上 下
4 / 43

第4話 連絡先、交換しませんか?

しおりを挟む


 ……それは、誰もが驚く光景だった。
 起こった出来事としては、クラスメイトが挨拶を交わした……ただ、それだけのこと。

 だが、挨拶をしたのが猫屋敷 星音ねこやしき しおんで、挨拶をされたのが立宮 奏たちみや かなでであることが、それだけのことではなくしていた。

「? どうかしましたか?」

「い、いや……その、えー……お、おはよう」

「はいっ」

 固まっていた奏に、きょとんとした表情を浮かべていた星音だが……奏から挨拶を返してもらい、満足そうに今度こそ、自分の席へ行く。
 きょとんとしているのは、しかし奏も同じだ。

「おおお、おい、どういうことだ!?」

 去っていく星音に、遅れて新太が反応する。
 クラスメイトがクラスメイトに挨拶することなど珍しくないが、奏と星音は先週まで関係のなかった間柄だ。

 そもそも、星音が自分から挨拶をする男子なんて、席が近くの男子だけだ。
 現在星音の右隣のみが男子であり、彼は星音に挨拶されたいがためめちゃくちゃ早くから登校して席に座っている。

 なので、他の男子からは嫉妬のまなざしを向けられるが……その男子にあやかり自分も挨拶されたいがために、その男子の席周辺に他の男子も集まっているのは、もはや男子の悲しき性だ。

「だってのに、わざわざ自分の足で、お前の前まで来てお前に挨拶するとか……どういうことだよ!?」

「と、言われましても……」

 質問攻めを受ける奏だが、正直本人が一番困惑している。
 なぜか、と言われたら、昨日のアレが原因には間違いないだろうが……


『では、また明日学校で』


 別れ際のあの言葉は、せいぜい社交辞令的なものだと思っていた。
 だが、まさか彼女自らが、奏に挨拶をしに来るとは……

「ぁ……」

 そこで奏では、思い至った。あまりの衝撃で忘れていたが、今のやり取り中にハンカチを返せばよかった、と。
 というか、彼女はハンカチを忘れたことに気付いているのだろうか。もし気づいているなら、ハンカチを奏が持っている可能性にも至っているはず。

 それを聞かれなかったということは、ハンカチを忘れたことに気付いておらず……むしろ今話しかけてくれたのが、ハンカチの行方を問うだけのものだったら、こんなにも考えずに済んだのに。

「……なあ、視線をひしひしと感じるのは、俺の気のせいか?」

「これが気のせいならよかったけどな」

 ふと周囲に気を配れば、視線をひしひしと感じる。主に男子からの。
 その理由は……まあ、考えるまでもない。

(ってか、ハンカチ返す難易度めちゃくちゃ上がってる……!)

 ただでさえ、猫屋敷 星音に話しかける、というミッションは難易度が高いというのに、今ので無駄に注目を浴びてしまった。
 これで自分から話しかけに行こうなんて……恐ろし過ぎる。

 こそこそと周囲からはひそひそ声が聞こえる。もしも柄の悪いやつに絡まれたらどうしよう……と、奏は気が気でない。

 そのタイミングで、チャイムが鳴る。

「お、ホームルームか……じゃ、まぁ、頑張れ」

「なにを!?」

 チャイムが鳴り、早々に去っていく新太。
 先生が入ってきて、ホームルームの間は誰にも話しかけられることはなかったが……休憩時間になった途端、クラスメイト主に男子に囲まれたのは、言うまでもない。


 ――――――


「はぁ……」

「お疲れさん」

 結局あのあと、クラスメイトに質問攻めにあった奏は、精神的に参っていた。
 昼休み、購買で買ったパンを片手に、中庭のベンチに座りため息を漏らす。

 隣に座る新太は、おにぎりを食べている。中身はしゃけだ。

「あんなにクラスメイトと話したの初めてかも……」

「ほぼ一方的に詰め寄られてただけだけどな」

 クラスメイトに詰め寄られたその理由は、当然星音との関係のことだ。
 だが、関係もなにもないので、「わからない」とだけ答えておいた。

 ……昨日星音に会って親睦を深めた……という理由は、なんでかあまり話したくはなかった。

「見てる分には楽しかったけどな。よかったじゃねえか名前覚えてもらってて」

「他人事みてえに言いやがって」

「他人事だからな」

 この苦労は、実際に詰め寄られなければわかるまい。
 それを説明しても、もうどうしようもないことだが。

 おにぎりを食べ終えた新太は、ぴょん、と立ち上がる。

「さてと、俺はトイレにでも行ってきますか」

「ほぉか(そうか)。はぁふっふいひへへ(まぁゆっくりしてけ)」

「パン咥えたまま喋んなよ」

 この場を後にする新太の背中を見送り、奏はぼんやりと、昨日のことを思い出す。
 あれから、約一日。だというのに、奏にとっては濃い一日だ。

 とはいえ、あんなことはめったにないだろうし。あとはハンカチを返すだけだ。
 その、ハンカチを返すが難易度が高いのだが……

「どうすっかなぁ」

「なにがですか?」

「なにがってそりゃ……!?」

 軽くため息を漏らす奏に、奏のものではない声が割り込む。
 もう新太が戻ってきたのかとも思ったが、口調も声色も違う。

 というか、この声は……

「ね、猫屋敷さん!?」

「見つけました、立宮くん」

 振り向くと、そこには星音の姿があった。
 まさかの人物の登場に、奏は驚きを隠せない。

 なぜ、ここに……たまたまだろうか?
 いや、それならば奏を指して「見つけました」はおかしい。

 この文脈は……まるで、奏を探していたかのような……

「ね、猫屋敷さん。今朝は……」

「あの、立宮くん」

 今朝のあれは、どういうつもりだったのか……それを聞く前に、しかし星音の声が割って入った、
 彼女は、スカートのポケットに手を入れ、ごそごそと動かして……スマホを、取り出した。

「連絡先、交換しませんか?」

「……へ?」

 その、思いもよらぬ言葉に……奏は、今日何度目ともなる思考停止に、至った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

久野市さんは忍びたい

白い彗星
青春
一人暮らしの瀬戸原 木葉の下に現れた女の子。忍びの家系である久野市 忍はある使命のため、木葉と一緒に暮らすことに。同年代の女子との生活に戸惑う木葉だが……? 木葉を「主様」と慕う忍は、しかし現代生活に慣れておらず、結局木葉が忍の世話をすることに? 日常やトラブルを乗り越え、お互いに生活していく中で、二人の中でその関係性に変化が生まれていく。 「胸がぽかぽかする……この気持ちは、いったいなんでしょう」 これは使命感? それとも…… 現代世界に現れた古き忍びくノ一は、果たして己の使命をまっとうできるのか!? 木葉の周囲の人々とも徐々に関わりを持っていく……ドタバタ生活が始まる! 小説家になろう、ノベルピア、カクヨムでも連載しています!

Promise Ring

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
浅井夕海、OL。 下請け会社の社長、多賀谷さんを社長室に案内する際、ふたりっきりのエレベーターで突然、うなじにキスされました。 若くして独立し、業績も上々。 しかも独身でイケメン、そんな多賀谷社長が地味で無表情な私なんか相手にするはずなくて。 なのに次きたとき、やっぱりふたりっきりのエレベーターで……。

女ハッカーのコードネームは @takashi

一宮 沙耶
大衆娯楽
男の子に、子宮と女性の生殖器を移植するとどうなるのか? その後、かっこよく生きる女性ハッカーの物語です。 守護霊がよく喋るので、聞いてみてください。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...