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第五章 海に行こう
第166話 奇跡みたいな出会い
しおりを挟む車の運転問題で、ちょっと盛り上がる。
こんな大人数で車に乗るのも初めてだし、初めてのことにみんなテンションが上がっているのだろう。
「安心しなよたっくん。ここには、他に社会人が三人もいるんだから」
「そうだな。けど、由香の運転する車には乗りたくない」
「!?」
ここで安心させようと声をかけるのは、由香。運転しているみなえが疲れても、自分が運転を変わると言わんばかりの勢いだ。
むふん、と豊かな胸を張るが、達志は目線に困ってしまう。
その口ぶりから少なくとも、彼女は車の免許を持っているのだろう。
が、彼女の運転する車には乗りたくないのが心のうちだ。声に出たけど。
確かに社会人となり、成功しているように見えるが。それはそれだ。
昔から知っているだけに……そして昔の記憶で止まっているために、由香がきちんとした運転をするなんて、想像もできない。
「事故りそうだもん」
「そういうことは思っててもせめて言葉には出さないのがデリカシーだよ!」
おっと、また言葉にしてしまっていたようだ。
独り言は多くなるわ、考えていたことが無意識に口から出るわ、困った口だ。
泣きそうになっている愛の頭を、後ろからさよなが撫でて慰めている。
「まー免許の話は置いといてよ。由香の運転一回見てみ、すげー意外なうまさだから」
「意外はよけいー!」
達志の後ろから、首を伸ばした猛がからかうように由香に告げる。それは実体験だろう。
どうやら、意外にも運転はうまいらしい。意外にも。
まあ、見るだけならば危険もないし……今度、見てみよう。見るだけ。
「ふふ、みんな楽しそう」
「そう言うさよなもな。
ま、ひっさびさにこうして遊べるってんだからテンション上がるって」
さよなが言うように、ここにいるみんなが楽しそうだ。
みなえはもちろん、由香も、猛も、さよなも。そしてリミも、セニリアも。みんなが、笑っている。
車内には、笑いがあふれている。
本来なら、こうして出会うことや、遊びに出掛けるなんてあり得なかったメンバー。
達志に起こった事故の一件がなければ、ここにいるメンバー……少なくとも、リミとセニリアとは、関わることすらなかっただろう。
「……」
幼なじみのみんなだって、達志が普通に成長して同じ時間を歩んでいたとしたら……こうして頻繁に会っていたかすら、わからない。
個人とは連絡をとっても、四人が一度に集まる機会なんてそうそうなかっただろう。社会人とは、きっとそういうものだ。
達志が目覚め、こうして戻ってきたから……みんな、それぞれの予定を返上してまで達志との、幼なじみとの時間を作ってくれるのだ。
そのことは、感謝してもし足りないくらいだ。
もちろん、あの事故が良いものだったとは口が裂けても言えない。
あの事件で失ったものは……あまりに、大きすぎる。十年という時間、かつての友達、かけがえのない妹……それぞれの、生き方も変わってしまった。
だが、あの事件がなければ、リミたちと出会うこともなかったのもまた事実だ。。どこかで偶然、すれ違うことはあったかもしれない。だが、それだけだ。
通行人以上の関係になんて、なれなかった。こうして笑い合うことなんて、できなかった。
「……ははっ」
今ここで、みんなで笑っていられるのはとても素晴らしい時間……奇跡と言っても、過言ではない。
少し歯車がずれていたら、この七人が一緒に笑いあうことなんて、なかった。
それを思ったから、達志は自然と笑みをこぼしていた。
「? タツシ様、どうしました?」
不思議な気持ちに包まれていると、隣のリミが達志の顔を覗きこんでくる。
そもそも、彼女を助ける、なんてことをしなければ……今、自分は、自分たちはここにはいない。
だから……なんとなく、だ。こうするのが正しいのか、間違っているのかわからない。ただ、この心地いい空間を作ってくれた彼女に向けて。
「リミ、ありがとな」
「へ? は、はい……?」
見に覚えのないお礼を告げられ、リミは困惑する。それでいい。意味なんてわからなくても。
ただ、伝えたいことを伝えただけだから。
リミの要因となって起こった事件だが、リミがわざとあの事件を起こしたわけではない。
達志が眠ってしまったあとも、彼女は彼女なりの償いをしてくれた。
毎日達志の看病に来てくれていたというし……
それはまさに、彼女自身の青春を捧げた行為。本当なら、友達といっぱい遊んだり、恋人だって作っていたかもしれない。
だが、そうはならなかった。リミもまた、あの事件で運命が変わってしまった一人だと、言えるだろう。
「あ、海が見えたわよ」
運転席に座るみなえの言葉により、全員の視線が窓の外へと向く。
すると窓の外には、青い海が広がっていた。白い砂浜と、青い海が。
……海に、来た。
「わぁー、海なんて、はじめてです!」
窓に貼りつくようにして、リミが目を輝かせる。
リミもまた、青春時代に海などに来たことはなかった。理由は由香たちと同じだ。
だから、朝から……いや、昨夜からテンションが高かったのだ。
「……いっぱい、楽しもうな」
「はい!」
花が咲いたような笑顔で、リミは元気よくうなずいた。
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