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第五章 海に行こう
第178話 生徒に迫る教師の図
しおりを挟む「た、たっくん? なんでここに……」
「なんでって……お前一人にしたら、ナンパされそうだろ」
この場に達志がいると思っていなかった由香は、目を丸くしていた。
先ほどもそうであるが、由香やリミなど、一人にさせたらナンパされてしまう可能性が高い。それは先ほど行動を共にしたことで実感している。
今は、電話中であることを考慮してか誰も話しかけてはこなかったが……
「……あれ、だったら俺、来なくてよかったのでは?」
もし電話中であることを周りが考慮していたのなら、帰りは電話するふりをすればいい。
そうなれば、誰も話しかけてこない可能性はあるし、むしろ年下に見える達志が一緒にいるより効果的だ。
つまり、わざわざ着いてくる必要はなかったということ。
「はめられた…」
猛に、さよなにはめられ、こうして二人きりの状況になってしまったわけだ。どうして二人きりにさせたのかはわからないが。
とはいえ、由香に帰り道に電話のふりをしながら帰る、というナンパ除け術を実施する頭があるかは疑問だが。
このタイミングでの二人きりというのは非常に気まずい。なにせ、由香は水着……それも、男子高校生どころか男にとっては年齢問わず凶器になるものだ。
「よ、用が終わったなら帰ろうぜ」
なので、視線を合わせられない。
そんな達志の気持ちなど露知らず、由香は……
「わ、なんだろこの空き家!」
と、近くにあった空き家の中へとのんきに入っていく。
それは由香の好奇心をくすぐるには充分だったらしい。
子供か……と感じる達志だが、せっかく着いてきて放っておくわけにもいかない。
なので由香に続いて、空き家の中へと入っていく。
「うへぇー、なんなんだろここ。埃っぽーい」
「ならいいだろ。もう帰ろうぜ」
こういうのは本来、高校生である自分がはしゃぎ大人である由香が止めるべきものではないのか……
そんな考えが浮かぶが、由香には関係ないらしい。
しかし、こんなところに留まったところで比較的目新しいものがあるわけでもない。なので、早々に立ち去ろうと、声をかける。
由香も、興味を抱くのは早かったが引くのも早かったようだ。
「ん、そうだね……って、わっ!?」
戻るために踵を返した由香だが、なにかに躓いてしまったのか、突如その場で体勢を崩す。
それを見た達志は、考えるよりも早く体が動く。
由香が転ぶのを、防ぐために。
「う、おぉ!?」
飛びかかり、手を伸ばす。だが、手が届いても倒れつつある由香を支えることはできない。残念なことに、体格の問題なのだ。
いくら男女の違いがあるとはいえ、相手は十年上の女性だ。
加えて、達志の筋力は以前のものに戻りつつあっても完全にではない。よって、由香を支えきれずに倒れてしまい……
「きゃっ!」
「ぐへ!」
ドンッ、ドダッ! ……激しい音が響く。倒れてしまうと目を閉じてしまっていたが、しばらくしてお互いに瞑っていた目を開ける。
すると、目の前の相手と目が合った。……目が、合った。
互いに吐息がかかるほどに、目先にあるのはまばたき一つない瞳。
達志の胸板には、この世のものとは思えないほどに柔らかななにかが押し付けられている。
それがなんであるか……考えるよりも、先に理解した。今、達志の胸に、由香の胸に触れているのは……互いの体だ。
柔らかな由香の膨らみが、達志の胸板が、互いの体に触れている。
その気になればキスできそうな距離に、互いの顔がある。今は、目の前にある顔や体に触れるお互いの体温で、思考の整理がついていない。
だから、気づいていない。まるで、由香が達志のことを押し倒したかのような光景であることに。
……そして、気づかなかった。
ガタッ
「っ…………」
空き家の入り口に、リミの姿があり……横たわる二人を見ていることに。物音が、二人の耳に届くまで。
結果だけを要約すると、倒れそうになった由香をとっさに助けようとした達志だが、一緒に倒れ込んでしまった。
だが、今の状況だけ見れば……由香が達志を押し倒し、迫っている絵にしか見えない。それも水着姿で。
そして、この現場を目撃したのが……リミだ。なんでリミがここに。一人でナンパとかされなかったのか。
……そんな心配は、彼方に飛んで行ってしまった。
「ぁ……」
いくらリミが、そういう知識に疎いとはいえ、直接こんな現場を見てしまえばなにを思うかわからない。だから、早急に誤解を解くことが必要だ。
そう、本来のリミなら……事情を説明すれば、冷静に理解してくれれば、わかってくれたはずだ。だが、今のリミは冷静ではない。
なぜなら……つい先ほどのこと、『子供の作り方』を由香にレクチャーされたわけで。
そして、この絵はまさに由香が達志に対して迫っている絵そのものなわけで。
「あ、あああ由香ちゃん? 違う、違うからね? くっ……」
一足先にそれに気付いた由香がリミの誤解を解くために話しかけるが、説得力の欠片もない。
現に由香は達志を押し倒し、その柔らかな身体を惜しげもなく押し当てているのだから。
なんとか退きたい由香だが、脚をひねってしまったらしくうまく立ち上がれない。
達志も、なんとか誤解を解くために声をかけるものの、リミは無反応だ。
ただ静かに、倒れた二人を見ている。だがこのままでは、教師が生徒を押し倒し淫行に及ぼうとしたあらぬ噂が流れてしまいかねない。
リミがそんな噂を流すとは思わないが、かといって誤解させたままでいいはずがない。
だから、こうして必死に呼びかけるわけだが……
「あ、あのリミ……」
「すみません、お邪魔しました……」
それだけを言い残し、リミはその場から去ってしまう。
あまりにあっさりした幕引きに、残された達志も由香も唖然とするのだが……
「ぜ、絶対誤解されたよな……」
「かも、ね……」
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