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第8話 モテたいんですか?

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「なんか、意外だな……猫屋敷さんなら、告白されて付き合った経験があるのかと……」

 これまで告白された経験がないという、猫屋敷 星音ねこやしき しおん
 それは、奏にとって……いや、ほとんどの男子にとって、意外な結果だろう。

 てっきり、モテまくって連日のように告白されまくっているのかと思っていた。
 告白されたことがないのなら、自分から告白しない限り恋人もいなかったのだろう。

 自ら告白をするタイプにも、見えないが……

「って、猫屋敷さん?」

「ん……」

 見れば、星音は眉を寄せ、ぷくっと頬を膨らませているではないか。
 それは、おそらく怒っているのサインなのだろう。だが、かわいらしくあるばかりでまったく怖くはない。

 とはいえ、怒らせたのだとしたら、それはとんでもないことだが……

「立宮くん、私のことそんなに遊んでいるように見えるんですか?」

「……え」

 星音のお怒りの理由。それは、先ほどの奏の言葉によるものだ。
 告白されたことのない星音に対し、意外だと応えた。

 だがそれは、考えようによっては、男を取っ替え引っ替えして遊んでいる、という認識に取られるのかもしれない。

「い、いやいや、違うよ今のは! なんていうか、その……」

 捉え方は人それぞれだ。奏がそんなつもりで言ってなくても、星音はそう捉えてしまった。
 遊んでいるように見えるのだと、認識されてしまった。

 今のは言葉のあやでそうなってしまっただけで、もちろんそんなつもりはない。
 そう伝えようと、身振り手振りの激しくなる奏を見て、星音は「ふふっ」と笑みをこぼした。

「ごめんなさい、冗談です」

「じょ……冗談?」

「はい」

 にこやかに笑い、冗談だと言い放つ奏。
 もしも相手が新太だったならば、ぶん殴っていたところだ。だが、星音の笑顔を見ていると、すべてを許してしまいそうになる。

 いつの間にか校門を出て、二人は並んだまま歩く。
 二人とも、帰る方向は同じなのだ。

「はあ、驚かせないでよ」

「そんなにですか?」

「普段温厚な人だと、今みたいなのは迫力あって心臓に悪い」

 ほっと胸をなでおろす奏に、星音は大げさとばかりに笑った。

「でもさ、猫屋敷さんが告白されないのは、なんていうか……予想もしてなかったから」

「告白、がどういうものか興味はありますが、残念ながらそういった経験はありませんね。まあ、モテたいと考えているわけではありませんが」

 うーん、と考えるように顎に手を当てて、しばらく黙ってから……星音は、奏を見た。

「そういう立宮くんは、モテたいんですか?」

「ん……」

 特に、他意はないのだろうが……飛んできた鋭い質問に、奏の言葉は詰まった。
 これは、なんと答えるべきなのか。なにを答えるのが正解なのか。そもそもなんでこんなことを聞いてくるのか。

 またも、しばらく沈黙が続く。
 しかし、このまま沈黙の空間でいるのは耐えられないため、奏はゆっくりと口を開いた。

「まあ……モテたくないことは、ない、けど。男としてはやっぱり、一度くらいは夢見る、っていうか」

「へぇー」

 いったい、これはなんの時間なのだろうか。
 軽い拷問ではないか、と奏はなぜだか、肩身が狭かった。

 奏からは星音の顔を見ることはしないが、痛いくらいの視線を感じた。

「では、お友達のことがうらやましかったり?」

 まだこの話題続くの!? と奏は思いながらも、せっかく話をしてくれているのにぶった切ることは、できない。

「うーん、そうだな。正直、うらやましいと思わないこともないというか……」

「……ふふっ、さっきから歯切れの悪い答えばかりですね」

「し、仕方ないだろ」

 新太以外のクラスメイトと、二人きりで話すなど初めてのことだ。
 しかも、相手はあの猫屋敷 星音。緊張するなというほうが、無理な話だ。

 今まで関係もなかった間柄なのに、昨日の出来事を境に急に変わって……

「って、そういや猫屋敷さん」

「なんでしょう?」

「あれはなんなのさ、授業中にシロの写真を送ってきて」

 ふと思い出したのが、授業中での出来事だ。
 初めての星音からのメッセージ……それはシロの猫パンチ写真という、大変素晴らしいものだった。

 だが、どうして授業中に送ってきたのか。おかげで頭の中はシロでいっぱいだ。

「お嫌でしたか?」

「実に眼福でしたありがとう!」

「どういたしまして」

 正直な奏の感想に、星音は柔らかく微笑む。

「そ、そうじゃなくて……なんで授業中に、ってこと」

「それは……一度、そういうのやってみたかったんです。授業中にお友達と、メッセージのやり取り。
 まあ、立宮くんはメッセージ、返してくれませんでしたけど」

「え、あれ? 返したよね俺……あれ!?」

「ふふ、やっぱり立宮くんは面白いですね」

 からかわれた……と、奏は理解した。
 だが楽しそうな彼女を相手に、怒ることは出来ない。
 それは、やはり普段の猫屋敷 星音のイメージとは異なるものだ。

 しかし、それよりも気になることがあった。
 ……お友達、と言ったのだ。

「あの……」

 今のは、言葉のあやだろうか。それとも……
 それを確かめようと口を開いたが、ふと隣を歩いていた星音の姿が、なくなっていることに気づく。

 振り向くと、彼女は足を止めていた。

「私、こっちです」

「あ……そう、なんだ」

 星音が指差すのは、奏の家とは別れ道になる方向。
 いつの間にか、家の近くの公園辺りにまで、来ていたようだ。

 どうしてか……帰り始めたときには、気恥ずかしかったのに。今では、別れるのが少しだけ……

「じゃあ立宮くん、また明日学校で」

「! あ、おう」

 なんだか、終始星音ばかりが喋っていたような気がする。
 微笑む星音の表情に、奏は思わず見惚れてしまう。

 去っていく星音の姿を見送りながら……奏にとって、不思議な一日が終わろうとしていた。
 そして、これで終わりではないことを……なんとなく、奏はわかっていた。
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