170 / 263
死に戻り勇者、因縁と対峙す
納得できない出来事は
しおりを挟む……今、俺はなにをしていた? ゲルドに馬乗りになり、その顔を……殴った。何度も、何度も……?
殴った感触は、ある。それに、自分がなにをして、なにを考えていたのかも……それを覚えているからこそ、なぜ自分があんなことをしてしまったのか、わからない。
なにか、こう……自分の意識はあるのに、自分が自分じゃないような。そう……怒りという感情に、自分という意志が呑み込まれたような……
「うぅ、う……」
「アーロさん……」
「……」
俺の下では、顔が腫れてしまったゲルドが、小さくうめき声を上げている。そして、離れたところでは、エフィが心配そうな顔を浮かべ、俺を見つめている。
なんだ、この状況は……
「お、俺は……」
手は、血に濡れてしまっている。これは、俺の血じゃない……ゲルドの、血だ。ゲルドを殴りまくって、血で濡れてしまうほど、俺はゲルドを殴ったのか?
たまらず、襟を掴んだままだった手を離す。するとゲルドは、抵抗することもなく地面に頭を叩きつけた。
ゲルドは、息はある……が、かすかに動く程度だ。
「……っ」
ゲルドの上から、退く。もしエフィが呼びかけてくれなかったら、俺はゲルドを……殺していた?
そうだ、エフィ……エフィは、どうしてここに。
「エフィ……い、いつから、ここに……?」
「……来たのは、ついさっきです。おじいちゃんから、アーロさんが家を出ていったことを聞いて……探していたら、ここに……」
探して、いたのか……もしかして、俺とゲルドの戦いが騒がしくて、ここで事が起こっていると当たりを付けたのかもしれない。
だとすれば、他の村人もじきに……
「アーロさん……」
「っ……」
エフィが、今なにを思っているのか……それをうかがうのが怖くて、エフィの顔を直視できない。今の俺を見て、どう思うかなんて……考えるまでも、ない。
一人の男に馬乗りになり、顔が腫れ上がるまで殴って……こんな姿を、見て、どう考えているかなんて……
「エフィ、俺は……その……」
「大丈夫……そんなに、怯えないでください」
俺を安心させるかのような優しい声色で、エフィは言う。今怯えているのは、エフィ自身であろうに……俺に、怯えないでくれと。
俺は、怯えているのだろうか……なにに? 自分の、やってしまったことに……
「ぁ……?」
我に返ったためだろうか、力が抜けて、その場で尻もちをついてしまう。なんだこりゃ、さっきまでなんでもできそうな感じだったのに……体が、動かない。
さっき、体の中から力が湧き上がってきたからだろうか……その反動、とでも言えばいいのか。
「だ、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ」
いきなり座り込んだ俺を、心配してエフィが駆け寄ってくる。こんな状態の俺に駆け寄ってきてくれるなんて、本当にいい子だな。
それに、エフィの声がなかったらと思うと……俺は、震えが止まらない。
ゲルドを、せめて抵抗できなくするくらいは仕方ない、と思っていた。だけど、まさか動けなくなるほど、殴ってしまうなんて……
「大丈夫ですよ。あの人は死んでませんし……これは、正当防衛です。アーロさんは悪くありません」
「……過剰防衛になってる気が、するけど」
「でも、向こうはアーロさんを殺そうとしたんですよ? 多少は、やりすぎても仕方ないと、思います」
……仕方ない、か。思ったより、エフィはヘヴィな考え方をしているんだな。
そんなもんなんだろうか。確かにゲルドは、俺を殺そうとして……でも、俺はゲルドを、殺すつもりなんてなかった。
「っつつ……こ、これは……?」
その時、痛みを訴えつつ起き上がる人物がいた。バングーマさんだ。気絶させていたが、さすがに起きたようだ。
気絶していた時間、なにが起こったかわかるはずもない。だから、周囲を見回し、驚いていた。
倒れたゲルドの顔は腫れ上がり、側に座り込んだ俺の拳は血に濡れている。それだけで、なにが起こったか理解するには、充分だろう。
「あ、アーロ……いや、ろ、ロア……様。これは、ロア様が……?」
「……アーロで、お願いします」
確認するように、バングーマさんは俺に問いかける。彼には、いや誰にも、俺をロアと呼んでもらいたくはない。俺はもう、アーロなのだから。
だから、ゲルドにもアーロでお願いしたいんだが……それは、難しいのかもしれないな。
「一応……そうです。俺が、ゲルドを……」
「……」
やろうと思ってやったわけじゃない、とはいえ……俺がやってしまったことに、変わりはない。
バングーマさんは、ゲルドに視線を向けたあと……「そうですか」と短く告げる。
そして、地面に落ちていた剣を拾い、俺に近づき……俺に、剣を向けた。眼前で、切っ先が光っていた。
「あなたが本意でやったことにしろ、そうではないとしても……国の、重要人物を傷つけられて、黙っているわけにはいきません」
「はぁ!?」
その言葉を受け、反応したのはエフィだ。俺を労るように優しく体に触れていたが、バングーマさんを睨んで立ち上がる。
「……アーロさんに、なにをするつもりですか?」
「ゲルド様……ファルマー王国の重要な人物をこんなにしたのです。国に連れ帰り、然るべき処置を……」
「意味が、わかりません! 確かに、この状況だけ見れば、アーロさんがやりすぎです……でも、その人はアーロさんを殺しに来たんですよね!? あなたたちはその人がアーロさんを殺そうとするのは止めないのに、アーロさんがその人を傷つけたらアーロさんを捕まえようとするんですか!」
「っ……」
俺を守るように、手を広げ……エフィは、バングーマさんを睨みつけ、立っていた。
0
