26 / 43
第26話 とにかく褒めなさい
しおりを挟む一人暮らしの星音の部屋へと、上がらせてもらった奏。
手土産を渡し、上機嫌な星音を見て、奏はあることを思い出していた。
『でさぁ、お兄ぃ。その、クラスメイトの女の子と待ち合わせたとき、どうしたの?』
『どうした、とは?』
『いやぁ、あるでしょ。服装褒めるとか、髪型褒めるとか。まさか、なんにもなし? ありえないんだけど!』
『いやいや、ちゃんと言ったさ。
えっと……大人っぽい雰囲気で、すごく似合ってるって』
『はぁーっ、月並みぃ。ま、なにも言わなかったよりはマシだけどさ』
『や、やっぱなんか褒めるべき……だよな?』
『当たり前。女の子がオシャレして来たら、まず服を褒める! 基本よ。あ、でもあんまり褒めすぎるのは逆効果よ、キッショいから。
そう考えると、お兄ぃにしてはナイスチョイスだったんじゃない』
『そりゃどうも』
妹空音との会話の一部。彼女によると、やはりまずは相手を褒めるところから始めるようだ。
ただ、褒め方にもいろいろある。あまり過剰だとやりすぎだし、月並みだと響かない。
それと、まだ関係が浅いうちは、褒めるのは外見だけに留めておくようにとのこと。
『外見もまともに褒められない奴が、中身なんて褒められるわけないし。変にカッコつけようとすんなってね』
……どこか、実感のこもったアドバイスだった。
もしや、奏の知らないうちに、空音にそういう経験があるのだろうか。お兄ちゃんちょっと悲しい。
ともかく、まずは褒めることだ。
「えっ、と……ね、猫屋敷さん」
「はい、なんでしょう?」
声をかけられ、振り向いた星音と、奏の目が合う。
たったそれだけで、今から言おうと考えていたことが、全部頭から吹っ飛んでしまった。
今からなにを言えばいいのか。なにを、褒めればいいのか……
「そ、その服……う、動きやすそうで、いいね!」
……やってしまった。
「……ふふっ。えぇ、この格好、動きやすいんですよ」
しかし星音は、そんな奏の失敗も気にしていないというように、くすくすと笑っていた。
もっといい言葉があっただろ、と奏は自分を責める。
服がだめなら、次は……
「ぽ、ポニーテールも……い、いいね! その、涼しそうで!」
……またやってしまった。
「ふふっ、そうなんです。
伸ばしているのは私自身なのですが、どうしてもうなじが暑いときがあって……髪を結ぶと、ここが涼しいんです」
「!?」
奏の言葉にかわいらしく反応してくれる星音は、奏に背を向けたまま、後ろ髪を上げてみせた。
後ろに伸びていた髪がかき上げられ、星音のうなじが露わになった。
まさか、そのような仕草をされると思っていなかった奏は、不意打ちに言葉を失ってしまった。
「? 立宮くん?」
「へっ? あ、あぁ、うん、いいよなっ」
星音は、自分がどれほど破壊的なことをしてしまったのか、気づいていないらしい。
我に返った奏の言葉に、きょとんと首を傾げていた。
星音に促されて、玄関から足を進める。
横にあるキッチン台、冷蔵庫にチラッと視線を向ける。進む先には、透明ガラスの引き戸タイプの扉。
星音は扉を開けると、この室内におけるリビングが目に入った。
そして……
「にゃんっ」
「お、おぉお、シロぉ」
三人掛けのソファーに腰を下ろした、真っ白な毛色を持つ猫……
星音の飼い猫シロが、まるで奏を歓迎するように、かわいらしい鳴き声を上げた。実際には、飼い主に向けたものかもしれないが。
とたんに、奏の表情はとろける。
今の今まで、女の子のお部屋初訪問に緊張していた気持ちが、あっという間に溶けていったのだ。
「ふふっ」
その姿を見て、星音が優しい笑顔を浮かべたのに、奏は気づいていない。
「みゃおっ」
「おっ?」
奏をじぃっと見つめていたシロは、またも鳴き声を上げたかと思えばぴょん、とソファーから飛び降りる。
そして、その足で奏の足元へと、歩いていくのだ。
自分の姿を見上げながら、トコトコと歩いてくるシロの愛らしい姿に、奏は言葉もなくただ感激して見つめていた。
「にゃ~」
「……!」
奏の足元へと到達したシロは、頭を奏の足首へと擦り付けていく。
すりすり、とまるで甘えるように、頭を擦り付けているのだ。
