものだ。
ここは慎重に……地下へと続く階段を、降りていく。
「……明かりだわ」
長い階段……しかし、途中から明かりが表れ、うっすらと道を照らしていた。壁に設置されているのは、魔石か? 歩く先を照らす程度の明かり、上からでは見えなかったわけだ。
地下への扉……それは、劣化しているこの建物の中で、開けても音が鳴らなかった。他のものは、音が鳴ったりそもそも開かない場所だってあったのに。
つまり、スムーズに開くほど、あの隠し扉を頻繁に使用しているということだ。もしかしたら、錆びないようにそこだけ手入れしているのかもしれない。頻繁に利用しているのなら、明かりを設置しているのにも頷ける。
「気を付けて」
足元が若干明るいとはいえ、ヤネッサは俺たちよりも軽快に進んでいく。そういや昔、エルフ族は、夜目に強いとかエーネが言っていたな。
長かった階段が終わり、先頭にいたヤネッサが手を伸ばす。ノアリ、ノラム、そして俺……降り立った場所は、長い廊下だ。
この先にミライヤが……そう、思っていたが、違和感があった。
「ここ、におい、すごい……!」
顔をしかめるヤネッサ。彼女が、顔をしかめるほどにひどいにおいがしているというのだ。しかもここは地下、窓もないだろうし密閉された空間だ。
においは充満していることだろう。それに……
「うわ、なにこれ……」
「ひどいにおい、ですね」
ノアリもノラムも、同じく顔をしかめる。そう、俺たちにもわかるほどのにおいが、漂っているのだ。俺たちでもこうなのだ、ヤネッサにはたまらないにおいのはずだ。
異臭……刺激臭……とにかく、そんなにおいだ。あまり長居したい場所ではない。
「でも、ここにミライヤが、いるのよね」
「うん。でも、ミライヤちゃんのにおい消えちゃった」
悔しそうにヤネッサは呟くが、それは仕方がないだろう。先ほど、雨でにおいが消えてしまわないか心配した。だが、これはにおいでにおいを上書きしている。
もちろん、そんな狙いはないのだろう。そもそもミライヤのにおいを追ってくることさえ、犯人には想定外のはずだからな。
だからこれは、元から発生しているにおいということになる。こんなにおいがするほどのなにかが、起こっている。
「行こうか」
「えぇ」
鼻を押さえながら、進む。ミライヤのにおいという手掛かりがなくなり、手当たり次第と思っていたが……この廊下は一本道で、おまけに他に部屋はない。
進む、進む、進む……そしてたどり着いたのは、行き止まり。しかし、そこにはひとつの大きな扉があった。
「ぅえ……」
そこに立つや、ヤネッサは軽くえずく。それを心配し、ノアリがヤネッサの背中を優しく擦ってやる。
当然だ、においの元はこの部屋の中からなのだから。他に部屋がないから当然ではあるが。この部屋に近づくにつれ、においはひどくなっていった。
少しだけにおう程度だったのが、つんと鼻の奥を刺激するほどのにおいに。
「ヤネッサ、もう道はここまでみたいだし、ヤネッサは戻ってても……」
「ありがと、ヤーク……でも、大丈夫だから」
ヤネッサの容態があまりにひどいようであれば、早々に引き返してもらうのも手だった。道中、それを提案したが、ヤネッサは気丈に振る舞い、他に部屋があるかもしれないからと断った。
しかし、もうここにあるのは扉一枚だけ、迷いようもない。部屋の奥で更に奥に続く道がある可能性もないわけじゃないが、ここまで来られれば充分だ。元々ヤネッサは、ミライヤを知らない。俺が突き合わせただけだ。
だというのに、ヤネッサはこのまま進もうと言う。
「でも、いざという時はあんまり派手に動けないから……後方支援に、努めるね」
いざという時、とは、ミライヤを誘拐した連中と戦闘になった時だろう。
ヤネッサは初めて会った時、弓矢を使っていた。だから後方支援とは、弓矢のことなのか……しかし、今ヤネッサは弓矢を持っていない。
だとすれば、後方支援とは魔法を使って援護するということだろう。アンジーとヤネッサ、エルフ族である2人が二手に分かれたのは偶然だが、どちらにも魔法を使える者が居るというのは心強い。
……もしかしてアンジーは、このために自分が見張りに残ったのかもしれない。においで追跡するヤネッサは侵入組から外せないのだから、自分が残ると。
「じゃあ、開けるね」
「! ま、待った待った。せめて俺が開けるよ」
ヤネッサが扉を開けようとするが、そこは止める。扉を開けて、一気ににおいが噴き出してくる可能性は高い。
だからせめて、ここくらい俺がやろう。ヤネッサには、下がっておくように言う。
「……ふぅ。開けるぞ、みんな」
「えぇ」
「はい」
「うん」
後ろに控えるノアリ、ノラム、ヤネッサ。3人の顔を確認してから、俺は扉に手を当てる。ドアノブがないから、押すタイプなのだろう。
力を、込める。少し重いが、これでも鍛えているんだ、ゆっくりとでも扉は開いていく。
重々しい音を響かせ、扉は開く。鉄ではなく、建物と同じく木製だ、が……結構分厚い。開いた扉の隙間から、部屋内部の光が差し込み、刺激臭が漂ってくる。やはり、この中から……
扉を、押し開いていく。光は、視界を覆っていき……その部屋の中を、この目に映す。
「……っ」
あまりの眩しさに、一瞬目を閉じてしまう。が、すぐに開く。もしも部屋の中に誰かいれば、目を閉じた瞬間に襲撃される可能性もあるからだ。
目を開き、そこにある光景を確認する。
「! お前ら、どうしてここに……」
「……お前らは!」
部屋の中には、人がいた。それも、俺の良く知った顔が。
ガルドロ・ナーヴルズ……交流は、ない。だが、悪い意味で俺の中に残っている印象深い男だ。騎士学園入学試験の日、ミライヤを罵っていたのがこの男だったからだ。しかもその後、俺はこの男と戦った。
更に、もうひとり……ギライ・ロロリア。ミライヤと、入学試験で戦い、負けた男だ。どちらも、ミライヤとは浅からぬ因縁のある相手だ。
まさか、俺やミライヤに負けた逆恨みでこんなことを……?
「ちっ、思ったより早かったな、っと!」
「!」
少なからず驚く俺を尻目に、ガルドロは剣を抜き、俺に迫る。助走の乗った真上からの一撃、俺はそれを、腰に備えていた剣を抜き、受け止める。
ギィン……!
一度、負かした相手だ、なんのことはない……そう、思っていたのだが。なにか、変だ。あの時よりも、力が……強い……!?
「ミライヤ!」
「ミライヤさん!」
「!」
ふと、後ろから声が。それは、ノアリとノラムのもの……ミライヤを、呼ぶ声だ。
目の前の剣に集中しつつも、視線を動かす。そして……見つけた。最初、ガルドロとギライ・ロロリアが立っていた場所。その近くに、ベッドが置いてある。
そこに……寝かせられている。間違いない、ミライヤが……!
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