死んでくださいませ、魔王様

白い彗星

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終わりゆく日常

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 ……その日は、突然やって来た。

 その日は、いつも通りだった。いつものように、人々が働き、笑いあい、遊び……そんな、日だった。
 異変は、突然だった。

 村を、襲うものがあった。
 それだけならば、まあいつものことだ。
 多少荒っぽいモンスターの退治は、村の人々にとっては慣れっこだったからだ。

 平和な村であるが、モンスターに襲われることはある。
 その自衛をする力程度は持っている、だからあまり脅威に思わずに、村人は日々を過ごしてきた。

 しかし、その日は違った。

「に、逃げろー! 今すぐここから……!」

 怒号が、叫び声が上がる。
 鬼気とした声は、それがただ事ではないことを示していた。

 モンスター……否、モンスターではないなにかが、村を、村人を襲ったのだ。
 それも、十や二十ではきかない数。

 モンスターよりも凶悪なそれが、モンスターよりも大勢ので攻めてきたのだ。
 大量の黒い獣が、村を蹂躙していく。

「お母さん!」

 逃げ惑う人々の中で、少女は母親の姿を探していた。
 少し、用事があるからと……少し前に、隣村へと向かったのだ。

 きっと、無事だ。
 そう願い、リヤは他の大人たちに従い、逃げる。

 ……しかし。

「ぐぁあああ!」

 叫び声が一つ、また一つと増えていく。
 目の前で、知っている人が倒れ、血を流していく。
 それでも、それを悲しんでいる暇はない。

 ただ、必死で逃げることしかできないのだ。
 それなのに……

「すべて、壊せ」

 心の底にまで響くような、重い声が、轟いた。小さな声、しかしなぜだかはっきりと耳に聞こえた。
 視線を、向けた。

 ……そこにいたのは、若い人間の男。いや、人間の姿をしたなにかだ。姿は人間でも、人間であるはずがない。
 それは、黒い獣に指示を出しているようだった。
 冷たい瞳で、苦しむ人々を見下ろしている。

「……あいつ、が……」

 ゾッとするほどの、冷たい瞳。
 みんなが、逃がしてくれた。けれど、一緒に走っていた友達の姿は、ひとりまたひとりと消えていった。
 その中には、デニルの姿も。

 走って、走って、走って……燃え盛る村から、逃げ出すリヤ。
 もう少しで脱出できる。そのタイミングで、視線の先になにかが、いや誰かが転がっているのを見つけた。見つけてしまった。

 ……それは、母ルデーテの姿だった。

「………………」

 …………命からがら、逃げることができた少女、リヤ。
 しかし、それは果たして喜ぶべきことだったのだろうか。
 どうやって逃げたのかも、覚えていない。そもそも、なんで逃げてきたんだろう。

 服は所々ボロボロで、肌も煤や泥でお世辞にもきれいとは言えない。
 それに、周りには誰も居ない。

 自分一人だけが生き残って、なんの意味があったのだろう。

「……もう、疲れた」

 歩き疲れ、リヤはその場に崩れ落ちた。
 その瞳に、すでに生気は宿っていない。

 あのまま、あの場に残ってみんなと死んでいればよかった。
 ただ生物の、生存本能に突き動かされ、逃げてしまったが……
 逃げても、リヤにはもう、生きている意味がない。

 そう、リヤ以外の人間は、みんな死んだ。
 隣のおじさんも、よく話す大人たちも、友達も、好きだった子も……両親も。

「……んで……」

 生きることに絶望し……しかし、そこに生まれるのは疑問と、そして怒りだ。

「なん、で……」

 なんで、自分たちがこんな目に、あわないといけないのか。
 なにか、殺されなければならないことをしたか?
 ただ、慎ましやかに、暮らしていただけだ。

 貧しくても、平和な日常を……望んでいただけだ。
 それを、今日、壊された。

 魔族という、災害に。

「ゆる、さない……!」

 魔族と会ったら、災害と会ったようなものだと思え、とよくよく言われてきた。
 人間には、どうしようもない存在なのだから。

 だが、納得できるはずもない。
 災害だとしても……目の前で、殺された。

 踏み潰され、肉を裂かれ、骨まで食べられたのだ。

「許さない……!」

 決して、許せない。決して、忘れない。
 ここで死んでしまうが、この怒りは……呪いにも似た感情は、魔族を許さない、それを決して忘れない。
 思いの力なんていうものがあるなら、いつか、この思いが然るべき報いを、魔族に……!

 無気力に死を覚悟していた少女は、目を閉じ、最期に魔族への怨念を胸に抱いて、その命を……

『力が欲しいか?』

 ……散らす。
 その前に、声が聞こえた。
 それもはっきりと。

 閉じていた目を開き、リヤは、僅かに動く首を動かし、周囲を見る。
 しかし、声の主は近くどころか、見える範囲にはいない。

 幻聴、だろうか。
 けれど、はっきりとこの耳元で、聞こえたのだ。
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