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復讐のための力
しおりを挟む『力が欲しいか?』
またも、聞こえた。
先ほどと、同じ言葉だ。
「……誰?」
まだ、唇は動く。言葉は出る。
これが幻聴であれば、その問いかけに意味はないだろう。
だが……
『おれか?
おれ様は……そうだな、精霊だと思ってくれ』
「……せい、れい?」
やはり、気のせいではない。
頭の中に、直接声が聞こえるのだ。
それは、自分のことを精霊と言った。
精霊……聞いたことがある。それは、世界に確かに存在しているとされる、まだ未知なる存在。
実際に見ることの出来る者は少ないし、リヤもおとぎ話で聞いたことのある程度だ。
『お前、このまま死んでしまってもいいのか?』
浮かんできたリヤの疑問は、しかし直後に自称精霊に遮られる。
このまま、命を諦めるのかと。
だって、生きていたって、仕方ないではないか。
仲間は、友達は、家族は。もういないのだから。
「生きてても……意味ない、から」
それに、このまま睡魔に身を任せれば、時期に楽になれるはずだ。
この苦しい世界で、これ以上生きていく理由など……
『お前たちをこんな目にあわせた、魔族に復讐できると言ってもか?』
「……!」
その言葉は、まるで魔法のように……消えかけていたリヤの命の灯を、燃やしていく。
生気の消えていた瞳に、僅かに力が戻る。
声の主も見えない中で、リヤは瞳を動かす。
「……魔族、に?」
『そうとも』
「……うそ」
『嘘じゃないさ、おれ様は正直者なのさ。
ここで最初の質問だ。加えてこう付け加えよう。
……魔族を殺すための、力がほしいか?』
「……」
それは、唐突すぎて信じられない内容だ。
力を与える? それも、魔族を殺すための。
そんなの、そんなの……
「……ほし、い」
この声の主は、精霊だ。ならば、嘘ではあるまい。
……いや。精霊でなくても。
本当に力をくれるのならば。
それを拒む理由は、どこにもない。
「ほ、しい……あい、つらを……魔族を、殺す、力が……!」
ほしい……先ほどまで世界に絶望していた少女は、この時確かに、力を欲した。
魔族を殺すための、力を。
奴らを殺せるのなら。どうなってしまっても構わない。
絶対に、報いを受けさせるのだ……!
「だから……!」
『……その願い、聞き届けた』
その瞬間、体力のなかったリヤの体が、軽くなる。
元々、体の汚れは目立っていたがほとんど外傷はない。
衰弱していた体は、自分の意思で動かすことが出来るほどに回復する。
だが……思ったより、力を得た、という感じはしない。
「ねえ、ホントに、これで魔族を殺せるの?」
『いや? 今お前の体力が回復したのは、おれ様が元の状態に戻しただけだ。
おれ様がやるのは、お前の回復。そして力を手に入れるための方法を教える。
お前がやるのは、その先』
「……どうして」
『何事も、与えられただけの力ってのはいけねぇ。
力を得るなら、自分の力で、手に入れないとな』
つまりは、この精霊は、力を得る方法を教えてくれるだけ。
それを実行するために、万全の状態に戻してくれた……そういうわけだ。
なんでもいい。
本当に、力が手に入るのなら。
覚悟を決め、リヤは立ち上がる。
「わかった。なら、教えて」
『よーしよし、いい覚悟と返事だ。
なら、後ろを見てみろ』
「え?」
精霊の声に従い、後ろへと振り返る。
そこには、黒い獣が……故郷を、みんなを、襲った獣がいた。
その姿に、嫌でも先ほどの光景がフラッシュバックする。
立ち上がった足は震え、尻餅をついてしまう。
「あ、ぁ……」
『落ち着けよ。
お前が強くなる手段は、あいつを倒さないと始まらないんだぜ』
「え……」
恐怖に震えるリヤに、しかしかけられたのは信じられない言葉。
倒す……といったのか。
自分に? あの獣を?
そんなの……
「む、りだよ。わたし、そんな……む、無理、だよ……」
リヤは、ただの少女だ。
魔族への復讐を誓ったとはいえ、今は力なき少女なのだ。
あんなの、倒せるわけがない。
『落ち着けってんだ。
よく見てみろ、あいつの体を』
落ち着けと、そう言われて。リヤは深く深呼吸を繰り返す。
少しだけ、うるさくバクバク鳴っていた心臓が、落ち着いた気がした。
そして、言われたとおりに、獣を見ると……
「……怪我、してる?」
そいつは、体中に擦り傷が、それどころか深手の状態のところもある。
リヤの故郷を襲ったあの凶暴な姿は、どこにもない。
「な、んで……」
『あれは、魔物って言ってな。まあ、知性のない獣と認識しとけ。
あいつらは、同じ魔族でも仲間意識はない。餌場に、別の個体が現れれば、己の餌を奪われないために、相手の餌を奪うために、互いを食らいあうのさ』
「……ぅ」
当然のリヤの疑問に、答える形で精霊が話す。しかし、それはなんともおぞましいもの。
互いに食らいあう……共食いというやつだろうか。
想像するだけで、リヤは吐き気を覚える。
『その、餌場争いに勝ったのか、負けて逃げてきたのか……まあ、どっちでもいい。
とにかく、あれはもう瀕死だ』
気分の悪くなるリヤに構わず、精霊は話を続けた。
万全の魔物ならば、リヤにどうにかできるはずもない。
だが、今魔物は瀕死の状態だ。
つまり……
「……今なら、わたしにも、たおせる?」
「少なくとも、大チャンスだろうな」
いくら瀕死でも、危険な獣であることに変わりはない……
だから、精霊は必ず勝てる、とは言わない。
逆に言えば……あんな、瀕死の魔物にも勝てないようでは、この先は知れている。
いくら力を得るためだとしても、そのために死んでは意味がない。
だけど、力を得るための資格すら、今のままではないのだ。
「……いじわるな、精霊さん」
『あはは、やりてぇことがあるならてめえの手で奪い取れ!
おれ様がやるのは、その手助けだけだ!』
適当に、その辺に落ちていた木の枝を拾う。
こんなもの、ちゃんとした武器とは言えない。
だけど、素手よりはましだ。
「ふぅ……」
深呼吸し、リヤは魔物を見据える。
大丈夫だ、魔物はまだ気づいていない。
……やれる!
「…………やぁあああ!!!」
音もなく忍び寄り……
魔物の背中に、鋭く折れた木の枝を、突き刺した。
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