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平井 昇4
しおりを挟む『今回のデスゲームには、アイテムボックスというものがあります。食料や武器……購入することで、このデスゲームを優位に進めることが出来ます。
アイテムボックスを使用するには、あなたが持っているお金を使用する必要があります。しかしこれは当然、現実のお金ではありません。
ゲーム開始時点で皆さんの所持額は一億円……つまりあなたにかけられた賞金を、そのまま使用する形になります。
アイテムを買えば当然賞金額は減少しますが、戦況を優位に進めることの出来るアイテムを揃えてありますので、是非とも活用して見てください。アイテムは購入した時点で、購入者の下へと転送されます
もちろん、アイテムボックスはプレイヤーのバックアップをするためのものなので、使用せずに勝ち抜くもよし。他プレイヤーを殺し賞金を増やした上でアイテムボックスを使用するもよし。有意義なショッピングを楽しんで下さい』
動くこともできず、ただとどめをさされることを待つばかりの昇。
しかし……そんな簡単に、諦めてなるものか。
「く、来るな! 来るな!」
「……っ」
ここは、森の中だ。そこかしこに、小石や木の枝が転がっている。
それらを手に取り、男に投げる。足は動かなくとも、手は自由だ。どうしてこのまま黙って、殺されてやらなければならない。
微弱な抵抗……しかし、男にとっては鬱陶しいものでしかなかった。
「つっ、おとなしくしていなさい!」
大きめの石が額に当たり、ついに男は声を荒げる。
男は"手のひらから針を生み出し"、それを昇の影へと投げつける。
腕部分に針が刺さる。それも両腕だ。とたんに、腕が動かなくなり……うつぶせに転んでいた状態から、上体だけ反転させて抵抗していたため、妙なポーズで固定されてしまう。
影を刺されて動かない体、手のひらから生み出された針……なにもかもが、あり得ない。
だが、ここでは……あり得ないは通用しないのだ。
「ふぅ……わかりますよ、死ぬのは怖いですよね。
だからせめて、一思いに」
「!?」
男が持っているのは、先ほどまで持っていた木刀ではない……拳銃だ。
男は不気味に笑い、それを構えている。なぜ、ただのサラリーマン風の男が、そんなものを持っている?
その疑問を感じ取ったのか、男は口を開いた。
「不思議そうですねぇ。冥途の土産です、教えてあげましょう。
アイテムボックス……自分が持っている金で、そこにあるものが買えるんですよ。食料、飲み水、日用品なんかもありましたね。そして……武器。
攻撃的な【ギフト】でもあれば、わざわざ賞金を減らしてまでこんなものを買わなくても済んだのですが……ま、最終的に得る三十一億に比べれば、安い買い物です」
「!?」
昇には、男がなにを言っているのかわからない。アイテムボックス? 拳銃が買える? なにを言っている。
この日本で、拳銃なんか売っているものか。それに、店のようなものも見当たらない。
この男、この島で目覚めて混乱のうちに、襲われたと言っていた……いわば昇と同じ状態だ。ならばなぜ、アイテムボックスなんて知っている?
同じような立場の昇は、なにも知らないのに。
仮に、昇とは違ってすぐにアイテムボックスなるものを見つけたとしよう。だとして、いきなり武器……拳銃なんて、買うだろうか?
もしも昇が同じ立場なら、別のものを買う。食料や、日用品もあると言っていた。普通、試すならそこからではないのか。
本当に、この男が話したことは正しいのか?
「いやぁ、便利ですよ。普段手にすることのないものまで、売っているのですから。
……さて、楽しいお話も、そろそろ幕引きとしましょうか」
「!」
しかし、そんなことを考えてももはや、意味のないことだ……昇の額に、冷たい銃口が突き付けられた。
目の前にあるのは、間違いなく『死』……死が、すぐそこにある。
瞬間、昇の頭に浮かぶのは……"死にたくない"、それだけだった。
「それでは、さようなら」
しかし、いくらそう感じたところで、現実が変わるはずもなくて……
無情にも、引き金にかけられた指先は、ゆっくりと引かれて。
ドンッ……!
