11 / 43
第11話 猫派と犬派
しおりを挟む登校中に現れた犬飼 月音。星音の親友である彼女は、活発な少女。
そんな彼女が、絶望の表情を受かべている。
それは……奏が、"猫派"ではなかったためだ。
なんだか、そんな表情を浮かべられると、悪いことをしたような気持ちになる。
「えっと……犬も、かわいいとは思うけど……」
そのため、奏はすかさずフォローを入れた。
何派かは置いておいても、猫が好きだからじゃあ犬は好きじゃない、とかそういう話ではないのだから。
だが……
「立宮くん! 妙な慈悲は時に残酷ですよ。
それとも、猫が大好きと言っていたのは嘘で、本当は犬の方が好きだと!?」
「いや、うん、猫が一番好きです」
これまで聞いたことのない星音の声に気圧された。その言葉は鋭く、思わず肩が跳ねてしまった。
ちょっとおそろしくなった奏は、素直に事実だけを答えた。
"猫派"か"犬派"か。これは、猫や犬を飼っている人には放置できない、大問題だ。
奏は大の猫好きだ。だからといって、他の動物を蔑ろにしているわけではない。犬だってかわいいとは感じる。
犬には犬のかわいいところがある。だから、"猫派"と"犬派"の対決など気にしないでもいいではないか。
……もしそんなことを言おうものなら……
「そうですか……立宮くんは、そんな不埒な理由で、シロと私を弄んだんですね。最低です」
「……!」
イメージしてしまった、星音の蔑むような瞳。声。
実際にそんなことを言われるとは思えないが、今の星音だと似たようなことを言ってきそうだ。
それどころか、ボキャブラリーの少ない奏では、想像もつかないことを。
(ここは、黙っておいた方か無難か。
それにしても……)
悔しそうな表情を浮かべている、月音。
彼女が"犬派"であることは、もう疑いようのない事実。そしてここにあるのは、"猫派"と"犬派"による派閥争いだ。
もちろん、星音だって犬を、月音だって猫をかわいくないとおもっているわけでは、ないのだろう。
少なくとも、嫌いな動物を本人の前でけなすような性格では、ない。
だがまあ……それはそれだ。"猫派"と"犬派"、これは譲れない問題なのだろう。
誰でも、自分の飼っているペットが一番かわいいのだ。
「ってことは、犬飼さんは犬を飼ってるのか?」
ここまで動揺し、犬好きを訴えている月音。
奏のような事情がなければ、犬を飼っているのだろう。
「うん、そうだよ。ウチのクロは、本当にかわいいんだから」
(クロ……)
自身の飼い犬の話を持ち出され、月音は少し得意げになる。
月音も犬を飼っており、たいそうかわいがっているようだ。
……白猫にシロと名付ける星音と、ネーミングセンスは近いものがあるらしい。おそらく黒犬だろう。
「はぁ、そっかぁ。立宮は"猫派"かぁ……
クラス内で、徐々に"犬派"を増やしていくアタシの計画が」
「そんな計画あったんかい」
ようやく落ち着きを取り戻した月音。彼女と共に、下駄箱で靴を履き替える。
周りでは、すでに多くの生徒が登校していた。
「おっはよー、奏ぇ!」
「ん、新太」
外履きから上履きに履き替え、教室に向かおうと思っていたところ……背後から、声をかけられた。
先ほどは、月音が星音にかけたものだった。
だが、今回は奏にかけられたものだ。
そして、振り向かずとも声の主はわかった。クラスメイトの猪崎 新太だ。
「どしたどした、なんか騒がし……ぅお、猫屋敷さんに犬飼さん!?」
「おはようございます、猪崎くん」
「あ、うん、おはようございます」
奏の肩に腕を回した彼は、近くにいた星音と月音の姿に驚いていた。
そんな新太の様子に、平常運転の星音が挨拶をした。
とっさに挨拶を返すが、すぐに奏の耳元に口を近づける。
「おい、どういうこった。なんで二人と一緒にいるんだよ。まさか、一緒に登校とかしたのか?」
動揺する新太の気持ちも、わからなくはない。
クラス一の美少女である星音は言わずもがな。月音も、かなりの人気がある。
星音と月音は、よく一緒にいる親友同士。
だが、本人の意図とは関係なく、月音は星音の引き立て役になっている……なんてことはない。
星音がきれいなら、月音はかわいい系。それに話しかけにくい星音と違って、誰にでもフレンドリーなのが月音だ。
奏にも話しかけてくれるし、話しやすさで言ったら星音より間違いなく月音だ。
そういえば、星音は告白はされたことがないと言っていたが……月音には、告白されたという話をよく聞く気がする。
「まあ、猫屋敷さんとは途中で会ってな。犬飼さんともついさっき」
「くぅ、うらやましい!」
「ただ偶然会っただけだ」
逆の立場だと、奏も新太のような感情を抱くのだろうか。
それから新太は、奏の肩から手を離し、星音と月音に向き合った。
めっちゃ笑顔で。
「俺も、一緒に行っていいかな」
「もちろんです。許可なんていらないと思いますが」
「そそ。まあ、教室まですぐだけどね」
現金な奴め……と奏は思った。
同時に、こうも行動的な新太の性格が、少しうらやましくもあるのは内緒だ。
四人は、並んで歩く。
「で、三人はなんの話してたのさ」
「あー……猫と犬の話、かな」
なんとか、会話に混ざろうとしている新太。その問いかけに、奏は答える。
星音が猫を飼っていて、月音が犬を飼っていて……という話は、勝手にするわけにもいかないだろう。
「あー、いいねぇ猫も犬も。どっちもかわいいよね」
「!」
にこにこしながら、口を開く新太。
その言葉に、星音と月音が反応を見せた。気がした。
「えぇ、かわいいですよね。
ところで猪崎くんは、猫と犬だとどちらが好きなんですか?」
「あー、アタシも気になるなー」
「えー、俺ぇ?」
新太の顔が、わかりやすくとろけている。
美少女二人が、自分に興味を持ってくれている。その気持ちは、新太に……いや男子にとって心地のいいものであった。
奏にも、気持ちはわからないでもない。なにも知らなければ、とても幸せな時間だろう。
だが、奏は知っている。これは、ある種の死刑宣告なのだと。
どちらを選ぶかで、どちらかの好感度に変動が生じる。場合によっては、学校生活に多大な影響を及ぼす。
それをわかっていない、新太は……
「うーん、そうだなぁ。どっちが好きか、改めて聞かれると困っちゃうよなぁ。
あ、でもさ……猫と犬って聞くと、世の中には"猫派"とか"犬派"とかっているじゃん? 俺あんまそういうの理解できなくてさー。
いや、好きな動物がいるのはわかるけど、それを押し付け合うのはどうよって話。どっちも好きでいいじゃんってね。だから俺は、猫と犬どっちも好きかなーってね」
「……」
「……」
(新太……)
……果たして新太は、今この瞬間に、場の空気が変わったことに気付いているのだろうか。
そして、奏は思った……やっぱり、新太の性格はうらやましくはないな、と。
10
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
久野市さんは忍びたい
白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……?
木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに?
日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。
「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」
これは使命感? それとも……
現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!?
木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる!
小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!
Promise Ring
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。
下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。
若くして独立し、業績も上々。
しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。
なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。
女ハッカーのコードネームは @takashi
一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか?
その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。
守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。
保健室の秘密...
とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。
吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。
吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。
僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。
そんな吉田さんには、ある噂があった。
「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」
それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる