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第38話 思い出②
しおりを挟む……その日の夜。星音は、今までにないほどの衝撃を味わっていた。
「みゃーん」
「きゃ、きゃわぁああああ……!」
自宅のリビング……返って来た父親が、星音にお土産があると言ってきた。
いったいなんだろうか……期待に胸膨らませて、それを目にした瞬間だ。
星音の中で、母性が湧き上がっていた。
「ね、ね、猫!? こ、子猫!?」
「あぁ。星音、猫が好きだろう?」
「星音も中学生になったし、そろそろ大丈夫かなと思ってね」
そこにいたのは、小さな白猫だ。
星音のことを見上げ、みゃあみゃあと鳴いている。
その愛らしい姿に、星音は手を伸ばしたり引っ込めたりしている。
「ふふ、触ってもいいのよ」
「う、うん!」
恐る恐る、星音は白猫の頭の上に、手を置いた。
ふわふわの毛並みが、星音の触覚を刺激した。
「はぅ!」
なんだろう、この感覚は。満たされていく……いろんなものが、星音の中を満たしていく。
それから星音は、ゆっくりと……頭を、頬を、喉を。触っていく。
「ゴロゴロゴロ」
「きゃわわぁああ!」
喉を撫でると、白猫は喉を鳴らす。
その仕草がたまらなく、星音は悶絶しそうになる。というかしている。
娘の喜んでいる姿に、両親は満足そうだ。
「ありがとう、お父さん! お母さん!」
「ここまで喜んでもらえるとはな、この子を連れてきたかいがあったよ」
「お父さんもお母さんも、忙しくてこれまでかまってあげられなかったから……」
「そんなことないよ!」
「にゃあ!」
この愛らしい姿を、ずっと眺めていたい。脳内に記録……いや、形として、残したい!
そのためには……写真だ。この愛らしい子猫を、写真に収めるのだ!
この子……
「あ、そういえば……この子の、名前は?」
「それは……いや、せっかくだ。星音が決めてあげなさい。その方が、その子も喜ぶだろう」
この白猫の、名前……
ペットショップで買ったのならば、名前が付いていたはず。しかし父親は、首を振る。
どうせならば、星音の好きな名前を、つけさせてあげようと。
「名前……」
「まあ、焦らなくていい。ゆっくり考えなさい」
自分が、誰かの名前をつけるなんて。考えたこともなかった。
この白猫に、いったいどんな名前をつけてあげよう。星音は、たくさん悩む。
そうしていろんなことを考えているうちに……星音は、一つの結論へとたどり着いた。
「そうだ!」
――――――
「はい、いいんちょ!」
「うん?」
翌日……部活の申請書類に、自分の名前と部活名を書いて、いいんちょに提出する。
それを見て、いいんちょは目を丸くして……
「えー、星音部活決めたの!?」
騒ぎを聞きつけ、目を見開き駆け寄ってくる、月音がいた。
「えぇ」
「えぇー、なになに!? 見せてー!」
ギャアギャアとうるさい月音を無視して、いいんちょはじっと星音を見た。
「星音、一ついい?」
「なんでしょう?」
「部活申請の書類を提出する先は、私じゃない」
「……えっ」
いいんちょからの、思わぬ言葉に星音は固まってしまう。
その様子を見て、いいんちょは声を上げて笑った。
「あひゃひひひ! し、星音ってそ、そういうとこあるわよね。か、完璧に見えて、どこか抜けてると言うか……! あひゃひひひ!」
「いいんちょは、笑い方が昔からキモいとこあるよね」
「! う、うるさいな! 人の笑い方を悪く言わないの!」
「悪くは言ってないよ。キモカワってやつだと思うよ」
「どっちよ!」
月音の指摘に、いいんちょは顔を真っ赤にして声を荒げる。
気にしているのか、ちょっと涙目だ。
「ご、ごめんよ。そこまで気にしているとは……
でもほら、かわいいと思ってるのも本当だし」
「謝んないで! 余計恥ずかしくなる! あとフォローありがとう!
……こほん。星音、部活申請の書類は先生に提出しないと」
咳ばらいを一つして、落ち着きを取り戻したいいんちょは、ちゃんと指摘する。
その指摘を受け、星音ははっとした。
「昨日、いいんちょから指摘されたから、てっきり……」
「あれは、クラス委員として言っておいてって先生に言われていたから」
「あはは、それもそうですよね」
「で、星音はなんの部活に?」
先生が来たら提出しよう、と決める星音に、月音は肩を揺らして話しかける。
うっとうしそうに眉を潜めたいいんちょは「やめい」と、月音の額を軽く叩く。
「ったーい! 体罰だ体罰!」
「それにしても、昨日の今日でなんて……適当に決めたわけじゃないよね?」
「それは違いますよ」
「聞いて!?」
部活を、決めた。その理由は、昨夜出会った一匹との白猫が関係している。
にこにこしている星音は、二人にも話す。昨夜、両親が白猫をプレゼントしてくれたこと。その猫がとてもかわいかったこと。
そのかわいさを、形に残したいと思ったこと。
「だから私は、写真部に入ろうかと」
「写真部」
星音が見せた書類には、きれいな字で星音の名前と、写真部の名前が書かれていた。
「でも、写真なんてスマホで適当に取ればよくない?」
「月音……私は残念です。派閥は違えど、"犬派"のあなたには私の気持ちがわかると思っていたのですが」
「! ……ごめん星音、アタシがバカだったよ」
「いやわからん。なんの話だ」
星音が、写真部を選んだ理由。
それに月音は納得したようだが、いいんちょにはまったくわからない。二人の間でなにが通じ合っている。
その様子に、月音はぷぷっと笑った。
「ぷーくすくす。好きなものがないなんてかわいそうですなー」
「ぶん殴るわよ」
「つまり……好きなものは、より良い形で写真に残しておきたいということです」
喧嘩なら買うぞこら、といいんちょが月音にメンチを切っていたところ、星音が口を挟む。
好きな猫を、飼い始めた猫を……よりよく、すばらしく、写真に残しておきたいのだ。
そのため、少しでもいい環境で、写真のことを学びたい。
(ネットで調べれば、良い撮り方とかすぐ出てきそうだけど……ま、そういうことじゃないわよね。それに……)
嬉しそうな星音を見ながら、いいんちょは思う。
動機はどうあれ、写真部にいるのはみんな写真が好きで、被写体をどううまく撮るのか研究している人たちだ。
そんな、気の合った人たちと話すこと。これもまた、部活動の醍醐味だ。
「で、その白猫ちゃんの名前、なんて言うの?」
興味津々といった形で聞いてくる月音に、星音は答える。
「実は、まだ決めていなくて……でも、一つ決めていることがあるんです」
「というと?」
「初めて撮る、あの子の写真は……あの子に名前を名付けた瞬間を、撮りたいなって」
にこっと笑顔を浮かべる星音。
その笑顔は、これまでに見てきたどの顔よりも、幸せそうだと感じるものだった。
その後、写真部に入部した星音は……写真の撮り方を徹底的に勉強して。
後に『シロ』と名付ける白猫の初記念写真を撮ることになるのだが……それはまた、別の話。
「ふふっ、シロー」
「みゃお~」
両親が出張に行っていても、シロが寂しさを埋めてくれる。
大好きな猫が、もっと大好きになっていく星音に……あるとき、転機が訪れようとしていた。
それは、シロと出会ってから約二年後……中学三年生になった頃だ。
周りは、受験だなんだと騒ぎでいっぱいだった頃……星音には、それとは別の、重大な決断が迫られていた。
両親の、海外出張である。
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