それは、奏にとって天にも昇る気持ちだ。
「やっぱり、シロがよくな懐いていますね。
立宮くん、抱き上げてみては?」
「え、いいの?」
「はい、もちろん」
星音から、シロを抱き上げていいとの許可。
それを受け、ならばとシロを抱き上げようと、足下のシロに視線を移す奏だが……
「……どうしました?」
「いや……動いたら、シロを怖がらせちゃうんじゃないかって。動けない」
「……あははっ、なるほど」
シロを抱き上げるためには、まず膝を折り屈んで、という動作が必要になる。
しかし、体を動かしてしまえば、足下のシロが驚いて逃げてしまうのではないか……そんな心配が、出てきた。
そのため、下手に動けない奏である。
「でも、変に硬くならないで、自由にしてくださいね。ソファーにも好きに座ってください。
私は、昼食の用意をしますので」
「うん……え?」
シロと戯れている、というかシロが戯れている奏の姿を見て、星音は楽しそうに笑っていた。
そしてその足で、キッチンへと向かう。
遅れて、奏は反応した。
聞き間違いでなければ、今、昼食の用意をすると、言ったのだ。
「えっと……それってもしかして、猫屋敷さんが昼食を、作ってくれるという?」
「えぇ、そうですが……
もしかして立宮くん、私にはご飯なんて作れないと、思っています?」
驚く奏の言葉に、星音は頬を膨らませて、ジト目を向ける。
その視線に、奏は慌てる。
「そ、そうじゃないよ。ただ……」
「言っておきますけど、学校でのお弁当だって、自分で作っているんですからね。
まあ、昨晩の残りを入れただけですけど」
頭の中がまとまらないうちに、弁明しようとする奏だが……それよりも先に、星音が話す。
そういえば、お昼はいつも新太と教室から抜け出しているから、猫屋敷さんがなにを食べているのか知らない……
そう、奏は今更ながら、思い出した。
奏としては、あの猫屋敷 星音が、自分のために昼食を作ってくれる事実に驚いたのだが……星音本人は、自分が侮られていると感じたらしい。
そんなつもりはまったくないのだが、ぷりぷりしている星音は早速冷蔵庫の中を確認している。
「立宮くんは、苦手なものは、ありますか? アレルギーとかは」
「え、っと……納豆、とかオクラとかが苦手かな。アレルギーは、ないです」
「わかりました」
それだけ聞いて、星音はちゃっちゃと冷蔵庫から食材を取り出していく。
奏は、足下の幸せな物体の感触を噛みしめつつ、その様子を見ていた。
10
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

まずはお嫁さんからお願いします。
桜庭かなめ
恋愛
高校3年生の長瀬和真のクラスには、有栖川優奈という女子生徒がいる。優奈は成績優秀で容姿端麗、温厚な性格と誰にでも敬語で話すことから、学年や性別を問わず人気を集めている。和真は優奈とはこの2年間で挨拶や、バイト先のドーナッツ屋で接客する程度の関わりだった。
4月の終わり頃。バイト中に店舗の入口前の掃除をしているとき、和真は老齢の男性のスマホを見つける。その男性は優奈の祖父であり、日本有数の企業グループである有栖川グループの会長・有栖川総一郎だった。
総一郎は自分のスマホを見つけてくれた和真をとても気に入り、孫娘の優奈とクラスメイトであること、優奈も和真も18歳であることから優奈との結婚を申し出る。
いきなりの結婚打診に和真は困惑する。ただ、有栖川家の説得や、優奈が和真の印象が良く「結婚していい」「いつかは両親や祖父母のような好き合える夫婦になりたい」と思っていることを知り、和真は結婚を受け入れる。
デート、学校生活、新居での2人での新婚生活などを経て、和真と優奈の距離が近づいていく。交際なしで結婚した高校生の男女が、好き合える夫婦になるまでの温かくて甘いラブコメディ!
※特別編3が完結しました!(2024.8.29)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、感想をお待ちしております。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる