目覚めた世界は異世界化? ~目が覚めたら十年後でした~

白い彗星

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第五章 海に行こう

第165話 置いていかれて駆け出して

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「格好悪い……いや、んなもん今さらか」

 海への思いを馳せる達志。
 格好が悪い……なんて気にしたとしても、それはもう今更というものだろう。昨日の体育祭で、無様な姿を見せたばかりではないか。
 不恰好を心配しても、すでに遅い。

 それよりも、だ。泳げるか泳げないかの心配ではなく、純粋にみんなと楽しむことを考えようではないか。
 大人になった幼なじみと、自分を慕ってくれる少女と……そんな相手と一緒に遊ぶことなんて、そう経験できるものではない。

 何事も、ポジティブに考えようではないか。みんなと過ごすはずだった十年を悔やむのではなく、これから新しい生活が始まるのだと……

「……って、そう簡単には割りきれねえよな」

 十年という月日を眠っていたためか、すっかり癖になってしまった一人言。
 意識の中では気にしていなくても、無意識下の中で体が疼く。だんまりだったままの口は、とにかく動きたくて仕方ないのだ。

 確かに、十年眠っていたからこそ、リミやセニリア、今のクラスのメンバーにだって会うことができた。
 普通に生活してあのまま成長していれば、関わることすらなかったであろう人たち。

 同時に……母や、幼なじみ。みんなと一緒に成長することができなかったという事実は、変わらない。
 現実として変えようのない事実であっても、何度だって、何度だって考えてしまう。

「……」

 みんなと一緒に成長していたら、今自分はなにをしていただろう。大工になった猛、デザイナーになったさよな。あの由香だって、教師になっている。考えられなかったことだ。

 それに、達志の友達はなにも幼なじみの三人だけではない。あの頃は、人並みに付き合いもあったし、それなりに仲の良い連中だっていた。
 それが、今どこでなにをしているのか。わからないし聞くのが、なんだか怖い。

 なにより……妹が、いたのだ。たった一人の妹が。
 十年前の時点で六歳……よく、おにーちゃんおにーちゃんと後ろを着いてきたのだ。本来なら、今の達志と同じ年齢になっていたはずなのだ。

「……割りきれるもんか」

 その妹が、死んだと聞かされた。事実、居間には仏壇だってあるし、それは疑いようのない現実。自分が知らないところで、家族がいなくなった。
 それはなにより怖いことで、今だって信じられない。信じたくない。

 けれど、現実は非常だ。成長したみんな、いなくなった妹……世界が、達志だけを置いてけぼりにしてしまった。
 もちろんみんなの……誰の前でも、母の前でだってこんな弱音は吐けない。

 だから達志は、こうして一人で、物思いにふけるしか手段を知らない。

「……はぁ」

 たまに訪れる、憂鬱タイム。

 海に、行くのだ。みんなと遊びに……行くのだ。今から楽しいことが、いっぱいあるのだ。みんなとできなかったことを、これからしていけばいい。
 時間も、妹も、戻ってはこないけれど。

 せめてみんなと、これからを楽しむ権利くらいはあるはずだ。そんなときに、こんな暗い気持ちではいられない。
 だから、今だけは……こうして一人、涙を流しても、バチは当たらないだろう。


 ――――――


「わくわく、わくわく!」

 本日快晴。雲一つない青空が広がり、絶好の外出日和だ。
 そして現在、青空の下を走る白いワゴン車が一台。

 その中で、機嫌が良いのだとわかるテンションで声が響いている。
 その声の主は、この外出の言い出しっぺでもある女の子だ。

「ずいぶんご機嫌だな、リミ」

「はい、それはもちろんです! 昨日からわくわくして寝るのが遅くなっちゃいました!」

「小学生か……」

 車の中ではしゃぐリミの姿は、まるで小学生だと言っても過言ではない。
 嬉しさを表すように、ウサギの耳がぴくんぴくんと揺れている。触りたいが、ぐっと堪える。

 現在このワゴン車には、七人の人間が乗車している。ワゴン車を運転するのは、達志の母であるみなえ。助手席に、セニリア。

 その後ろの席に、達志、リミ、由香という形で座っている。さらにその後ろに、猛、さよなといった配置だ。

「まあいいじゃないの達志。お母さんも夕べはわくわくしちゃって寝れなくて……」

「小学生か……いや大丈夫!? そんな状態で運転とか大丈夫!?」

「ふふ、なんてね。ジョークよジョーク」

 心臓に悪いジョークはやめてもらいたい。

 だが、その言葉が全て嘘ではないのだろうなと、達志は思う。
 今まで十年間、達志はみなえの下からいなくなり、五年前には残された娘さえも失った。残る五年を、一人で過ごしてきたのだ。

 こうして子供と遊びに出掛けるなんて、夢のようだと思っているのだろう。聞いてはいないし、言わないだろうが……なんとなく達志にはわかる。親子だから。
 だから、こうした母のジョークも少し愛しいとさえ思えてくるのは、自然なことだろう。

「それに、いざ運転できなくなったとしても、セニリアちゃんがいるから大丈夫でしょ」

 と、のんきな母は隣に座るセニリアをチラッと見つめる。

「それもそうか。セニリアさん、もしもの時はお願いしますね……」

「えっ、いや私、車の免許持ってませんけど」

「ないの!?」

 今までみなえの隣に座っていたセニリアからの、衝撃の告白。
 いかにも「私運転できますけど」的な顔をして座っているもんだから、当たり前のように運転できると思っていたのだが……

 まさか、免許すら持っていないとは。

「じゃあなんで進んで助手席に座ったの!? いざというとき変わるためじゃなくて!?」

「なんとなく」

「なんとなく!」

 できる秘書みたいな雰囲気である彼女の、意外な欠点。

 ……それにしても、達志が驚くのはまだわかるが、なぜ隣のリミまで驚いているのだろうか。
 この子、側近のこと知らなさすぎじゃない?

「これまで、持ってなくても不便はありませんでしたし……」

「いや、大人なら持ってないのはこま……らないか。あぁ、いやそうか」

 不便はないと語るセニリアに、達志は反論……しようとするが、やめる。なぜか?
 セニリアが車の免許を持っていても、意味がないことを理解したから。

 なぜならセニリアは、ハーピィなのだ。どこかに用があれば飛んでいけばいい。
 こうやって皆で遊びに行くことがなければ、大抵の問題は飛ぶことで解決する。

 というか、今は魔法が当たり前の世界なんだから……免許持ってようが持ってまいが、あまり関係ないのかもしれない。
 魔法でもとベルっぽいし。
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