お気に入りに追加
239
あなたにおすすめの小説
外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~
そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」
「何てことなの……」
「全く期待はずれだ」
私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。
このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。
そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。
だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。
そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。
そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど?
私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。
私は最高の仲間と最強を目指すから。
神々の間では異世界転移がブームらしいです。
はぐれメタボ
ファンタジー
第1部《漆黒の少女》
楠木 優香は神様によって異世界に送られる事になった。
理由は『最近流行ってるから』
数々のチートを手にした優香は、ユウと名を変えて、薬師兼冒険者として異世界で生きる事を決める。
優しくて単純な少女の異世界冒険譚。
第2部 《精霊の紋章》
ユウの冒険の裏で、田舎の少年エリオは多くの仲間と共に、世界の命運を掛けた戦いに身を投じて行く事になる。
それは、英雄に憧れた少年の英雄譚。
第3部 《交錯する戦場》
各国が手を結び結成された人類連合と邪神を奉じる魔王に率いられた魔族軍による戦争が始まった。
人間と魔族、様々な意思と策謀が交錯する群像劇。
第4部 《新たなる神話》
戦争が終結し、邪神の討伐を残すのみとなった。
連合からの依頼を受けたユウは、援軍を率いて勇者の後を追い邪神の神殿を目指す。
それは、この世界で最も新しい神話。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!
父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
その他、多数投稿しています!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。
その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」
大型連休を利用して、
穴場スポットへやってきた!
テントを建て、BBQコンロに
テーブル等用意して……。
近くの川まで散歩しに来たら、
何やら動物か?の気配が……
木の影からこっそり覗くとそこには……
キラキラと光注ぐように発光した
「え!オオカミ!」
3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
急いでテントまで戻ってくると
「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
異世界へ転生して 冒険者になって
魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。
恋愛は多分ありません。
基本スローライフを目指してます(笑)
※挿絵有りますが、自作です。
無断転載はしてません。
イラストは、あくまで私のイメージです
※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが
少し趣向を変えて、
若干ですが恋愛有りになります。
※カクヨム、なろうでも公開しています
おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。
彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。
そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。
洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。
さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。
持ち前のサバイバル能力で見敵必殺!
赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。
そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。
人々との出会い。
そして貴族や平民との格差社会。
ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。
牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。
うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい!
そんな人のための物語。
5/6_18:00完結!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる