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奇妙な二人の関係

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「……」

「……」

 空間を、沈黙が支配していた……正確には、吹く風の影響により、揺れる草木の音。湖を流れる水の音はある。
 なので、この場における沈黙は、言葉によるものだ。

 この場には二人の人間がいるが、互いに会話はない。それは、今初めて会ったばかりの相手……という以外に、大きな理由がある。

「……なぁ、そんなに怯えた目で、見なくてもいいだろ」

「!」

 沈黙に耐えかね、昇が口を開く。その指摘に、離れたところに座る少女……如月 レイナは、ビクッと肩を震わせる。
 ついさっき、自分に拳銃を向けてきた相手だ。警戒しないのは無理という話だ。

 それが自業自得だと、昇もわかっている。それに、拳銃から手を離してはいるが、今もなおすぐに手に取れるすぐ側に置いてあるのだ。
 少女の警戒も、当然だが……

 その目には、拳銃による恐怖とは別に……命ではない、生理的な拒絶の色が見られる。

「さっきは悪かったよ。けど、あんただって責任はあるんだぞ。いきなり、そんな血の付いた服で現れるから」

「私は……!」

 突然目の前に、血がべったりとついた服を着た人物が現れた……とっさに身構えても、仕方ないだろう。
 昇の指摘に、しかしレイナは声を荒げ……その後に言葉は、続かなかった。

 だいぶ、参っている……レイナの姿を見るだけで、昇はそれを察した。
 彼女は如月 レイナ、大人気の高校生アイドルだ。よくテレビで見ていた女の子……間違いない。あまりアイドルとかに興味はないが、そんな昇でもわかるほどの有名人。

 その、光り輝いていた姿は……今や、見る影もない。憔悴しきっている。
 こんな環境にいるのだ、当然といえば当然だが。

「……あんた、高校生アイドルの如月 レイナだよな。
 なんで、こんなところに……」

「私が、聞きたいよ……」

 その言葉は、紛れもなく本心のものだ。レイナとの会話で、なにか手がかりを得られればと思ったが……どうやらレイナも、自分がこの場所にいる理由を知らないらしい。
 きっと、昇と同じだ。目が覚めたら、見知らぬ島にいた。

 そして、森の中へと入り……水を求めて、ここに来たのだろう。
 先ほどは、湖を発見したことで頭から抜けてしまったが、水を求めて他のプレイヤーがやって来るかもしれない。
 警戒は、彼女以外にも回すべきだ。

 そのレイナは、やたらともじもじした様子で、周囲を見ていた。

「なにを動いてる。妙な動きをしたら……」

「わ、わかってるから撃たないで。
 ……身体、洗いたくて」

 恥ずかしげに話すレイナの身体を、ついつい昇は見てしまう。
 引き裂かれた服の間から覗く、白い肌……そして、赤い血。落ち着いて観察してみれば、おかしなところがある。服が、引き裂かれていること。

 もしも自分に変わった趣味がないのならば、あの裂けた服は誰かの仕業によるものだとわかる。
 それが誰か……そして、昇を見る命の危険とはまた別種の怯えた目……

 もしかして、ここに来る前に彼女は男に……

「なに、見てるの」

「っ……」

 あまりに見すぎていたためか、レイナはジロッと睨み口を開く。さらに胸元を隠すように、自分の体を抱きしめた。
 昇はただ、服や肌についた血を観察していたが……そう言っても信じてもらえないだろうし、それ以外に見ていない場所がないとも言えない。

 しかし、迂闊に目を逸らせないのもまた本当だ。背を向ければ、その瞬間刺されるかもしれない。
 もしもレイナが、男に襲われていたのだとしたら。デスゲームとはまた別に、彼女にとっては個人的に男が敵となる。

 なので、少しだけ目線をずらすだけだ。

「洗いたいなら、好きにすれば。
 いや、そういうものくらいアイテムボックスにあるんじゃないのか」

 思いつくのは、アイテムボックスの存在。あれには、食料から武器、日用品と様々なものがある。
 わざわざ水場を探さなくても、体をきれいにするものくらいいくらでもありそうだ。

 それを聞いて、レイナは小さく首を振り。

「使いたくない」

 と、言った。その気持ちは、昇にもわかった。
 今彼女の賞金がいくらかは知らない。しかし、これは言わば人の命だ……それを使うことに、ためらいがあるのだ。

 人を殺し、その金でなにかものを買ってしまえば……もう、本当に戻れなくなってしまいそうだから。先ほど胸踊ったシェルターも、本当に買うつもりがあったのか、今となってはわからない。
 しかし……それは、それだ。

「ここは貴重な水源地だが……一箇所に留まるのも、よくない。
 体を洗うなり、ここに留まるなり好きにするといい。俺はもう行く」

「え……」

 マップを確認しても、周囲に人の気配がない。正直な話、マップの効果範囲がどの程度なのかはわからないが……いつまでも一箇所に居続けるのがよくないのは、わかる。
 手放すのが惜しい場所ではある。本音を言えば、この場でシェルターを買ってこもってしまいたいくらいだ。

 だが、昇がこの場所を魅力的に感じているように、他のプレイヤーにとってもそうだろう。ならば、ここには人が集まってくる可能性が高い。
 そんな場所、やはり居続けるべきではない。

 元々、水さえ確保するのが目的だった。あとは、まあ移動しながら考えよう。
 そう思いつつ、昇は立ち上がる……が、予想に反し、少女は困惑した声を漏らした。

「……なんだよ」

「いや……行っちゃう、の?」

 おずおずと言うレイナのその言葉が、昇には理解できない。

「お前だって、敵……男がいないほうが、安心だろ」

 敵……と言ってしまったことに、昇は自己嫌悪に陥る。
 もはや、出会った人間を敵と認識している……そう感じてしまうことが、嫌だった。

 とはいえ、少女はおそらく男に襲われた。こんなデスゲームの中で、気の許せない男などさっさと退散したほうがいいだろう。
 今離れれば、またこの拳銃を向けなくて済むだろうし。

「それは……でも、一人は……」

 昇の言葉を肯定しかけ、しかし言いよどむ。その気持ちは、昇にもなんとなくわかった。
 この空間で一人取り残されるというのは、不安だろう。本当なら、誰かに側にいてもらいたいのだ。

 それが、本当に気を許せる相手であれば。

「お前がどんな目にあったかは知らない。
 けど、もし俺がお前を襲おうと考えたらどうする」

「……もしそうなら、さっきの時点でそうやってる。その拳銃を使えば、私を無抵抗のままに、その……襲える、でしょ。
 でも、あなたはそうしなかった」

「……」

 レイナの言葉は、意外なものだった。あの状況で、思いの外冷静な判断ができている。
 武器さえあれば、それを使い相手を従わせられる。それに、レイナのように最初から怯えた相手なら、即座に殺すことだってできる。
 このデスゲームのクリア条件は、自分以外の人間をすべて殺すことなのだから。

 しかし、昇はそうしなかった。拳銃で牽制こそしたが、その引き金を引くことはなかった。
 ……たった、それだけで。

「なんなんだ、お前……」

 いくら一人が心細いとはいえ、それで初めて会ったばかりの人間を引き止めるなど……
 少女の考えていることが、昇にはよくわからなかった。
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