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第29話 お猫様のいる空間
しおりを挟む食事を終え、空になった食器を星音は片付けていく。
「! ありがとうございます」
「いや、これくらいはね」
奏もまた、自分の食べた分の食器をキッチンへと持っていく。
それを受け取り、星音は微笑む。シンクで水を流し、食器を水につける。
壁には、食器棚が取り付けてある。そこには、少量の食器が入れられていた。
「一人暮らしの家って初めて来たけど、みんなこんなもんなのかな」
「どうでしょう。私の場合は、両親の意向もあっていいところに住ませてもらってます。仕送りも結構あるので、生活に不自由はありません。
節約は、していますけどね」
食器を洗っていく星音の隣で、奏は話を聞いていた。
しっかりと一人で、生活している。それも、猫と一緒に暮らしている。同い年で、素直に尊敬できる相手だ。
猫好きでたまに挙動がおかしくなることはあるが、学校では真面目な優等生。性格もよく嫌味がない。
物腰柔らかく、物事に不自由なさそうに見えた。
けれど、実態は……
「すごいな、猫屋敷さんは」
「そんなことはないですよ。ただ、慣れただけです」
素直にすごいと思っても、本人は驕らず謙遜している。それが、彼女の美徳でもある。
おそらく学校の誰も、彼女のこんな姿を知らないのだろう。
それを知れたことに、奏は少しだが確かな優越感を、感じていた。
星音の言葉を思うに、彼女のこの姿を知っているのは、他にいるなら親友の犬飼 月音だけだろう。
「さて、と」
「皿は、洗わなくていいの?」
「少し水に浸しておいた方が、汚れが取れやすくなるので」
言いながら、星音はエプロンを脱いでいく。
後ろで結んだひもをほどき、エプロンを脱ぐ……たったそれだけの行為に、どうしてか目が離せない。
……星音と、目が合った。
とっさに、奏は顔をそらした。
「?」
それから星音はエプロンを片づけ、ソファーへと腰掛ける。
ちなみに、リビングのようなこの部屋とはもう一つ、襖の向こうに部屋がある。
おそらくは、そこが星音の寝室、といったところだろうか。
ソファーがあるのだから、ベッドがあってもおかしくはない。なのに、この部屋にはない。
なので、向こうの部屋にソファーがあるのだろうことは、予想できた。
「立宮くん?」
「! あ、あぁ、なんでもない」
まさか、向こうの部屋も見てみたい、なんて言えるはずもない。
呼びかけられ、奏はソファーへと足を進める……が。
ソファーには、すでに星音が座っている。
三人掛けのソファーとはいえ、さすがに星音の隣に座るというのは……
「立宮くん、座らないのですか?」
どこか、不安そうな星音の声に、奏は……
「座ります」
即答した。
ソファーへと、腰を下ろす。
星音とは、人一人分のスペースを空けた状態だ。考えてみれば、学校のベンチにいつも座っているではないか。
奏と星音、その間の空間。なんとなく、気になってしまう空間。
だが、そこへ飛び乗る影があった。シロだ。
「にゃっ」
食事を終えたシロは、我が物顔でソファーに飛び乗り、そして寝転がる。
自由気ままな猫の姿に、奏も星音もきょとんとしてしまうが……
「……ふふっ」
「ぷっ、あはははっ」
どちらともなく吹き出し、笑い始めた。
まさか自分が笑いの種になったとは思っていないシロは、きょとんとした様子だ。
こうして、のんびりと二人で笑い合う。
ちょっと前までは、想像すらできなかった光景だ。まさか自分がこんなことになるなど、奏は驚いていた。
「まったくもう、シロったら」
「みゃ」
「ホントに、かわいいな」
シロはのんきに、あくびをしている。
お昼の後は、眠くなるのだ。すでに丸くなり、寝のポーズに入っている。
「そういや、猫屋敷さんが送ってくれたシロの写真、半分くらい寝ているものだったな」
「シロは、寝るのが好きみたいで。
私が学校に行っている間は、ほとんど寝ているみたいです」
そう話して、星音はある場所を指差した。
白く、きれいな指先がさす場所を、奏は目で追った。
そこにあったのは、テレビ……大きいとは言わないが、一人で見るには充分なもの。
だが星音が言いたいのは、その横にあるもの。テレビの横に置いてある、機械だ。
それは、筒状の機械。
「あれは……」
「ペットカメラ……というのは、わかりますか?」
「あぁ、あれが!」
どこか見覚えのあるそれに、首を傾げていた奏だが……それがなんであるかを告げられ、手を叩いた。
見覚えがあるというのは、ペット関連の調べ物をしていた時に、見たものだ。
猫以外のペットを飼う気はないし、そもそも猫は飼えないが。
「あのペットカメラをスマホと連動すれば、スマホからシロの様子を観察することができるんですよ」
ペットカメラとは、ペットの様子を遠くからでも見守れるように作られたものだ。
当然ではあるが、どうやらあのペットカメラはシロのために購入したものらしい。
一人暮らしの星音にとって、自分がいないときのシロの様子は、気になるものだろう。
そうして、シロの行動を観察するうち、星音が学校に出かけている時間のほとんどは寝て過ごしていることが、わかったらしい。
「このペットカメラには、撮影機能やお世話機能がついているんですよ」
「なるほど……だから、送られてくるシロの写真は、寝姿が多いのか」
「えぇ」
これで、星音から送られてくるシロの写真が、寝姿ばかりなのが合点がいった。
ペットカメラには撮影機能がついており、シロは昼間は寝ていることが多い。
星音は学校にいるから、シロの姿を写真に撮ることはできない。
だがペットカメラなら、それが可能というわけだ。
「ペットカメラで撮ったデータは、スマホに移せますので」
「なるほどねぇ。お世話機能ってのは?」
「えぇ。ここに、おやつを入れるスペースがあるんです。パカッと開いて、ほら」
ソファーから立ち上がり、星音はペットカメラを持ってくる。
実際にペットカメラの一部を開き、ここにおやつを入れておくのだと教える。
そうすることで、決まった時間にシロにおやつをあげることができる。まさに文明の利器様々だ。
「へぇ、面白いなあ」
星音が一人暮らしでもシロの世話ができている理由。
そこには、このペットカメラの存在が、あったわけだ。
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