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第五章 海に行こう
第158話 水着を求めて
しおりを挟む「…………来てしまった」
この町で、一番大きなデパート。
全八階にも及ぶその建物の、六階に位置するフロア……その一角にある水着売り場の前に、一人の女性の姿があった。
スラッとしたジーンズを履き、白いシンプルなTシャツに薄い水色のカーディガンを羽織る女性。
肩にかけるタイプのバックを手に、目の前に並ぶ女性ものの水着をにらみつけるのは……
「こ、ここがあの、話題の水着売り場……うわぁ、若い子ばっかだ。私、場違いなんじゃあ……」
店内を歩く、数人の女子グループ。目のやり場に困りつつ歩く初々しいカップル。
なんともキラキラしたその光景に女性……如月 由香は、まるで眩しいものを見たように目を細めている。
せっかく水着売り場に来たのだが、すでに及び腰。なんせ店内に流れているのは、溢れんばかりの若々しいオーラだ。由香には眩しすぎる。
ざっと見ても10代、20代前半といった人たちばかりが水着を選んでいる。
しかも、由香のように一人で来ている女性など……いない。
「や、やっぱり帰ろうかな……いやいや、せっかくここまで来たんだし……」
同じ女……なのに、そこに足を踏み入れるには躊躇してしまうほどの壁が、そこにはある。
しかし、ここで帰ってしまってはなんのためにここまで来たのか……その意味が、無駄になってしまう。
今年になって、できたというこの水着売り場。初めて見るそこは、まるで異世界の様。
そもそもの話、だ。由香がなぜこのようなところにいるのか。それは、時間を数日前まで遡る……
……体育祭の日の帰り、由香は同行していなかった。
リミにより、達志に海への計画が成されていることが伝えられた。そしてその返答は、達志も行くというものだった。
この一連の流れを、さよなによって伝えられた由香は……飛んで喜んだ。文字通り、その場で。
まだ学校に残っていたために、おかげで数名の同僚に変な目で見られてしまった。
そんな経緯があり、由香は今日、水着を買いに来るという考えに至ったわけだ。なので、ここでおいそれと帰るわけにはいかない。
ここに来たのは、新しい水着を新調する、という意味だけではなく……
「はぁ、こんなことなら、ちゃんとした水着買っておくんだったよ……」
そもそも、水着を持っていない。いや、厳密には持ってはいるが……それは、学校指定のもの。さすがに海に行くのに、学校指定はないだろう。
達志だっているのだ、どうせなら普段見せない姿を見せたい。
……水着を持っていないその理由。
達志が眠りについてしまって以降、一度も海やプールに来たことがないからだ。達志がいないのに、そんなところに行って自分たちだけ楽しむというのは……どうしても、気が引けた。
もちろん、猛やさよなと全く遊ばなかったというわけではないが。それでも、今回のように海へ、なんてイベントは自然と消えていった。
だからこそ、久しぶりであるし……達志に見せても別に変に思われないために、ちゃんとしたものを……
「……って、なんで私、たっくんに見せることばっか考えてるの。別に、たっくんのために着るわけじゃなくて、着れる水着を買いに来ただけであって……」
水着を選ぶ……それは海に行くにあたっての必須行程であり、由香にとってはただ、現在の自分が着れる水着を買いに来ただけ。
他意はない。はずだ。
もちろん女性だから、かわいいものを着たいに越したことはない。
だが、さすがに十年前までのような若々しいものは着れない。
「そう、私は、ちゃんと着れてそれなりにかわいいものを探しに来ただけ……そう、ただそれだけ……」
自分で心の整理をつけ、そしてこの入りにくい聖域に足を踏み入れる覚悟を整える由香。
であったが……水着売り場の前で一人突っ立ってぶつぶつ言っている彼女は、それなりの注目を集めていた。
もうぐだぐだやる前に店内に入れよ、と突っ込みたくなる光景である。
「ふぅーっ……よし、行く……」
「あれ、由香ちゃん?」
「ぞぉおおお!?」
ようやく決意を固め、いざ店内に足を踏み入れる……直前、予想もしていなかった出来事が。
声を、かけられたのだ。なんの前触れもなかっため、由香は派手に驚き……
「……象?」
……話しかけた由香が奇声を上げたため、声をかけた人物は怪訝な表情を浮かべつつも少し怯えてすらいる。
その、今由香に話しかけてきた人物の正体は……
「ささ、さよなっちゃん!?」
「う、うん……何その反応」
暗めの前にロングスカートに、ジッパーで締めた薄めのパーカーを着用した女性、幼なじみである五十嵐 さよながそこにいた。
彼女は、目を点にして由香の奇声&奇行を見つめている。
いつから見られていたのだろう。一人ぶつぶつ言っていたところから、見られていたのだろうか。
「さよなちゃん……えっと、どうしてここに……」
「どうしてって、買い物だけど……」
もっともである。視線を動かして確認すると、肩にはショルダーバッグをかけており、その中にはなにやら買い物袋が入っている。
なるほど、ショッピングを堪能していたわけだ。
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