一発の銃声が、響いた……
…………しばしの、沈黙の後……
「あ……あぁああああぁああ!?」
声が、響いた……それは、苦痛に歪んだ声。喉が張り裂けそうなほどに、激しい声。
それは、銃弾を受けた昇のもの……では、なかった。もしも額に銃弾が撃ち込まれれば、こうして声を上げることはできないだろう。
この声の、主は……
「あぁああ、手ぇ……私の、手がぁああああ!?」
拳銃を落とし、痛みに震える男は……血に塗れた、己の手を掴んだ。
昇に向かって放たれた銃弾。しかしそれは昇の額を撃ち抜くことはなく、それどころか男の手から血が流れていた。
考えられるのは、暴発でもしたのだろうか?
ともあれ、あまりの激痛に男は拳銃を落とした。武器を、手放したのだ。
このまま、拳銃を奪い取る……ことができれば、よかったのだが。
地面に縫い付けられるような腕は、意思に反して動いてはくれない。これが、【ギフト】の力……
「あぁあああ、痛い痛いぃ!
このぉおお!」
男は激痛にもがきながらも、落ちた拳銃を拾おうとする……が、なにかに躓いたのか、その場に転んでしまう。
そのせいで、痛く頭を打ち突けたようだ。額からは血が流れている。
必死に起き上がろうとする男だが、片手が使い物にならない上に混乱しているからか、うまく動くことができない。
「……あ、れ?」
そのとき、昇は自分の腕が自由になりつつあることに気付いた。【ギフト】の力が、弱まっている?
これは、男の意識の強さにより、その強度が変わるのか……理由は分からないが、そう考えるしかなかった。
このまま、足も動けば……そう思っていたが、それよりも先に……
「お前……なにか、したのかぁ!」
怒りに支配された男が、昇の首に手を伸ばす。今の暴発が、昇が細工したものだと思い込んでいるのだろう。
しかし、昇には身に覚えのないことだ……男には、なにを言っても聞かなさそうだが。
首を絞められ、昇は必死にもがく。もはや、拳銃を使うでもなく絞め殺そうとしているのだ。
こんな形で、死にたくなんかない……ただ助かりたい一心で、昇はもがき腕を振るう。邪魔されまいと、男は手に込める力を強める。
二人の攻防は、しかし長くは続かなかった……なぜなら……
ドンッ……
「あ……」
振り回している腕が、男に当たった。死にたくない……ただそれだけの気持ちで、力の限り振り回していた。
当たり所が悪かった……いや、この場合よかったのだろか。ともかく、当たった腕は、男の体のバランスを崩した。
それだけならば、まだよかった。自分の上に乗っかっている男を退け、逃げる。それだけでよかった。
問題は、その先……男がバランスを崩したあと。草木が深くて気づかなかったが、すぐそばには急斜面があって。
転倒した男は、その上を転がっていく。
「う、ぉおおおおおおおおおお!?」
バランスを崩していた男は、そのまま体勢を戻せるはずもなく……ゴロゴロと、落ちていく。
直前、昇に手を伸ばしたように見えた。それは、先ほどの続きで殺そうとしたのか、それとも……
……男の声は、すぐに聞こえなくなった。その姿も、すぐに見えなくなる。
……ゴシャッと、なにかがつぶれたような男が、聞こえた。
「はっ、は……」
昇は、ただ必死だった。だが、その結果として……男を、突き落としてしまった。
相手は自分を殺しに来たのだ……しかし、そんなものが免罪符になるほど、昇の心は強くない。
自分が突き飛ばしたから、あの人は……そう思うと、込みあげてくる嘔吐感があった。
……いや、まだ死んだとは限らない。生きているかもしれない。下に降りて、なんとか治療さえできれば……
「!」
その瞬間、スマホの着信があった。もしかして、助けの連絡が……?
昇は、すぐにスマホを探り当て、取り出した。電話ではない、メールだ。ともかく、それを確認する。
……手足が、もう自由に動くことに、昇は気がついていなかった。
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